第25話 転生魔王が我が子とは
ラファーガとイーリスの息子は、ブロウと名付けられた。
ブロウはラファーガの黒髪と、イーリスの青い瞳と白い肌を受け継いだ。
顔立ちも2人を混ぜ合わせたような顔で、誰が見ても2人の子どもだと分かるくらいには似ている。
今日は神殿へ行く日だ。
イーリスは空を見上げてラファーガに話しかけた。
「晴れてよかったな」
「そうだな」
ラファーガは頷いた。
(ブロウの鑑定の結果がどうなるか。不安ではあるが、どんな結果が出ても私の気持ちは決まっている)
ラファーガは感慨深げに言う。
「生まれた頃は、まだ寒い時期だったが。もうすっかり温かいな」
「ああ、そうだな。温かいというか、暑いくらいだ」
初夏を思わせる日差しのしたで、イーリスは笑った。
(太陽の光に銀髪がキラキラと輝いて綺麗だ。今日もイーリスはカッコいい)
ラファーガは夫に見惚れて、ちょっと頬を赤く染めた。
照れたのを誤魔化すように、ラファーガは言う。
「思っていたよりも鑑定人が早く見つかってよかった」
「そうだな」
長らく行方が分からなかった鑑定人は、魔王との戦いが終わったことも知らずに森で暮らしていた。
見つかった後も、ブロウの鑑定については難色を示していたが、オラノスの説得に屈した形だ。
この王国で暮らす限り、国王の威光に逆らうのは難しい。
ラファーガはクスリと笑って言う。
「私たちとしては、ありがたい話ではあるが。鑑定人には少々気の毒なことをしたかもしれない」
「ふふ。そうかもね。でもオレたちの子どもを見てもらわないと安心できないからさ」
「確かに。この子を手放すつもりなどさらさらないが、正体がわからなければ守りようがない」
ラファーガの言葉に頷きながらも、イーリスはストーム侯爵とその令息に代わる代わる抱かれながら移動していく子どもの姿を目で追った。
今日は親子3人だけでなくオマケ付きだ。
ラファーガはイーリスの視線に気付いて言う。
「ベビーシッターが多いのはよいことだな?」
「ん、そうだな。役に立つかどうかは別にして、手が多いに越したことはない」
ラファーガとイーリスは目の前の光景に笑みを浮かべた。
「ふふ。せっかく乳母車があるのに、ブロウが乗っているところは滅多に見ないな」
イーリスは呆れたように言う。
「ああ。父上や兄上は、自分たちの腕の中が乳母車だと思っているようだ」
イーリスの言葉を聞いたストーム侯爵は、不満げな声を上げる。
「仕方ないだろう? 2日ぶりに会ったのだから」
「そうだ、そうだ。私たちは忙しくて、なかなか会えない。会った時くらい可愛がらせろ」
イーリスは兄の言葉に噴き出した。
「もう、あんなのが親族とか信じられない。全く似ているところがないし」
わざとらしく不満げな表情を浮かべて言うイーリスをラファーガは笑った。
「ふふ。イーリスと義兄上や義父上とは、そっくりじゃないか。3人並んでいたら、すぐに親子だと分かる」
「えー、そうかい? オレとしては、見た目のほうは、あまり似ていないと思うけど」
ストーム侯爵家の3人は、皆銀髪で整った顔をしている。
細身で長身なところも同じだが、当人たちとしてはあまり似ていないと思っているようだ。
「ふふ。親子兄弟が似ていても不思議はないよ。美しい外見はもちろん、優秀な中身もね」
ラファーガの言葉を受けるように、イーリスの父と兄は、ブロウを覗き込んで言う。
「ブロウの瞳はお父さまに似ているね」
「この黒髪は、ラファーガさまとそっくりだ。顔は、どうかなー……ああ、どちらに似ているとしても可愛い」
「そうですね、父上。あぁ。ブロウは、なんて可愛いのでしょう」
イーリスの父、ストーム侯爵が目尻を下げて言えば、横からイーリスの兄も可愛い可愛いとブロウを愛でる。
「オレの父と兄はブロウに夢中だな?」
「まぁ、初孫だし、初の甥っ子だからな?」
イーリスとラファーガは、少し後ろからブロウを交代で抱きしめて歩いてくる図体のデカい大人を、馬車の脇に立ち眺めていた。
ストーム侯爵とその令息の後ろでは、エタンセルが空の乳母車を押しながらこちらへ向かってきている。
赤子を抱く危なっかしい手つきに、エタンセルにしては珍しくハラハラしているようだ。
「あぁっ。父上も、兄上も危なっかしいなぁ」
イーリスもハラハラしているようだ。
だがラファーガはリラックスした状態で笑いながらその光景を見ていた。
「ラファーガは、よく平気で見ていられるね。オレは父上たちに任せるのはちょっと怖いよ」
イーリスは嘆くように言うが、ラファーガは噴き出した。
「はは。私は、義父上たちに任せているときには、なぜかブロウに何かある気がしないんだ。それに顔見知りが始まる前に、可愛がってくれる人を増やしておいたほうがブロウのためになるだろう?」
「それはそうだけど。ブロウはあんなにちっこいのに、随分と信頼されているんだな」
イーリスは頷きながら笑った。
ブロウは何故か皆に愛されるようで、イーリスの父や兄は夢中になっていた。
エタンセルはもちろん、オラノスもブロウに夢中だ。
国王は暇を見つけては隠し通路を使ってシャイン伯爵家を訪れ、ブロウを可愛い可愛いと言っては可愛がり、自らも子どもが欲しくなったといって結婚について前向きに検討するようになった。
「よい変化はありがたい。きっとブロウの将来を助けてくれる」
「そうだな」
ラファーガの言葉に頷いたイーリスは、何時まで経っても馬車に乗ろうとしない父と兄を急かしに向かった。
連れ立って馬車に乗り、向かった先は神殿だ。
神殿に到着すると、先についていたオラノスの姿があった。
「遅かったな」
「今日の鑑定に、国王陛下が同席する必要などなかったのに」
ラファーガは太い眉を情けなく下げた。
それを見たオラノスは豪快に笑った。
「ハハハッ。今日はブロウの大切な日じゃないか。私がいれば滅多なことは起きん」
(やはりオラノスも、ブロウの正体を案じているのか)
ラファーガはオラノスに向かって礼をとった。
「ありがとうございます、国王陛下」
「んー、堅い堅い。私とラファーガの仲じゃないか」
頭を下げるラファーガを見て、オラノスは手を振りながら笑った。
イーリスたちもオラノスに挨拶をすると、一同は神殿へと向かった。
イーリスは気遣わしげに聞く。
「鑑定人は見つかったものの、最初はブロウの鑑定を嫌がったんだろう? 大丈夫かな?」
オラノスは軽く笑って請け負った。
「それもあって私は来たんだ。さすがに国王がいるのに鑑定を断ることなどできまい」
「そうですね、国王陛下。ありがとうございます」
「水臭いぞ、ラファーガ。それに【軍神】さまの依頼を断るなんて、図々しいから怒っていいぞ?」
緊張しているラファーガに向かって、オラノスは軽口を叩いた。
国王と軍神の後ろにイーリスと交互にブロウを抱くストーム侯爵とその令息が続き、その後ろに空の乳母車を押すエタンセルが続いた。
神殿の中に入り、大聖堂へと足を踏み入れた。
イーリスは大聖堂内をキョロキョロと見まわして口を開いた。
「ここで結婚式をしたのが去年なのに、もう子どもを連れて来ているなんて早いな」
「そうだな」
ラファーガは頷いた。
正面には鑑定人が準備を終えて待ち構えている。
ラファーガたちに気付いた鑑定人が礼をとると、その隣にいた大神官が一行を出迎えた。
「これはこれは国王陛下。ラファーガさまもお待ちしておりました」
祭壇前には鑑定球が設置されていてすべての準備は整っていた。
ストーム侯爵は大神官に質問をする。
「人払いは出来ているかな? 結果がどうでようと全ては秘密事項だ」
「はい、宰相さま。承知しております」
大神官は頷いて見せた。
大神官の隣で鑑定人も頷いている。
「では、御子さまの手を鑑定球へ」
鑑定人に指示されて、イーリスがブロウの小さな体を抱え、ラファーガはブロウの小さな手を鑑定球の上に置いた。
ブロウは眠そうな表情を浮かべてモゾモゾと動いていたが、泣いたりする様子もなく大人しくしている。
「これは……」
鑑定球を覗いた鑑定人の表情がサッと曇った。
ラファーガたちは固唾を呑んで鑑定球の中を覗き込んだ。
鑑定球のなかでは黒い靄のようなものが踊っている。
ブロウが全身をキュッと伸ばして鑑定球へ手を近付けると、鑑定球が割れそうになるほど黒い靄が濃くなった。
イーリスは慌てて小さな体を自分の方へ引き寄せ、鑑定球からブロウを引き離す。
「うぅ……」
鑑定人が青い顔をして冷や汗をかきながら唸る。
ラファーガが、鑑定人を覗き込むようにして不安そうに聞く。
「どうだった?」
「この子は……大丈夫なのか?」
イーリスも前のめりになって鑑定人に迫った。
鑑定人は諦めたように溜息を1つ吐いて答える。
「この御子さまは……魔王の生まれ変わりのようです」
鑑定人の言葉に、その場にいた者は皆、凍ったように身を固くした。
当人であるブロウだけが無邪気にモゾモゾと動いてあくびをしている。
「……そうか。やはり……」
ラファーガは小さく呟くと、イーリスの腕の中でモゾモゾと動きながら笑う我が子を覗き込んだ。
(あの時、靄のようになって私の体のなかに入り込んだのは、魔王そのものだったか。転生をするわけでも再生でもなく、私の血肉を使って自らの体を合成するとは。恐ろしい。だがここにいるのは無邪気な幼子だ。とても魔王になるようには見えない)
「ラファーガ……」
イーリスはブロウを2人の間へ挟むようにしてラファーガの肩を抱きながら、眉を歪めて複雑そうな表情を浮かべて我が子を見ている。
ラファーガは固い表情のまま、口を開いた。
「心配しないでくれ。予想していたことだ。我が子が魔王、しかも自分自身で打ち取った魔王というのは複雑な気分だが……。考えようによっては、これはチャンスだ。魔王がここにいて、私たちで育てることができるのだ」
「そうだな。ブロウはオレたちの子だ」
イーリスの言葉に、ラファーガは頷いた。
「血生臭い戦いなど、人間側だけでなく魔族側にも意味などない。ましてやブロウは私たちの子だ。いずれブロウが魔王として覚醒するにしても、別の選択肢が選べるようにしたい」
「ああ。この平和が続くよう、ブロウを優しい子に育てよう。争いよりも平和であるほうが楽しいと思えるような、ご機嫌な子に育てよう」
ラファーガとイーリスは顔を見合わせて笑みをかわす。
2人の間に挟まれて、ブロウはご機嫌でキャッキャと笑った。
それを見守る人々は、どうすれば夫夫の願いが叶うのか、それぞれに思いを巡らせていた。
その日の夜。
ブロウを子ども部屋に寝かしつけて乳母に任せたラファーガたちは、夫夫の寝室へとやってきた。
ラファーガの出産前には使われていなかったその部屋は、使われ始めたばかりだ。
湯あみを終えて寝るばかりとなった2人きりの部屋で、イーリスはラファーガを気遣った。
「今日は疲れたな? ラファーガも疲れただろう?」
「ああ、そうだな。少し疲れたかな? でもブロウのことがはっきりしてホッとしたよ」
「ラファーガの気持ちが楽になったのならよかったよ。オレもホッとしたし」
イーリスが華やかに笑って、ラファーガは頬を赤く染める。
その赤く染まった頬に、イーリスは柔らかなキスを落とす。
ラファーガの両手を握ったイーリスは、何かを請うような、願うような視線をラファーガへと向けた。
ラファーガはフッと笑うとイーリスの手を握って、誘うように軽く引っ張る。
辿り着いた先はベッドの上。
どちらともなく寄せた顔。柔らかで温かな唇が重なり合う。
そのキスが、甘く情熱的で、少し切ない夜の始まりを告げた――――




