第16話 誘惑
(イーリスさまに心配をかけてしまったな)
ラファーガは自分の不甲斐なさにイラついて、太い指で黒い髪をガシガシとかきむしった。
医師の診察により健康に問題がないとされたが、午後は念のためベッドの中で過ごした。
(湯あみをしたら、少しシャンとした気がする。まぁ、あとは寝るだけなのにシャンとしても仕方ないが)
自分の間抜けさを笑いながら部屋の扉を開けたラファーガは驚いた。
「な……っ?」
シンプルながら清潔に整えられているラファーガの部屋が、いつもと違う。
明るさが抑えられた照明に、床に散らされた赤い薔薇の花びら。
絨毯のように続くは赤い花びらの先には、見慣れた天蓋付きのベッドがある。
だがその上には、そこにいるはずのない人物の姿があった。
「やぁ。早かったな」
ベッドの上には、一糸まとわぬ姿のイーリスが悠然と微笑みながら寝そべっていた。
(何事―――っ⁉)
一段と磨き上げられたイーリスは、虹のごとく輝いていた。
長く艶やかな銀色の髪が、白い肌の上に流れて落ちる。
仄かにピンク色を帯びた白い肌から目をそらせば、悪戯な笑みを浮かべる青い瞳と視線が合った。
(イーリスさまが……イーリスさまが、裸……)
ラファーガの全身がカッと熱くなる。
「ラファーガさま。こちらへ」
イーリスはラファーガに向かって右腕を差し出す。
右手の指が小指の側から波のように動いてラファーガを誘う。
ラファーガの褐色の肌に覆われた喉元が、ゴクリと動く。
「さぁ、ラファーガさま」
(イーリスさまっ! さぁ、って何なんですかっ、さぁ、って⁉)
ラファーガは思い切りよく動揺していていたが、感情を表に出さない訓練の成果を活かした。
しかし精一杯の無表情で感情を隠していても、ふらつく足元に思いはタダ漏れだ。
ラファーガは、ふらふらとよろめきながら自分のベッドに近付いた。
上半身を起こしたイーリスは、ベッドに乗り上げてこようとしているラファーガの骨ばった顎の下に白くて長い指を添えた。
「ふふ、ラファーガさま。可愛い人だ」
「かっ……可愛いなんて……」
ラファーガの頬が分かりやすく赤くなる。
イーリスは、そんなラファーガをまじまじと見つめながら呟く。
「可愛すぎて……憎いな」
「……え?」
ラファーガがポカンとした間抜けな表情になるのを確認してから、イーリスは彼の顎を撫でまわしながら言う。
「貴方が魔王を討ちとってくれたおかげて王国は守られた。魔物や魔族の遺骸は、国境で王国を守るために働いている。だからといって、ラファーガさま。貴方が死んでしまったら、王国は守れない」
「あ……えっと……」
「呪いを解くために、私の体が必要なら、なぜすぐに言わないのです? 私はケツくらい、いつでも差し出しますよ」
イーリスは色っぽい表情を浮かべて、全く色っぽくない言い方をした。
だがラファーガは、イーリスの誤解をどう解くかで頭が一杯だ。
(あ……やはりそちらだと……)
ラファーガは戸惑った。
(私は、自分の気持ちをどう伝えたらいいだろうか? こんななりをして抱かれたいと言ったら、イーリスさまは呆れてしまうのではないだろうか)
ラファーガは右足をベッドに乗せ、左足は床に置いたまま固まって、グルグルする思考に囚われていた。
しばらくその姿を眺めていたイーリスだったが、突然、動揺した様子で口を開いた。
「ラファーガさまっ⁉ そんなにイヤなのですか?」
戸惑いは涙に形を変えて、ラファーガの頬を流れた。
だがイーリスには、違う意味に見えたようだ。
「ちがっ……」
説明なしければならない。
誤解されて嫌われるのはイヤだ。
そう思うのに、一度流れ始めた涙が止まることはなく、ラファーガは言葉を思うように伝えられない。
「オレの体が思ってたのと違うから、抱きたくないのですか?」
イーリスがちょっと拗ねたように言う。
「ちっ、違いますっ」
ラファーガは慌てた。
「ちがっ……ちが……う。だって、私は……私が……」
ラファーガは流れる涙の下からたどたどしく伝えようとするが、言葉が詰まって上手く話すことができない。
(どう伝えたらいい? 私は抱かれたいのだと。イーリスさまに、どう伝えたら……)
ラファーガが、どうすればよいのか分からずにまごまごしてうろたえていると、ジッとこちらを見ていたイーリスの目が大きく見開かれて、ゆっくりとニンマリとした表情に変わっていく。
「もしかして、ラファーガさま。貴方は、抱く側ではなくて、抱かれる側を……」
「っ!」
ラファーガの頬がカッと熱くなり、思わず顔を両手のひらで覆った。
「ははぁーん。そういう……。へー。そうですか。へー」
一言も伝えないまま、イーリスはラファーガが望んでいることに辿り着いてしまったようだ。
(恥ずかしいっ。穴があったら入りたいっ)
真っ赤になって汗をダラダラと流すラファーガを、イーリスは楽しそうに覗き込む。
「ふーん、そういうことですか。ハハッ。よかった。オレもそっちのほうがいいです」
イーリスは上半身をグッとラファーガへ近付けると、彼の頬にサッと触れるだけのキスを落とした。
ラファーガは自分に何が起きたのか、一瞬、分からなかった。
こちらをジッと覗いている青い瞳と目が合って、イーリスがニヤッと笑って。
そこで初めてラファーガは、自分の想いが叶えられることを悟った。




