第3話 ラファーガの初恋 1
ラファーガは美しいからイーリスのことが好きになったわけではない。
それは二十年ほど昔。
彼が国の鍛錬場に通い始めたばかりの頃にさかのぼる。
春だというのに初夏のように暑いある日。
ラファーガは初めて鍛錬場での訓練へ加わることになった。
「今日から君たちと一緒に鍛錬へ加わるラファーガ・シャイン君だ。仲良くするように」
ラファーガの生まれたシャイン伯爵家は武人の家系だ。
当然のように、8歳の少年であったラファーガも注目された。
「シャイン伯爵家っていったら、あそこの家だろ? 王族の騎士になる人も多いって伯爵家の」
「ああ。いまのシャイン伯爵さまは、国王の護衛も務める騎士だ」
「その関係で、あの子は王太子殿下であるオラノスさまの遊び相手なんだって」
「凄いっ。次期国王の遊び相手なんて出世確実じゃないか」
鍛錬場にいた同年代の少年たちはざわついた。
貴族社会は複雑だ。
伯爵家といっても王家との繋がりが強ければ取り入る価値がある。
ラファーガが、次期国王であるオラノスの遊び相手でもあることは知れ渡っており、彼の価値は最初から高かった。
だがラファーガに向けられたのは、好意的な視線だけではない。
彼の将来に期待する者もいれば、それと同じくらい嫉妬する者もいるのだ。
そしてもちろん単純に揶揄ってくる者もいた。
「やーい、チビ」
「お前なんかに鍛錬場は百年早い~」
同年代の体の大きな子たちがラファーガを揶揄いだすのも早かった。
「チビじゃないもんっ」
ラファーガは鼻の頭にシワを寄せながら、頭1つ分大きな同年代の少年たちに向かって反論した。
国の鍛錬場に通い始めた頃のラファーガは、年齢の割に体が小さかったのだ。
褐色の肌は、小柄で痩せっぽちの彼をより小さく見せたし、整った顔立ちは可愛らしさを強調した。
侮って、意地の悪いことをする者もいたのだ。
「ボクだって、すぐに大きくなるもんっ」
ラファーガは子ども特有の高い声で反論したが、相手はケラケラと笑うばかりで取り合わない。
「しかも弱っちぃし」
「そうそう。弱い弱い」
同年代の少年たちは、子ども特有の残酷さでラファーガの心をえぐる。
「強くなるもんっ」
ラファーガは涙目で言い返す。
兄のお下がりの鍛錬着はダブダブで、細いラファーガをより華奢に弱々しく見せた。
「強くなるもんっ、だって」
「ぶぅークスクス。強くなるもんっ、だって」
涙をこらえて言い返すラファーガを、同年代の貴族子息たちはクスクス笑いながら更にからかった。
「ホントだもんっ」
ラファーガの目からポロンと一粒、涙がこぼれる。
自分の力で処理するように、という父の意向もあり、ラファーガは自分へ向けられた悪意に1人で立ち向かわねばならなかった。
「あーあ、泣いちゃった」
「中身まで弱っちいな」
「こんな弱虫、ほっとこう」
「うん。向こうへ行こう~」
そういって少年たちは去っていった。
(ボクだって……ボクだって強くなるもん)
だが一度あふれ出した涙は止まらない。
ラファーガは、鍛錬場の端にある木の根元で膝を抱えてうずくまった。
(悔しい。武人の家に生まれたのに、なぜボクは……)
ラファーガの家系は武人を多く輩出している。
伯爵である父や兄はもちろん、母も武人だ。
(お父さまは国王さまの護衛だし、結婚前のお母さまは今の王妃さまの護衛をしていたというのに。ボクだって、強くなれるハズなのに……)
いずれ自分も武人の1人として加わるのだと、ラファーガは決めていた。
だから鍛錬場に通い、自らを鍛えているのだ。
だが、今は違う。
弱っちいチビでガリの子どもだ。
(父上からは、焦ることなく鍛錬に励めと言われているけど……)
涙は拭っても、拭っても、溢れてくる。
泣き顔を見られたくなくて、ラファーガは膝の上に額を置いて俯いた。
(今すぐがいい。今すぐ強くなりたい)
自分の小柄な体が恨めしい。
いずれ大きくなるから大丈夫、と兄や両親は慰めてくれるけれど。
ラファーガは今、逞しい体が欲しかった。
それが我儘だということを頭では理解していても、感情は言うことを聞いてくれない。
(兄さまのような体が欲しい。今すぐに)
5歳年上の兄は、既に成人男性と身長が変わらない。
家系的に二メートル近くなるだろうと言われている。
兄の体には、日々の鍛錬によって筋肉も順調についている。
武芸にも秀でているから、13歳という若さでありながら今すぐにでも前線で戦力になると言われていた。
それに比べて自分は――――。
「君、大丈夫?」
卑屈な思いに浸っていたラファーガは、頭上から降ってきた声に驚いて顔を上げた。
太陽の日差しを浴びてキラキラと光る銀色の髪。
切れあがったアーモンド形の目にはまった青い瞳が、ラファーガを見下ろしていた。
「どうした? もう疲れちゃったのか?」
少し年上の少年は、整った顔に少し意地悪な笑みを浮かべてフフフと笑った。
(何だコイツ)
ラファーガは、ちょっとムッとした。
(コイツもボクを馬鹿にしに来たのか)
膝を抱えたまま、ラファーガは身を固くする。
声をかけてきた少年は、ラファーガの反応を笑った。
「ん? どうした?」
覗き込んでくる少年の視線を避けるように、ラファーガはプイと横を向いた。
「せっかく鍛錬場に来たのに、鍛錬しないの?」
(そうだ。ボクは鍛錬しに来たんだった)
「鍛錬場に来たなら鍛錬しないと勿体ないよ。こんなところにいつまでいるの?」
(それもそうか……)
「ほら」
ラファーガの目の前に、少年の手が差し出された。
「オレが相手してやるからさ。行こう」
ラファーガはコクリとうなずくと、差し出された手を掴んだ。
その手は白くて冷たそうに見えたけれど、暖かくて大きかった。
「オレはイーリス・ストーム。君は?」
「ラファーガ・シャイン」
「ああ、君が噂のシャイン伯爵家の息子かぁ」
合点がいったという風にイーリスは1人頷く。
(コイツもボクの家に興味があるのか)
ムッとするラファーガに向かって、イーリスはニカッと笑ってみせた。
「オレはストーム侯爵家の息子だ。宰相をしているのがオレの父親」
こともなげに言うイーリスに、ラファーガはポカンとした。
「まぁ貴族の家なんて、どこも何かしら言われるからさ。気にすんな」
「……うん」
握った手をグッと引っ張り上げられて立ち上がったラファーガは、隣に立つイーリスを見た。
(綺麗な顔)
背の低いラファーガはイーリスの整った小さな顔を見上げた。
「オレは10歳なんだ。君、何歳?」
「8歳です」
「2つ下か。大丈夫。身長なんてすぐ伸びるよ」
ニッと笑うイーリスに、ラファーガは頬を赤く染めた。
(顔熱い。なんか心臓もドキドキする……)
「オレが相手してやるから、鍛錬しよぉ~」
「はい」
ラファーガはイーリスに手を引かれて走り出す。
(手も熱い……)
2人は手をつないだまま、皆が模造の剣で鍛錬しているエリアに向かった。
イーリスがラファーガを連れてきたことに気付いた者たちが、こちらを見てコソコソと話している。
さっきラファーガを揶揄っていった少年たちもいた。
刺さるような視線を気にする様子もなく、イーリスは鍛錬場に用意されていた模造の剣を1本手に取り、もう1本取ってそれをラファーガに手渡した。
「オレたちもやろうぜ」
ニッと笑って誘ってくるイーリスに、ラファーガはコクリと頷いてみせた。
「そう来なくっちゃ」
模造の剣を手にした2人は、鍛錬場で向かい合う。
「ほら、やるぞ」
「はいっ」
青空のもと、少年同士で剣を合わせる。
模造の剣がぶつかり合う音は、本物よりも鈍くて低い。
「ほらほら、隙があるぞ」
魔法のように舞う剣先に、ラファーガは翻弄された。
「ほら、こいっ」
「おりゃっ」
イーリスの胸元目指して飛び込んでいくけれど、ひらりとかわす身軽な体にラファーガの剣先は宙を舞う。
「わっ」
勢いあまってよろけたラファーガの体はペシャリと潰れて地面に倒れた。
イーリスは笑いながら白い手を差しだした。
「ははっ、大丈夫か?」
(銀色の髪が太陽の光でキラキラして、綺麗)
笑いながら差し出された手を、ラファーガは握り返す。
(大きな手。お兄さまよりは小さいけど、ボクよりはずっと大きい)
握り合った手をグッと引き上げられるようにしてラファーガは立ち上がる。
そして握り合っているのとは反対の手の甲でグッと顔を拭うようにして答える。
「大丈夫です」
「おー、いい根性だ。いいぞぉー」
ラファーガはパンパンと服を叩いて土を落とすと、再び模造の剣を構えた。
イーリスが煽るように掛け声をかける。
「おーら、こいっ」
「おりやっ」
二人は思う存分、互いに打ち合った。
ラファーガは何度も、何度も倒れ、土まみれになったけれど、止める気にはならなかった。
(なんだコレ、楽しい。いつもなら疲れてイヤになってしまうのに)
イーリスと打ち合うのは楽しい。
まるで疲れ知らずの体を手に入れたように、ラファーガは夢中になった。
「他の鍛錬もやろうぜ」
イーリスに誘われるまま、ラファーガは走ったり、体術の組手をしたりと忙しく動いた。
そんなラファーガを眺めながら、イーリスは嬉しそうに言う。
「ははっ。君と一緒だと鍛錬も楽しいな」
「ボクもです」
「それはよかった」
ラファーガとイーリスは、鍛錬場の責任者が終わりを告げるまで元気に鍛錬を続けた。
イーリスは美しい見た目に似合わない悪戯っ子のような笑い声を上げながら言う。
「はぁー、疲れた。でも楽しかったぁ~」
「ボクもですっ」
「ははっ。そうか、そうか」
ラファーガは服の汚れをパンパンと叩き落とす。
たっぷりと土がついてしまったが、これは鍛錬をした証拠だ。
ラファーガは上機嫌だった。
「フフッ。頑張ったね」
イーリスが両手でラファーガの黒い髪をクシャクシャと混ぜるようにして撫でる。
「ハハッ。ボク、頑張れてましたか?」
「うん。初日にしては上出来」
イーリスはニッと笑ってラファーガに向かって右手の親指を立てた。
(すごく嬉しい。なんでだろう? ほっぺたが凄く熱いや)
こうしてラファーガはイーリスと知り合い、仲良くなっていった。




