第14話 初めての共同作業は鍛錬です
シャイン伯爵家の鍛錬場は、屋敷から少し距離がある。
ラファーガとイーリスは移動している途中にも、ちょっと走ってみたり、早歩きしてみたりと、軽く競争じみたことをしながらじゃれ始めた。
「ほらほら、ラファーガさま。遅いですよ」
「ハハハ、イーリスさま。これは準備運動ですか?」
「まあ、そんな感じですよ。オレは鍛錬そのものが久しぶりですから」
イーリスはそういうが、軽やかな動きで体がなまっているようには見えない。
ラファーガは笑いながら言う。
「そうなんですか? 鍛錬をサボっていたようには思えませんが」
(イーリスさまは痩せて見えるが、手足が長いからだろうな。筋肉もしなやかな感じか。私の体のように筋肉をつけすぎていないから、かえって動きにキレがあるのか。)
「はは。オレは宰相補佐で、前線には出ていませんからね。でも宰相さまに鍛えられているから、そのせいかもしれません。知ってます? 紙も束になると重いんですよ」
「ふふ。宰相さまは厳しそうですからね」
「そうなんですよー。実の息子にも厳しい、厳しい」
イーリスは肩をすくめ、肘を脇につけて両手両腕を広げると天を仰いで溜息を吐いてみせた。
それを見てラファーガは噴き出す。
(イーリスさまと一緒にいるのは楽しいな。戦争中は、こんな日が来るとは思っていなかった)
シャイン伯爵家の敷地は、一見すると魔王軍の攻撃を受けなかったように見える。
だが実際は違う。
(本館は壊滅的で、複数あった別館も今使っている建物以外は酷い有様だった)
戦による被害で家を失った者は多い。
崩れた建物から使える建材を引っ張り出して作った小屋には、家を失った兵士たちが住んでいる。
なかには家族を引き連れて移り住む者もいたので、シャイン伯爵家の敷地内は賑やかだ。
ラファーガの姿を認めた住人たちは、声をかけたり、手を振ったりしている。
「ふふ。ラファーガさまは人気者ですね」
「揶揄わないでください、イーリスさま」
「ご謙遜を。家を失った兵士たちを受け入れるなんて、なかなか出来ることではありませんよ」
イーリスは褒めたが、ラファーガはそれを素直に受け取ることはできなかった。
(兵士たちを引き受けたのは警備を強化したかったからだ。慈善事業というわけでもないのに、イーリスさまに褒められてしまうと面映ゆいな?)
「平和になったとはいえ、魔王との戦いの後ですから。兵士たちの家族は【軍神】の側にいられて安心でしょう」
イーリスは無邪気に言った。
(むしろココは危険なのです。なまじ【軍神】などと持ち上げられてしまったから、私の首は狙われる。でも死ぬなら呪いで死なないとダメだ。せっかく打ち取った魔王が早々に復活してしまう)
ラファーガは複雑な気持ちを抱きながらも説明を加えた。
「我が家は敷地だけは広いですからね。廃材も沢山あったし。でも復興が進めば、彼らもここを後にすることでしょう。伯爵家の敷地で暮らすのは、何かと気づまりでしょうからね」
「ハハハッ、それはそうかも。下手に暴れたら、執事を始め使用人たちに叱られそうです」
笑いながら敷地内を歩いていたラファーガたちは、ようやく目的地にたどり着いた。
ラファーガは右手を広い空き地に向けて言う。
「ここがシャイン伯爵家の鍛錬場です」
「以前、馬に乗って案内していただいたので知ってはいますが。改めて来ると広いですね」
「ハハハッ。武人を多く出す家系ですからね」
鍛錬場の周りは柵で囲われているが、土がむき出しになった広い空き地のような場所だ。
「特に道具は置いてないのですね」
「ああ、それはあっちの小屋にある」
ラファーガが指さした方向から、執事が鍛錬に使う道具を乗せた台車を押しながらやってきた。
「エタンセルって、足が速いのですね」
「ハハハッ。そんなことはございませんよ、イーリスさま。わたくしは馬に乗ってまいりました」
「エタンセルは元騎士だからね。乗馬は得意なんだ」
小屋の隣では栗毛の馬が呑気に草を食んでいた。
「エタンセル、模造刀を」
「はい、旦那さま」
ラファーガにエタンセルは模造刀を一本渡した。
「イーリスさまにも」
「はい」
イーリスはエタンセルから模造刀を受け取った。
役目を終えたエタンセルは、鍛錬場の仕切りである柵まで台車を押して下がった。
「では久しぶりにやりますか」
イーリスは模造刀を構えてラファーガの前に立った。
「はい。よろしくお願いします」
ラファーガも模造刀を構えた。
掛け声と共に模造刀をぶつけ合う。
木と木とがぶつかり合うカンカンという高いが鍛錬場に響いていく。
「あ、ラファーガさまだ」
「試合?」
屋敷内に住んでいる子どもたちが見学のために、わらわらと集まってきた。
「鍛錬ですよ。見学するなら静かにね」
「「「はーい」」」
エタンセルに釘をさされた子どもたちは、柵の向こう側で大人しく模造刀を戦わせる2人を見ていた。
「ほらほら、がら空きだぞ【軍神】さま」
「ハハッ。来るならいらっしゃい、イーリスさま」
右手に剣を持ち、左手を後ろに隠しているラファーガに対し、両手で剣を握るイーリスは軽やかに突っ込んでいく。
「ほらっ、来たぞっ! 逃げんな、オラッ」
「ハハハッ。なんですか、それは」
正面から突っ込んでくるイーリスを、ラファーガは右に左にとかわしていった。
足元に感じる土の感触、靴底で潰された草の匂い。
(血の臭いのしない鍛錬は平和でいい)
ラファーガは、とても楽しくて気分がよかった。
しかし軽くいなされて続けているイーリスの方は、眉間にシワが寄ってきていた。
「こら、【軍神】っ。ちょこまか逃げんなっ。おらっ!」
「おっと」
ブンと振り回された模造刀の刃先が、ラファーガのアゴ先をシュッと通り過ぎていく。
「くぅぅぅぅぅぅぅっ。やっぱ避けるか。おりゃ」
胸元あたりに飛び込んできたイーリスの模造刀を、ラファーガは胸元に持ってきた模造刀で受けた。
「ふはは、【軍神】さまに両手で剣を握らせたぜっ」
イーリスはラファーガの胸元で模造刀の根本あたりを押しながら得意げに笑っている。
「木で出来た剣ですけどね」
「うっせ。細かいことはいいんだよっ」
イーリスとラファーガの身長は、ほぼ一緒だ。
細身の宰相補佐と、筋肉がたっぷりついた【軍神】の力勝負は分かりきっている。
イーリスが鍔元に気を取られている間に体をひねって軽くいなせば、彼はバランスを崩して簡単に勝負がつく。
だかしかし。
(……あぁ、なんだか体が重いな。呪いのせいか体力は落ちている。筋肉も落ちていいはずなのだが……もしかして太ったのか?)
ラファーガがそんな風に感じた瞬間。
「わっ⁉」
「えっ?」
慌てるイーリスの目の前で、ラファーガの体はズルリと足元から崩れて後ろへとひっくり返った。
「ちょっ、ラファーガさま⁉」
ひっくり返った当の本人よりも、イーリスのほうが動揺している。
ラファーガの方はといえば、目をぱちくりとさせてポカンとしていた。
(いったい何が起こった?)
ラファーガの視界の端に、エタンセルが慌てて駆け寄ってくるのが見えた。
「ああ、ラファーガさま。書類仕事ばかりされていたから、お疲れだったのでしょう」
エタンセルが心配そうな表情を浮かべて、ラファーガの体をあちこち確認している。
「大丈夫?」
イーリスはラファーガの横にかがんで彼を覗き込んだ。
(近いっ!)
「あ、ああ。大丈夫だ」
顔が熱くなるのを感じたラファーガは、慌てて起き上がろうとした。
(え? 目が……)
だがラファーガは、クラッとしためまいを覚えて地面に寝そべってしまった。
「ラファーガさまっ⁉」
イーリスは驚いて声を上げた。
「あぁ旦那さま。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、エタンセル。ちょっとめまいがしただけで……」
「あぁ、それはいけませんね」
エタンセルは白髪の眉毛を情けなく下げた。
「早く屋敷に戻ったほうがいい。オレの肩につかまって」
イーリスはラファーガの背中に両腕を回すとヒョイと上半身を持ち上げた。
(アッ、近いっ、近いっ)
「あ……あぁ」
ラファーガは動揺しつつも、イーリスの肩を借りて立ち上がろうとした。
だが無理だった。
(なぜだ? 体に力が入らない)
横で見ていたエタンセルか心配そうに言う。
「倒れた時に頭でも打ったのでしょうか?」
イーリスが頷きながら言う。
「あぁ、その可能性もありますね。なら、オレが屋敷まで抱えていきますよ」
「えっ⁉」
ラファーガは驚きの声を上げた。
「オレ意外と力があるんですよ?」
イーリスは悪戯っ子のようにニッと笑う。
(太陽の光が銀色の髪に透けて綺麗だ。……いやいや、そうじゃなくて!)
「屋敷までは距離がありますから、馬に乗せてもらえば……」
ラファーガが言うと、イーリスは顔を横に振った。
「いや。頭を打った可能性があるのなら、馬はやめたほうがいい。エタンセル。先に屋敷へ戻ってラファーガさまを寝かせる用意をしておいてくれないか? 念のため、お医者さまにも診てもらおう」
「承知いたしました」
「あ、でも……え?」
ラファーガが動揺している間に、エタンセルはさっさと馬の方へ行ってしまった。
「さて、と。ラファーガさま、オレにつかまれますが?」
「それは問題ないが……え? 本当に屋敷まで私を抱えていく気ですか?」
「そのつもりだが?」
「えっ? だって私は、重いから……」
ラファーガがオタオタしていると、イーリスはヒョイと彼の体を横抱きにして持ち上げた。
「あ、このくらい大丈夫です」
(ちょ、待って……イーリスさまに抱かれている?)
ラファーガはイーリスの腕の中で、お姫さまのように横抱きにされた。
「あー、ラファーガさま。お姫さまみたいっ」
「いいなぁ、ラファーガさま。お姫さま抱っこだー」
子どもたちがイーリスの足元でキャッキャとはしゃいでいる。
(私は褐色ゴリマッチョだぞ⁉ お姫さま抱っこは変だろう⁉)
自分が滑稽な姿になっているのは分かっていたが、胸のときめきをラファーガは止められなかった。
「ラファーガさま。もっと顔をこっちへ。オレの胸に顔を当てる勢いで近付いてもらったほうが、抱えていて楽です」
「あ、はい。これでいいか?」
「はい、それでいいです」
こうして顔を赤くしたラファーガは、ニッコニコのイーリスの腕の中で横抱きにされたまま、自分の部屋のベッドまで運ばれたのだった。




