表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/28

Code:Null

また新作書きました。

続けられるかは分かりませんが頑張ります。

 2148年、夏。

 今年はとても暑い夏だった。


 俺の名前は神谷シグマ、20歳の大学生だ。

 別に特別なスキルや能力なんかは無い。

 だけど自慢できることが一つある。


 それは3年くらい前から始めたこのゲーム。

 《Code:Null Online》コード:ナル オンラインだ。


 このゲームはフルダイブ型VRMMOで、視覚だけではなく、()()ごとネットワークに接続できてしまう。


 マルチプラットホーム型接続シート「バルキリー・ギア」を介して色々なゲームにアクセスすることが出来る。

 種々似た様なゲームはあるが、今一番アツいのはフルダイブ型VRMMO《Code:Null》だ。

 サービス開始直後から注目されて3年経った今でも不動の1位を誇る人気のゲームだ。


 このゲームで俺はギルドにも頼らず、ソロでトップクラスまで登り詰めた。

 それが俺の小さな自慢。


 ソロで進めていたから知らなかったんだけど、

《Code:Null》にはある噂が囁かれているらしい。


「ステータスにNULLが出たら、二度と戻れない」

 半信半疑だったが、まさか本当に自分が遭遇するなんて‥。


 いつもの様に接続シートに座りログインする。

 いつものタイトル画面、そしてキャラクターを選びログインする。


 草原に着く。

 目に映る物、匂い、味、音、触覚の五感全てを感じられる。

 よし、いつものルーティンをこなす事にしよう。


 そしてワープポータルから黒霧の回廊へ移動する。


 いつもの様にモンスターを狩る。

 1時間ほどした時だろうか


 空が赤い事に気づく。

 神谷シグマは走りながら視界の端を確認した。

 ログアウトボタンが赤く点滅していた。


 ‥おかしい。

 通常、ログアウトは青のみで、赤など見たことがない。

 システムの不具合か?

 だが今はそれどころじゃない。


 黒霧の回廊はレベル80帯危険地帯。

 霧は視界を狭め、足元の地面は黒い石畳。

 踏む度に軽い振動が上ってくる。


 痛覚フィードバックは現実の七割設定。

 現実の感触に限りなく近い、それがこのゲームの"売り"だ。

 もちろん無痛にも出来るが、自由に設定できるところもこのゲームの良いところだ。

 もちろん、自分の設定は7割だ。


 ふと、目の前に影が現れる。

 《冥狼ヴァルガ》Lv.84

 黒い毛皮に覆われた大狼が闇の中から輪郭を現す。

 四本の足が地面を踏みしめるたびに空気が揺れた。赤い眼が二つ、シグマを見ている。


 こちらの残りHPは三割。

 大丈夫、倒し切れる。

 シグマは双剣を逆手に構えた。

 右手《漆黒の牙》、左手《灰刃》。


 どちらも自力で鍛えたカスタム武器だ。

 ギルドの支援も取引もない。

 自分で狩り、自分で作る。

 それだけでここまで来た。


 延べ五十時間はこの個体と戦い続けてきた。

 だからシグマには分かる。


 ヴァルガが低く唸る。

 突進の予備動作だ。

 

 一歩、引く。霧が揺れる。来た。

 黒い巨体が地面を蹴り、爪が石畳を砕く。

 速い。だがパターンは知っている。

 シグマは右に半歩ずれ、左剣でヴァルガの顎下を薙ぐ。


 ▶ -22,847

 ダメージ数値が浮かぶ。HPバーが赤域に落ちる。

 次で終わる。

 スキルゲージが満タンだ。

 シグマは双剣を胸の前で交差させた。


 《クロス・イグニッション》──両剣の刃が白熱する。

 爆発的な斬撃。これを叩き込めばヴァルガのHPはゼロになる。

 発動。光が走った。

 だが、ダメージ表示が出なかった。


 (なぜだ?)

 シグマは眉をひそめた。

 ヴァルガのHPバーが変動していない。

 スキルは確かに命中した。

 爆炎の感触も、着弾のフィードバックも届いた。

 なのに数値が表示されない。


 バグか。

 再発動しようとした瞬間、視界の左上に文字が出た。


STATUS: NULL


 見たことのない表示だった。

 シグマは反射的に、体が止まった。

 自分のHPバーが消えた。

 「えっ‥」


 一秒もない間だったためすぐに戻った。

だが確かに消えた。


 「……何だったんだ?」

 声が出た。独り言の癖。

 ソロで長く戦っていると、こうなる。


 その瞬間、ヴァルガから攻撃を受けた。

 

 痛覚フィードバックが跳ね上がった。

 要はすごい痛い。


 ゲームの痛覚は上限がある。

 七割という設定はその上限の七割だ。

 だが今、脳に届いている信号はその設定を無視していた。

 明らかに上限を超えていた。

 更にヴァルガの追撃が来ていた。


 シグマは防御を取った。

 双剣で爪を受ける。金属が軋む。踏み止まれない。後退する。

 しかし自分のHPが、削れない。


 ‥いや、違う。

 削れていないのではない。

 ダメージ判定が存在していない。

 与えても削れず、受けても死なない。


 HPバーはある。確かにゲージは減っている。

 だが死亡エフェクトが発生しない。

 つまりゼロになっても「死ね」ない。


 「…………」

 シグマは剣を構えたまま、状況を整理した。

 ログアウトできない。スキルが効かない。

 死ねない‥これもまた「バグ」じゃないのか?


 その感覚が来た瞬間、空間が割れた。

 音はなかった、霧が裂けた。

 黒い霧が左右に弾けて、白い光が入ってきた。スポットライトみたいに、一点だけ。


 光の中に人が立っている。

 少女だ、白い装甲を纏っている。

 デザインはゲーム内で見たことがない。


 どのギルドのものでもなく、メーカーのロゴもない。

 純白に、光の模様が走っている。

 銀色の長い髪。目は淡い青。

 シグマは反射的にステータスを確認した。


 ネーム表示:なし。HP表示:なし。ステータス:なし。

 「退いて」

 少女が言った。


 シグマは動かなかった。動けなかったのではない。

 動く理由が分からなかった。


 少女はシグマを一度だけ見て、前に進んだ。

 ヴァルガの正面に立つ。大狼が唸る。少女は何も構えていない。武器がない。


 「お、お前、正気か」

 思わず声に出た。

 シグマが他人の行動を気にするのは久しぶりのことだった。

 少女は右手を持ち上げた。

 空中に光の筋が走る。

 数式のような、回路のような、何かの言語のような形が宙に描かれる。


 システム表示が出た。

《SYSTEM OVERRIDE》

 聞いたことのない音声。

 ヴァルガのHPバーが、強制的に書き換わった。


HP: 187,440 / 222,000

HP: 0 / 222,000


 一瞬だった。

 大狼が崩れた。膝から折れる。

 黒い毛皮が光の粒子に変わる。

 消えていく。ドロップアイテムも何もない。

 ()()()()()()()


 沈黙。

 霧だけが、残った。

 シグマは剣を構えたままだった。

 少女がゆっくりと振り向く。

 その目が、シグマを捉えた。


 強い目だった。だが奥に何かがある。

 諦めとも、疲労とも違う。

 何年もの重さを持った目だった。


 「あなたは?」少女が言った。

 シグマは答えなかった。


 「プレイヤーID #0044-ERR、神谷シグマ。接続事故歴あり。現在のデータ汚染率、推定38.7パーセント」


 「あんた‥何者だ」

 シグマは言った。静かに。剣は下げなかった。

 少女は名乗った。


 「私はアイリス」

 一呼吸おいて、続ける。

 「この世界の、防衛AI」


 AIと言った。シグマは少女の目を見た。

 データを処理するような目ではなかった。

 ‥何かを抱えている目だった。


 「あなたは選ばれました」

 アイリスが続ける。


 「この世界を作った者が、世界を壊そうとしている。止めるには、管理者を──Administratorを倒す必要がある」

 何かのイベントか?それにしてはリアルすぎる。


 「断ったら」

 「あなたはログアウトできません」

 嘘ではないと感じた。


 シグマは空を見た。フィールドの天井。

 ゲームの空は作り物だ。だが今日の空は違う。

 ひびが入っていた。細い、クモの巣のようなひびが。そこから赤い光が滲んでいた。


 そしてフィールド全体に、警告が出た。


WARNING: CORE ACCESS DETECTED


 遠くの空に、塔が出現した。

 今まで存在しなかった。マップにもない。

 それがそこにある。黒い、細い、異様に高い塔。

 頂点から赤い光が出ている。


 突然シグマのステータスウィンドウが、勝手に開いた。

 そして職業表示が、書き換わった。


CLASS: 剣士 → ERROR BLADE

 「……は?」

 声に出た。本気で意味が分からなかった。


 「あなたのデータはもう普通じゃない」

 アイリスが言った。


 「コアに触れた痕跡がある。だから私が干渉できる。だから‥あなたにしかできないことがある」


 言いかけた時、上空から影が落ちた。

 音はなかった。


 黒い甲冑。

 人型だが人ではない。

 背丈はシグマの二倍近い。

 目の部分に赤い光。巨大な一枚刃の剣。


名称:Administrator

CLASS:不明

HP:表示なし

LEVEL:表示なし


 シグマの本能が鳴った。

 これはボスの気配ではない。

 ボスはどんなに強くても「ゲームの範疇」の強さだ。

 だがこれは違う。これは、ゲームの枠組みからはみ出している何かだ。


 Administrator がシグマを見た。

 次の瞬間には、目の前にいた。

 速い。反応できない速度。剣が来る。

 正直死ぬ、と思った。


 アイリスが前に出た。

 黒い刃がアイリスの体を貫いた。

 シグマは止まった。


 アイリスの体にノイズが走る。データが崩れる。

 白い装甲が欠けていく。

 それでも彼女は倒れなかった。

 貫かれたまま、Administrator を押し返した。

 たった一歩だが、後退させた。


 シグマを振り向く。その目は、まだ生きていた。

 「シグマ、戦って」

 崩れかけた声で言った。

 「あなたなら、世界を書き換えられる」


 アイリスの体が光になった。

 粒子になった。

 霧散するのではなく、シグマの方へ向かってくる。

 シグマの剣が変わった。刃に黒と白が混ざる。安定しない。既存のどんな武器とも違う質感。


 スキルウィンドウに一つ、追加された。

新スキル解放:《NULL DRIVE》

 Administrator がまた来る。

 シグマは地面を踏んだ。


 「……面白ぇ」

 声に出た。久しぶりに、本気でそう思った。

 地を蹴る。空間が割れる。黒と白の刃が軌跡を描く。


BATTLE START


 このゲームの真実を巡る戦いは、こうして静かに始まった。


 その夜、ニュースには何も流れなかった。

 黒霧の回廊でのログ異常、NULL表示の報告、一人のプレイヤーの行動不明──それらは全て、接続ログごと消えた。


 いつものように。まるで最初から、何もなかったかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ