第11話 結婚式
3月。
春の日差しが降り注ぐなか、煌びやかな結婚式が神殿で行われることになった。
身支度を整えたラファーガたちは、神殿の控室で出番を待っていた。
イーリスの父であり宰相でもあるストーム侯爵は、控室のソファにドカリと座り、姿見の前で最後の確認をしている息子を見上げて口を開いた。
「本当にウエディングドレスでなくてよかったのか? イーリス」
「いいですっ! 大丈夫ですっ! 私はドレスなんて着ませんっ!」
イーリスは目を吊り上げて自分の父を睨んだ。
(イーリスさまと宰相さまは、仲がよいな。微笑ましい)
ラファーガは父と息子のやり取りを見ながら、クックックッと肩を揺らす。
「ウエディングドレスなら、お前の亡き母の物が……」
「それは大事な思い出と共に、父上がっ、抱きしめていてくださいっ」
ストーム侯爵はイーリスに年を取らせ、少し男らしい精悍さを足したような人物だ。
2人はとてもよく似ていて、口喧嘩すら仲の良さのアピールに見える。
(今日のイーリスさまは特別に綺麗だ)
イーリスは、ウエディングドレスではなく白地に銀刺繍の入ったパンタロンスーツを着ていた。
銀刺繍と宝石で華やかに飾り付けられた膝下まである長いコートは、ドレスのようにも見える。
軽やかな生地で作られている裾広がりで幅広のズボンにも刺繍やレース、宝石などが賑やかに付けられていた。
真珠やダイヤモンドといった高価な物が使われていが、光沢のある白のシルク生地や銀色の刺繍といった物の組み合わせなので悪目立ちするようなことはない。
父であるストーム侯爵は、イーリスの全身を眺め、眉を困ったように下げながら言う。
「だけど今日の服は、ほぼドレスじゃないか。それなら……」
「そんなことはないですっ。これだって立派な貴族服ですっ。華やかなだけですっ」
イーリスは食いつかんばかりの口調で言うとラファーガに助けを求めた。
「ラファーガさまも、言ってやってください。デカい女装した男と一緒に歩く気はないって」
ラファーガとイーリスは体格こそ違うが、身長はさして変わらない。
「私はドレス姿のイーリスさまと歩くのもやぶさかではありませんが……」
「もうっ。ラファーガさままでっ」
「ふふ。でもドレスだと髪を結い上げなければなりませんからね。今から髪を結い上げるのは大変そうです」
イーリスは長い銀髪を緩く三つ編みにして、銀刺繍の入った白いベルベットのリボンを結んでいる。
太目のリボンには宝石が飾られているし、髪には白い花を咲かせた生花が差されていた。
イーリスが嘆くように言う。
「あぁ私も、ラファーガさまと同じ服がよかった」
「一応、白の礼服だが……これは軍服ですよ?」
「だからそっちの方がいいんですよっ」
ラファーガは、自分の着ているどうということはない白の軍服を眺めて首を傾げた。
イーリスは小さな声でブツブツ言っている。
「もうっ、ラファーガさまは無自覚なんだから……本当にカッコいい……オレだってカッコいい方が……」
ストーム侯爵は落ち着きのない息子を眺めながら溜息を吐いた。
「まったくお前ときたら幾つになっても……。今日は国王陛下もいらしているし、他国からの来賓もいらしている。恥ずかしくないようにしなさい」
「分かっていますよ、父上。今日の式の目的は【軍神ここにあり】とラファーガさまの元気な姿を見せることですからね」
イーリスの言葉を聞いて、ラファーガは苦笑する。
「私を買い被り過ぎです」
「いや買い被りではないです。自覚を持ってくださいよ、ラファーガさま」
楽しそうにじゃれついている2人に向かって、ストーム侯爵は釘をさす。
「仲良しなのはいいことだが、今日の目的は修復した神殿をアピールすることも含まれる。とにかく国力が落ちていないことを近隣諸国に分かってもらわないとな」
「そうですね、ストーム侯爵さま。せっかく平和になったというのに、他国に攻め込まれては意味がない」
ソファに背中を預け、両腕と両足を組んでいるストーム侯爵は大きく頷きながら答える。
「そういうことです、ラファーガさま。ところで、いつから義父上と呼んでもらえるのですか?」
真顔でストーム侯爵に言われて、ラファーガの顔が分かりやすく赤く染まった。
「父上っ。結婚といっても形だけなのですから、ラファーガさまを困らせないでくださいっ」
「吠えるな、イーリス。うるさい」
そこにタイミングよく、下級神官が3人を呼びにやってきた。
「花嫁。ブーケを忘れるなよ」
「分かってますよ、父上」
ストーム侯爵に促され、イーリスはうんざりした表情を浮かべて白いカラーの花束を手に持った。
長い茎をそのまま活かした白いカラーの花束には、根本には白いレースが巻かれていて、太い白いリボンで束ねられていた。
スッキリとした美しさを持つブーケは、スラリと背の高いイーリスに似合っている。
「こうやって持てばいいのかな?」
不貞腐れたイーリスが、可憐な花嫁が持つようにわざと両手でブーケを抱えると、ラファーガとストーム侯爵は耐え切れずに噴き出した。
下級神官について3人が会場に入っていくと、既に来客は着席していた。
「お、兄上だ」
イーリスはそう言うと、親族席に腰を下ろしている兄に小さく手を振った。
兄の方は握った右手を顔の前に上げると親指をグッと立てる。
イーリスは軽く笑って、ストーム侯爵は顔をしかめた。
ラファーガは笑いをこらえて、真面目な顔を作った。
「ラファーガさまは祭壇前へ。イーリスさまは、宰相さまと少し後からいらしてください」
下級神官に言われて、3人は頷いた。
ラファーガは一足早く祭壇前へと進む。
(ここも魔王軍に壊されていたが……綺麗に直したな)
神殿のなかを眺めながらラファーガは思った。
来賓席に腰を下ろしている貴族たちは、ラファーガの姿を見て噂する。
「ラファーガさまだわ」
「軍神だ」
「魔王を討ちとったのはあの腕か」
「健康状態が心配されていたけれど、ご健在だわ」
「これで他国に攻め込まれる心配はないな」
(私が生きていることで戦争にならないなら、それはそれで意義のあることだ)
ラファーガは大神官の前で止まり、後ろを振り返る。
そこにはストーム侯爵に手を取られて進むイーリスの姿があった。
(だが私は、彼の望まないことをさせたくはない。それが国の危機を招くとしても……。そもそも気持ちは自由に操ることなどできない。自分自身にだって自分の気持ちは操れないのだから、ましてや他人の気持ちなど無理だ)
魔王がかけた呪いは【イーリスに受け入れらず、抱かれもしなければ、愛されもしなかった時に】発動するのだ。
(愛は強要など出来ないからな)
ラファーガは、愛を諦めながら、愛しい人を待つ。
ストーム侯爵の手からイーリスの手を渡されて、愛しい人のぬくもりを左の手のひらに受け取る。
教えられた誓いの言葉を教えられたままイーリスと共に神の前で唱える。
(彼はどうか知らないが、私の誓いは真実)
ラファーガは心の中で呟き、隣に立つ美丈夫へと視線を向けた。
イーリスの青い瞳は、ラファーガをジッと見ていた。
ラファーガの心臓がドクンと跳ねる。
「2人は夫夫と認められました!」
大神官の宣言を受けて、客席はワッと沸いた。
そしてどこからともなく上がるキスコール。
「どうします? ラファーガさま。私たち、キスを求められちゃってますよ」
イーリスに耳元で囁かれ、ラファーガは耳まで赤くなった。
大神官は笑って言う。
「ふふふ。軽く唇に触れるキスでも披露したらいかがですか? その程度でしたらよくあることですよ」
「だって。どうしますか? ラファーガさま」
「どっ……どうって……」
(イーリスさまと、キス⁉)
真っ赤になったラファーガの肩を、思いのほか強いイーリスの手がグッと引き寄せる。
温かくて柔らかなものが、一瞬だけラファーガの唇に触れて離れた。
(キス⁉⁉⁉)
目を見開いて固まるラファーガの視線の先には、悪戯な笑みを浮かべるイーリスの姿。
(イーリスさまと、キスしてしまった!!!)
湯気が上がるほど真っ赤になったラファーガと、その横で澄ました顔をして両手でブーケを抱えるイーリスに向かって、客席からはヒューヒューと冷やかすような歓声が上がった。
(うわぁぁぁぁぁぁ。キスぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、したぁぁぁぁぁぁぁぁ)
下級神官に促されて2人は祭壇前を後にした。
ラファーガの左手はイーリスに握られている。
「おお、イーリスさまがリードしている」
「これは、かかぁ天下か?」
「かかぁ天下では軍神さまの威光が下がるのでは?」
「いや、下がらないよ。むしろイーリスさま怖ぇ~って話よ」
「イーリスさまは未来の宰相さまだからな」
「フルオロセンス王国は安泰ということよ」
客席では来客たちがザワザワと騒めく。
その声を聞きながらも、ラファーガは、ふわふわと夢心地だ。
(このまま幸せになれたらいいのに……)
そう願ったが、この幸せが永遠には続かないことをラファーガは知っていた。




