第6話 新国王の提案
年の瀬が近付いたある日。
執務室でいつもと同じように仕事をしていたラファーガに、執事エタンセルが銀盆を差し出した。
「旦那さま、お手紙でございます」
「ああ。ありがとう」
受け取った手紙を見て、ラファーガは黒く太い眉をひそめた。
封蠟に王家の紋章が刻まれていたからだ。
「これは一体……」
ラファーガは訝しく思いながら中身を確認し、顔色を変えた。
「……いかがなさいました?」
エタンセルは豪胆な主人が血相を変えたのに驚いて、ラファーガの様子を窺いながらエタンセルは慎重に聞いた。
「……王命だ」
軍神と呼ばれるラファーガは、感情をあらわにすることは少ない。
だが今は明らかに動揺している。
褐色の肌が白っぽくなるほど血の気が引き、目を見開いて手元の書類を穴が空くほど見つめている。
口元は引きつっていて、全身が微かに震えているようだ。
混乱し狼狽するラファーガの様子にただ事でないのをエタンセルは察した。
「王命、ですか? 国王さまは何と?」
エタンセルに聞かれて、ラファーガはギギギィと軋んだ音がしそうなほどぎこちなく彼の方へ顔を向けて口を開いた。
「結婚せよ、と」
「え? 結婚?」
エタンセルは眉を寄せて怪訝そうな表情を浮かべる。
「お相手は?」
「イーリス・ストーム侯爵令息だ」
「え? なんで男性……」
主人の答えにポカンとするエタンセルの背後で隠し扉がパカーンと開いて、そこから金髪をなびかせたオラノスが飛び出して叫ぶ。
「だってお前、イーリス・ストーム侯爵令息のことが好きなのだろう⁉」
「オラノス⁉」
「国王さまっ⁉」
驚くラファーガとその執事に向かってオラノスは陽気に挨拶する。
「やあ!」
オラノスの後ろでは護衛がバツの悪そうな顔をして頭をぺこぺこと下げている。
「久しぶりに王城とシャイン伯爵家を繋ぐ隠し通路を通ってきたんだが、まだちゃんと使えるみたいだな」
ガハハと笑いながら、オラノスは空いていた椅子に腰を下ろす。
肩にかけていた毛皮のマントを乱暴に脱ぎ捨てると、エタンセルが慌てて拾い上げた。
マントの下はフリルのついた白いブラウスに黒いズボンにブーツという軽装だ。
エタンセルは急いで暖炉に薪をくべた。
忙しく働くエタンセルに対し、ラファーガは青くなったり赤くなったりしながらオラノスを見つめていた。
(なぜオラノスが私のイーリスさまへの想いを知ってるんだ⁉)
動揺するラファーガに、オラノスはニヤリと笑って見せる。
「生まれた時から一緒に育ってきたような間柄じゃないか。お前の心の内などお見通しだ」
「えっ、本当に⁉」
ラファーガは思わず叫びながら立ち上がった。
だがオラノスの護衛とエタンセルの視線に気付いて、ゴボンとわざとらしい咳をすると椅子へ座り直した。
オラノスはニヤニヤしながら言う。
「いやぁ、お前の趣味はいい。イーリスを抱きたいと思っている男たちがどれだけいることか……」
オラノスの言葉を聞いたラファーガは、ある意味、ホッとした。
(あ、やっぱ分かってない。私はイーリスさまを抱きたいんじゃなくて、抱かれたいんだ)
でもそれでいい。
全てを理解されてしまうのは、オラノス相手であっても気まずいし、いたたまれない気持ちになる。
ラファーガの反応をどう受け取ったのか、オラノスは言う。
「幸せになれ、ラファーガ。お前は魔王を倒し、国を救ったんだ」
温かな笑みを浮かべるオラノスに嘘はない。
「好いた相手に受け入れてもらって生きろ、ラファーガ」
(魔王との話を聞かれていたのか?)
しかし全てを聞いて理解しているわけでもないようだ。
(オラノスの気持ちは嬉しいが……「生きろ」か。私は……その気持ちに応えることはできないだろう)
ラファーガは椅子に座ったまま苦笑を浮かべて、こちらをニマニマしながら見ている頼り甲斐のある美丈夫を眺めていた。




