事件の夜
ある日、あたいは居酒屋のバイトに向かってたら銀座の大通りで車に老人を押しこんで拉致しようとしてる強盗集団に出くわしたんだ。闇バイトで集められた連中だろうな。ちょっと動きを見るだけで訓練積んでねぇなまった体の素人集団とすぐわかったよ。3人いたな。1人がナイフ持ってじいさんの背中に向けてたからジャンピングキックで顔面を蹴り飛ばして転がったナイフを奪ったんだ。そしたら蜘蛛の子を散らすように車で逃げてった。そのじいさんにえらい感謝されて、連絡先と名前を教えてやったんだ。
後日、自宅に招かれたから行ってみたら大豪邸でお礼にごうまい馳走も出され最高だったな。大勢の執事やメイドもいて微笑んであたいを見てた。
「七瀬くん。きみには感謝してもしきれん。命の恩人じゃ。あのまま拉致されていたらわしゃいまこの世におらんかった」
「いやぁ、そんなことはないんじゃねぇか?誘拐殺人は罪が重いから解放するつもりだったと思うぜ」
「ところがじゃ。あいつらはわしを殺す計画だったんじゃよ。警察の捜査でわかったことじゃが港の倉庫にコンクリートとドラム缶も用意しておった。海に沈めるつもりだったんじゃ。身代金を奪ったら足がつかんように片付けるつもりだったらしい。誘拐犯のボスがわしのもと部下で実行犯にも加わる計画じゃったから声や雰囲気でわしに気づかれるのを恐れたんじゃろう。殺してしまえば気づかれていようといまいと関係ないからの」
「なるほどねぇ。じいさんはボディガードとかいなかったのか?」
「おったぞ。2人とも背中と腹を刺されておる。じゃが死んでない。わしが会社から出てきたところを狙われての。2人にはしっかり補償するつもりじゃ」
「けっこうあぶねぇやつらだったんだな。よかったなじいさん。命が助かって」
あたいはステーキにバクついた。じいさんは組んだ手にあごを乗せる。
「わしゃ君のことを調べさせてもらって大変気にいった。正義感が強く、悪を許さず、病弱な母と妹を養うために額に汗して働いておる。こんな立派な若者が他におるか。いーや、おらん!見知らぬ老人のために白刃に身をさらせる勇気も見事じゃ!」
「おーげさだなぁ。まあ、褒められて悪い気はしねぇ」
「それでな。わしゃきみにプレゼントを用意した。ちょっと待っててくれんか」
「いーよ」
じいさんは部屋を出て自分の部屋に戻って行った。あたいはごちそうを食べ続けた。気づくと執事とメイドはいなかったな。そしたら、しばらくしてじいさんの悲鳴が屋敷中に響き渡ったんだ。
それで外に飛び出してじいさんの部屋を探したらドアが開いてる部屋が見えて、急いで行ってみたら血溜まりの中でじいさんはもう死んでた。近くには凶器と見られるナイフが落ちてた。あたいはじいさんに駆け寄って声をかけたが返事がない。スマホで警察を呼んできてもらった。警察が来るまでの間、屋敷中探したがあんなにたくさんいたはずの執事とメイドの姿はどこにもなかったな。屋敷にはじいさんの死体とあたい1人だった。んで警察が慎重に捜査した結果、あたいが捕まって終身刑で刑務所行きになったってわけさ。
話し終えたあたいは両手を広げて肩をすくめてみせる。
子分どもは目を丸くしている。
「えっ?おかしくないですか?七瀬ちゃんにおじいさんを殺す動機がない。警察はどうして七瀬ちゃんを逮捕したんですか?」
「最初にいた大勢の執事さんやメイドさんたちはどこに?」
「動機は強盗殺人。執事やメイドたちはその日は全員休みだったとさ」
「そんなバカな!」
「なにか大きな力が動いてるにちがいないわ。判決も人1人殺して終身刑は重すぎる」
あたいはうなずく。
「その通り。捕まったあたいに代りに子分どもが調べた結果、犯人はじいさんの長男の亜駆男でじいさんを刺す前に執事とメイドを読んで全員帰宅させたみてぇだ。じいさんを刺した後は屋敷から逃走」
亜駆男は短髪を金色に染めた色黒のいかつい兄ちゃんだという話だ。ピアスもたくさんしていて革ジャンにジーンズというヤンキーファッションで身を固めてるらしい。
「それなら七瀬ちゃんは無罪じゃないですか!警察もわかってるのでは?」
「わかってんだが金の力で黙らされたんだ。なにしろじいさんの資産は50兆円。あのじいさん株の天才でウォール街でも兜町でも知らぬ者はいない大富豪だったらしい。亜駆男もヤクザやマフィアとのつながりが指摘されてる超危険人物で、それまでも悪に手を染めてじいさんのお金で問題を解決してきたって話だ。亜駆男は数年前に生前贈与で10兆円ほど貰ってる」
「莫大なお金の力で警察を買収したってことですか?」
「そういうこと。執事やメイドもヤクザやマフィアが怖くて証言できない。自分の命や家族の命を人質に取られてるんだ。警察も裁判官もな」
「お金をやるから黙ってろ。しゃべったら、お前や家族の命はない!って最悪じゃないですか!」
「亜駆男は証言しようとした警察官と執事の命を奪い家族も皆殺しにした。見せしめだな。それでほかのみんなは一生遊んで暮らせるお金と引き換えに証言を拒否した。捜査も判決もねじ曲げがった」
「この国終わってますね」
「終わってるよ。それでも、あたいはどうにかしてここを出なきゃなんねぇんだ。亜駆男を一発この手でぶん殴ってやらなきゃ気が済まねぇ!」
あたいは拳に力を込める。ハートは熱く燃えていた。眼下の子分たちにも情熱は伝播した。
「普通には無理だね」
「うん。司法も警察も証言者も買収されて脅迫されてるんじゃお手上げだよ」
「なにか方法を見つけるんだ。みんなで知恵を絞るんだよ。3人寄れば文殊の知恵。ここには6人もいるんだから2倍だよ!」
メスブタがみんなに気合いを入れる。
「恩に切るぜ。おめえら」
あたいが頭を下げると、子分どもはニカっと笑った。気持ちのいい奴らだ。あたいも笑い返した。




