第10話 新生活
美しい見た目に反して意外と気さくなイーリスは、あっという間に屋敷に馴染んだ。
執事エタンセルも笑顔で主人へ言う。
「よい方がおいでになって、よかったですね、旦那さま」
「ん、そうだな」
ラファーガはエタンセルから書類を受け取りながら返事をした。
イーリスには宰相補佐という仕事があるが、新婚ということで長期休暇を与えられている。
ラファーガの方は、今日も執務室で机の前に座って執務にあたっていた。
「ですが、これが結婚かと言われると悩みますね」
「それを言うなよ、エタンセル」
ラファーガは澄ました顔をしている執事に向かって苦笑を浮かべた。
イーリスとの生活は楽しいが、妻を迎えたというのには程遠い。
「男性同士ということもありますが、これはただの同居です」
「ハハッ。そりゃ、そうだよ」
正解を胸を張って言う執事に、ラファーガは声を上げて笑った。
最近見ることの少なくなった無邪気な笑顔に、エタンセルは目元を緩めて主人を見る。
「でもイーリスさまに来ていただいてよかったです。屋敷のなかに花が咲いたようで……おや話題の主は、本物の花に囲まれておいでですね」
「ん?」
ラファーガは執事の視線を追って、窓の外を見た。
執務机の後ろにある窓からは庭が見える。
庭の真ん中では、イーリスが花を抱えて笑っていた。
「まだ雪が残っているというのに、咲いている花もあんなにあるんだな」
「流石に温室の花も混ざっていると思いますが、それでも季節は確実に春へと向かっていますね」
ラファーガは執事に向かって頷きながら思う。
(イーリスさまのいる生活は、本当に華があるな)
気さくなイーリスは、使用人たちとも気軽に話す。
そうすることで王国を上手く動かすヒントを探しているようにも見えるが、話しかけられた側に悪い印象を与えるものではない。
(イーリスさまは、未来の宰相さまだからな。使用人たちも喜んで情報提供するだろう。彼と話すのは楽しいし)
取っつきにくい印象のイーリスだが、話しだせば楽しいし、使用人たちの話も聞いてくれるとあって、使用人たちからの人気も高いようだ。
もちろんラファーガもファンの1人だ。
そして花を抱えるイーリスを見て、自分もあの花のように抱きしめられたい、と思ったりもする。
(だが、この気持ちを彼に知られて嫌われたくない。どうせ死ぬならこのまま……)
ラファーガには、自分の本心をイーリスに伝えるつもりはなかった。
(イーリスさまの一番の関心事は国のことだ。私は国防上の要。事情を知れば、無理をしてでも私を抱こうとするだろう)
それは嫌だとラファーガは思ったのだ。
イーリスに対して複雑な思いを抱くラファーガの心の内など知らない執事は、無邪気に尋ねる。
「昨日は、お2人で乗馬をなされたのでしょう?」
「ああ。屋敷周辺の案内を兼ねてな」
「意外とイーリスさまはアクティブでいらっしゃる」
鍛錬場に通っていたイーリスは、乗馬も得意だ。
「乗馬も上手だし、剣の腕前もなかなかだよ」
執事は驚いた表情を大袈裟に作った。
「それは意外ですね。意外といえば、食事量もです。あんなに細いのに……」
「そうだな。大人になってからは、食事を共にする機会もなかったが。子供の頃と食べる量がそう変わっていないとは思わなかったから、驚いたよ」
屋敷にして初めて2人で食事をしたとき、10代の少年並みの食欲を見せるイーリスにラファーガは目を丸くした。
執事は目を細めて言う。
「ふふ。でもイーリスさまにつられて、旦那さまも沢山召し上がるようになってよかったです」
「2人で摂る食事は楽しいからね」
少し照れながらラファーガは答えた。
イーリスとの生活は楽しい。
このままずっと何十年と続けていきたいほどに。
そんなラファーガの思いをあざ笑うように、呪いは徐々にラファーガの体を蝕んでいる。
(でもイーリスさまの意に沿わないことを強いて呪いを解くより、このまま死んでしまったほうがマシだ)
ラファーガの決意は固かった。




