第19話 愛で威圧する軍神
夏の始まりを告げる王家主催の夜会の日。
ラファーガは黒地に銀をふんだんに使った軍服に身を包んでいた。
イーリスはラファーガの姿をうっとりと眺め、溜息を吐いた後に申し訳なさそうに言う。
「ラファーガは、オレの色を入れてくれたのに。オレは、ラファーガの色を入れた衣装でなくてすまない」
イーリスは光沢のある白地に銀刺繍の入った貴族服を着ている。
手袋は白の皮手袋で、靴も白い。
ラファーガの色である黒はどこにも入っていなかった。
美しく整った銀色の眉を情けなく下げたイーリスに、ラファーガはフッと笑みを浮かべて口を開く。
「いや、いいのです。黒なんて魔王の色、闇の色ですからね。私は愛する貴方に、闇の色なんてまとわせたくない」
「……っ」
イーリスは銀色の長い睫毛に縁どられた目を大きく開いて、一瞬の間を置くと真っ赤に頬を染めた。
そして踊るようにジタバタと手足を動かしながら悶えるように言う。
「もうっ、あなたときたら……突然、そんな殺し文句を……もうっ、もうっ……」
「えっ?」
イーリスの反応が理解できず、ラファーガはポカンとした表情を浮かべた。
それを眺めて、エタンセルは笑いをこらえて肩を震わせた。
イーリスは気を取り直すように表情をキリッと引き締めて、それからラファーガの目をしっかり見ながら言う。
「大丈夫ですよ、オレだって影は黒い。常にあなたの色と一緒です」
「イーリス……」
ラファーガはイーリスの輝くような笑顔にキュンとなりながら、シャイン伯爵家の黒い馬車に2人仲良く乗り込んだ。
若い夫夫は、何を話しても、何を見ても、やたらと楽しかった。
馬車の小さな小窓から外を眺めながら内容のない話をして、ケラケラ笑って言っているうちに王城へと到着してしまった。
「ラファーガ、エスコートしてくれますか?」
「いえ、イーリスにエスコートなんていらないでしょ?」
悪戯っ子のように目を輝かせて言うイーリスに、ラファーガは真顔で答えて。
その言葉に含まれている信頼感にイーリスの心は浮き立った。
「そうですね。でも並んで歩くだけでは味気ないでしょう? 手でも繋いでいきますか」
「えっ?」
イーリスはニコッと笑ってラファーガの大きな右手を握った。
頬を赤く染めたラファーガと、それを満足げに眺めるイーリスが王城大広間に辿り着く頃には、会場は客でごった返していた。
入場した2人に気付いた人々がザワザワと騒めく。
「ラファーガさまだ!」
「【軍神】さまだぞ」
「隣の美人は誰だ?」
「次期宰相と言われているイーリスさまだよ」
ラファーガとイーリスは周囲の注目を感じながら会場内を歩いた。
「評判は上々のようですね、【軍神】さま」
「美しく賢い宰相補佐さまが隣にいますからね。注目されて当然です」
クスクス笑いながら歩く2人を見て、周囲は更に騒めく。
「【軍神】さまと宰相補佐さまは、ご夫夫になられたのよね」
「ええ、そうよ。最初に聞いたときには不思議な気持ちになりまたけど……お似合いですわね」
「キラキラと輝くように美しいイーリスさまと、逞しいラファーガさまが並んでいれば、若い娘たちが騒ぎそうなものですけど」
「お似合い以外の言葉が出てきませんわ」
「これは……違う意味で若い娘たちが騒ぎそうですわね」
ザワザワと噂する貴婦人たちに対して、紳士たちは好奇の視線を向ける。
「アレが【軍神】さまの……」
「男性といっても美しい方ですね」
「そうですな。あのくらいの男でないと、【軍神】さまの貞操を守るのは難しい」
「まぁ【軍神】さまを普通の女性が受け止めるには……」
「ふふ、そうですな。女性では難しいでしょうなぁ……」
「他国から【軍神】さまにちょっかいを出されては王国の一大事になってしまいますからな」
「ですな。はっはっはっ」
下衆な想像をして目尻をいやらしく下げ、口元を歪める紳士たちの気配に、イーリスが眉をしかめる。
イーリスが感情をスッと消して堅い表情を浮かべたのをみて、ラファーガは空いている左手で彼と繋いだ手の上を軽くポンポンと叩いて微笑む。
「イーリス。私が隣にいるから大丈夫ですよ」
「……はい」
イーリスはバツが悪そうに笑う。
「あぁ。これではオレは、ラファーガがいないとダメだと証明しているようなものだな」
「ふふ。私はそれでも構わないが?」
ラファーガが耳元で囁くと、イーリスの白い肌が分かりやすく赤く染まり、周囲の騒めきは一層大きくなった。
そこに国王が登場すると、広い会場はスッと静寂を取り戻した。
若き国王は良く響く声で挨拶をして、人々に感謝を伝える。
「魔王軍の攻撃を受けて長く戦争状態だった我が国も平穏を取り戻した。これもそこにいるラファーガ・シャイン伯爵のお手柄だ」
人々の視線がラファーガに集まり、拍手が巻き起こる。
ラファーガはオラノスに向かって、静かに美しい礼をとってみせた。
夜会は、他国の王族も招いて行われた華やかなものだった。
ラファーガの存在感を見せつければ、それが王国の平和に繋がる。
他国の要人たちは、ラファーガの姿を確認して騒めいた。
「あれが魔王の首をとったというラファーガさまか」
「隣にいるのが……パートナー?」
「妻が、男?」
「【軍神】相手となると、女性では不足なのか」
コソコソした話し声が聞こえる。
「流石は【軍神】さまだ」
「ラファーガさまの結婚相手は男性なのか」
「あれは……妻として他国の姫を差し出しても、ラファーガさまを味方につけるのは無理そうだな」
他国には他国の思惑がある。
王国は王国を守るためにすることがある。
ラファーガに【軍神】としての役割があるように、イーリスにもまた役割があった。
「オレは自分の役割を果たせたかな?」
イーリスは複雑そうな表情を浮かべてラファーガに聞いた。
「ああ、イーリス。充分に果たしているよ」
クスクス笑いながらラファーガは答えた。
その笑顔は男らしくも華やかで、イーリスは一瞬、彼に見惚れた。
「ん? ダンスが始まるようです。イーリス、一緒に踊りますか?」
「あ、ああ」
イーリスは白い頬を少し赤く染めて、差し出されたラファーガの手をとった。
「どうやって踊ります? 2人して男パートを踊りますか? それとも私が女パートを踊りましょうか?」
「いや、オレが女パートを踊りますよ。他国を威圧する機会ですからね。【軍神】さまに女パートを踊らせたら、我が国の損です。せいぜいオレを魅力的に見せながら踊ってください」
イーリスはラファーガに向かって大きな目でバチンとウインクしてみせた。
「はは。頑張ってみます」
ラファーガはイーリスをエスコートしてダンスフロアへといざなった。
今日のイーリスは膝当たりまである長いコートを着ている。
ラファーガのリードでクルリと回されれば、裾が花のように開いて銀色の刺繍が煌めき、より一層イーリスを魅力的に見せた。
周囲から感嘆の溜息が漏れるのを聞きながら、ラファーガはイーリスを抱き寄せた。
「どうですか? 私のエスコートは」
「まぁまぁですね。オレのほうが受けだと思われているのは面白くないですが。これも国防のためですから」
「ふふ。そうですね。国防のためです」
楽しそうに笑うラファーガの耳元でイーリスは囁く。
「夜は大いに逆襲してあげますから、今はリードを楽しんでください」
イーリスはサッと体を離してラファーガを見た。
ラファーガはサッと頬を赤く染めたが、もともと褐色の肌をしているため遠目には目立たない。
精悍で整った顔立ちをしているラファーガは、軍人らしく表情はあまり崩さないので威圧的に見える。
「もうっ、貴方ときたら……」
ラファーガは、モソモソ何か言っているが、外から見れば立派な【軍神】さまに見えるのだ。
イーリスは、便利な体質だな、と思いながらラファーガのリードに体を預けた。
そんな2人を見て、国の内外を問わず貴族たちは噂する。
「それにしても、あのイーリスという男。あの華やかさはどうだ」
「ああ。あれでは儂もその気になってしまう」
「美しい銀の髪に青い瞳。整った顔。なめらかそうな肌。たまりませんな」
「そうですね」
国防の要であるラファーガが抱かれる立場であると知られるのは、良いこととは言えない。
だからイーリスは、あえて周りの誤解を解かないと決めていた。
とはいえ、コソコソとこちらを盗み見る視線が不快でないといえば嘘になる。
コソコソと話す紳士たちに、ラファーガは鋭い視線を向けた。
ギロリと睨まれた紳士たちは、今度は言い訳するようにイーリスのことを悪く言い始めた。
「でも宰相補佐をしている30歳の男ですよ?」
「身長も高すぎる。ラファーガさまとそう変わらない。190センチはあるのでは?」
「それは大きすぎですね」
ラファーガが射殺しそうな視線をそちらに向けるのを、イーリスがさりげなく回り込みながら自分の方へ顔を向けさせる。
「ラファーガ。オレを見ろ。大事な夫夫の時間だぞ」
「ん……分かったよ、イーリス」
2人は微笑み合ったり、周囲の視線にげんなりしたり、周囲の人々を睨みつけたりして、三曲続けて踊った。
ダンスを終えたイーリスは、ラファーガの顔色がよくないことに気付いた。
「どうしたラファーガ?」
「ん、ちょっと気分が悪い」
「本当に具合が悪そうだな。なら休憩室を使わせてもらおう」
イーリスは令嬢が婚約者の令息にするように、ラファーガへそっと寄り添った。
ラファーガは力なく笑いながら言う。
「ああ、そうするよ。こんなところで倒れたら、国防上、よくない」
「そうだな。国防上よくない。とはいえ本当に顔色が悪いな、ラファーガ。久しぶりの夜会で、人に酔ったか?」
ラファーガは、イーリスに支えるように寄り添われて会場を後にして、近くに用意されている休憩室を目指した。
休憩室は個室になっているため、逢引きにも使われる。
そのため2人の姿を見かけた人々は「あっ」と小さく声を上げると、そそくさと足早に立ち去っていった。
「この部屋は空いているみたいだ。ほら、ここならソファもあるし、ベッドも……え⁉ ラファーガ?」
ラファーガは部屋に入った途端、口元を押さえて床へとへたり込み、イーリスは慌ててドアを閉めた。




