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無敗の軍神は愛しき夫の子を孕む  作者: 天田 れおぽん @初書籍発売中


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第1話 勝負に勝って呪われる

「魔王を打ち取ったぞっ!」


 ラファーガは大声で勝利を伝えながら、右手で高々と魔王の首を掲げた。

 よく通るラファーガの声は、長く苦しい戦いの終わりを告げる祝砲のように洞窟のなかに響いていく。


 3年前、魔王軍が攻め込んで以降続いていた戦いが、フルオロセンス王国の軍神と呼ばれているラファーガの手により終わりを告げた瞬間だ。


 雄々しい勝利宣言は、疲れ果てた兵士たちの目に希望の光を与えた。


「勝った?」

「……勝っただと?」

「勝った」

「勝ったぞ」

「勝利だー!」


 喜びの声が疲弊した兵士たちの間を伝播してく。

 そして最後には広い洞窟を揺らすほど大きな歓喜の声が湧き上がり、広い洞窟を揺らすようにして響いた。

 戦いに傷付き疲れ果て地面へ転がっていた兵士たちも、よろめきながら立ち上がる。

 生き残った者たちは互いの体を抱き合い、歓喜の声を上げながら勝利を祝った。


 しかし喜びの大きさに比べて、歓声の数は少ない。

 なぜなら勇敢な戦士たちは、そのほとんどを魔王軍との戦いによって失ったからだ。

 暗い洞窟内は、松明の炎や、松明以外の何かが燃える炎で、ゆらゆらと揺れながら照らしだされていた。

 戦いの跡も生々しい洞窟内の地面には、命を失った兵士たちの体が積み重なるようにして倒れている。

 ゴツゴツとした地面に転がっているのは、味方だけではない。

 激しい戦いにより傷を負ったのは魔王軍も同じだ。

 敵味方関係なく命を失った体は、散らばり重なっていた。

 地面や岩の上、壁など場所を問わず、洞窟内には死が満ちている。

 血の匂いが混ざる淀んだ空気の漂う空間には、生々しい死が転がっていた。


(長かった。失ったモノも多い。だが勝った! 我々は勝ったのだ!)


「ほらっ! お前たちの主は死んだぞ!」


 ラファーガは生き残った魔物たちに見せつけるように、褐色の肌に覆われた力強い大きな手で黒く立派な角を掴み、魔王の首を高々と掲げた。

 左手に持った剣は血まみれで、まだ乾いてない血がべっとりと銀色の刃にまとわりつき粘りつきながら流れ落ちていく。

 彼の足元には、魔王の首から下がゴロンとだらしなく転がっていた。

 無残な死を足元に置いたラファーガは、短い黒髪は長い戦いにより乱れているし、逞しい体を覆う防具や服もボロボロになっていたが、力のみなぎる黒い瞳で魔物たちを睨みつけている。


『キー、キキキッ』

『ギャァァァァァァァァァ!』


 魔王の死を知った魔物たちは、口々に奇妙な声を上げて闇の中へと逃げていった。


 大きな洞窟の中の空気は淀んでいて死と疲労の臭いに満ちていたが、ラファーガの存在が鋭く闇を切り、太陽の光が差し込んだかのように皆の心へと希望を与えていく。

 辛うじて立ち魔物と切り合っていた者にも、傷付き疲れ果ててゴツゴツした地面に身を任せていた者にも、希望の光がゆっくりと灯っていった。


「はははっ、逃げろ逃げろっ! 大将が死んだお前たちに勝ち目はないっ」

「憎たらしい魔物たちめっ。いつか根絶やしにしてやるっ!」

「勝った! おれたちは勝った! 生き残ったぞー!」


 魔物たちが逃げ去った後。

 歓喜にむせぶ兵士たちの足元には、生々しい死が転がっていた。

 血の匂いが混ざる淀んだ空気の満ちた空間には、魔王軍の敗北だけでなく、王国の負った傷の大きさも漂っている。


(だが、これで終わった)


 歓喜に沸く兵士たちを眺めながら、ラファーガは安堵の溜息を吐いた。


(我々は勝った)


 彼の暮らすフルオロセンス王国が魔王軍に攻め込まれて三年。

 二十五歳だったラファーガは二十八歳になった。

 長い戦いだった。


 軍神と呼ばれる男、ラファーガ・シャインは黒い瞳に黒い髪を持つ立派な体格な男だ。

 褐色の肌に覆われた身体は、見事な筋肉に包まれている。

 体格にも、血筋にも恵まれていた彼は運にも恵まれていた。

 それでも魔王を相手にしては、無傷というわけにはいかなかった。

 

(父上、母上。そして兄上。私はやりましたよ)


 ラファーガは両親を失い、たった1人の兄弟である兄も失っていた。

 

 戦いの始まりは突然で、なぜ王国が魔王から目をつけられたのかは分からない。

 人間の持つ武力など、たかが知れている。

 王国の総力を結集して魔王との戦いに臨んだが、一気に打ち負かすことなどできなかった。


(それでも勝った。まさか本当に魔王を打ち負かすことができるとは)


 軍神とも呼ばれている武人、ラファーガ・シャインは、その強さを国内外に響き渡らせていたが、彼もまた1人の人間にすぎない。

 神の加護があり、魔を払う力があると神殿での鑑定により伝えられていたラファーガだったが、彼自身は半信半疑の状態だった。


 人間にはそれぞれに役割がある。

 ラファーガの役割がそれだったとしても、成し遂げられるかどうかは別の話だ。

 本当に成し遂げることができるとは、彼自身も思っていなかった。

 自分の手中に魔王の首がある今でも、ラファーガは半信半疑である。

 まるで夢の中にいるようだ、と思う1方で、生々しい血の感触や臭いは偽物とは到底思えないほど濃厚だ。

 どす黒い血に体と剣とを汚しながら、彼はやり遂げたのだ。


(だが、ここに至るまでに負った傷も深い)


 フルオロセンス王国は、さまざまなものを失った。

 その最たるものが国王である。

 国王と王妃は、最初の襲撃で命を落としたのだ。

 国の要である2人を失ったことは、国民に深い傷を与えた。


(でも次期国王を守り抜くことができてよかった)


 ラファーガは洞窟の岩壁に背中を預けてグッタリと座り込んでいる次期国王、オラノスに向かって魔王の首を掲げた。

 血の気を失った青白い肌をした男は、フラフラしながらも右腕を上げ、親指を突き上げた。

 オラノスらしい反応に、ラファーガは笑みをこぼす。

 戦いにより疲弊していているオラノスは、もともと色白なこともあって顔色が悪く見えたが、どうやら無事のようだ。

 

(オラノスが前線に出ると言ってきた時にはどうなることやらと思ったが……)


 金髪碧眼のオラノスは、ガッシリとした体格を持つ男だ。

 彼まで失っていたら、国民は希望を失っていたことだろう。

 その希望の星であるオラノスは自ら戦いに出向くことを選んだ。


 国王を失った臣下は次期国王まで失ってはならじと皆は反対したのだが、彼はそれを押し切って戦いに参加したのである。


 彼の幼馴染でもあるラファーガは、『国王たるもの、自ら国を守るのだ』というオラノスらしい考えに、最終的には従うことしかできなかった。

 彼とは共に成長してきた仲だ。意思の強い頑固者であることも分かっていたから、1度決めたことを変えさせるのは無理だと知っていた。

 ならばせめてオラノスの身の安全を確保しようと、ラファーガは必死になって戦ったのだ。

 今回の勝利は、それが功を奏したのかもしれない。


(いずれにせよ、これで国は守られた)

 

 ラファーガは、男らしく精悍な顔をクシャリと歪めてニヤリと笑う。


(未来の国王は無事だ。これで王国は、立ち直る!)


 自分の役割を全うできて、ラファーガは心の底からホッとした。

 そして確信する。


(我が国は、魔王との戦いに勝利したのだ。これで周辺諸国も我が国へ下手に争いを仕掛けることなど出来まい。フルオロセンス王国は、さらに栄えるだろう)


 広い洞窟の奥まった場所には、戦士したラファーガの部下たちと魔王軍の魔物たちが積み重なるように倒れていた。


(死すれば同じ屍、か。魔王に襲われ戦争が続いたが被害を受けた分、お前たちには死してもフルオロセンス王国を守る盾となってもらう。この魔物たちの屍をどう使うか……)


 ラファーガの目は未来を見ていて、王国を守るための作戦について思考を巡らせていた。

 だから気付かなかった。

 自分が手にしている魔王の首がゆっくりと動いて、彼の方へと向きを変えたことを。


 魔王の首はカッと目を開けた。


「なっ⁉」


 ラファーガは息を呑んだ。

 真っ赤な瞳がラファーガを睨んでいる。

 その口元は目元とは真逆に、いかにも楽しげな笑みを刻む。


『はははっ、これで我に勝ったつもりか? 愚かな人間よ』

「この化け物っ! まだ命が……」


 しかし首は死んでいた。

 赤い瞳に輝きはなく、口はだらしなく開いて血を流している。

 確実に死んでいるのだが、切り取られた部分からは血ではなくて黒い霧のようなものが漂っていた。

 黒い霧は、意志を持っているかのようにくねりながら動いた。


『我は魔王。肉体が生きていようと、滅びようと、意味などさしてない』


 ラファーガの体に絡みつき漂う黒い霧が、笑いながら囁く。


『お前自身、我を滅した実感などないだろう?』

「うっ」


 図星を疲れてラファーガはうめいた。

 掴んでいる首の存在が、あやふやに揺れる。

 黒い霧は首の中から漂っていたのではない。

 魔王の首は、切り取られた首の端から霧状に崩れ始めているのだ。


『とはいえ我の体はお前に倒され、力を失った』


 ゆらゆらと揺れる黒い霧が、ラファーガの足元に転がった魔王の首から下を揺らした。


「おのれ、化け物っ」


 ラファーガは剣を持つ左手に力を込めた。


『ふふ。早まるな人間。勝利の喜びに水を差す気か? 我が肉体は滅びる。この声もささやかで、お前くらいにしか聞こえていないだろう』


 ラファーガはグッと口元を引き結び、驚愕の叫びを呑み込んだ。

 兵士たちは喜びに沸き立っている。

 危険がないのであれば、その歓喜に水を差すようにことはしたくなかった。


『安心しろ人間。お前は勝った』


 魔王の首はクックックッと笑う。


『ある意味では、な』

「それはどういう意味だっ」

『ふふ。大きな声を出すと周りに気付かれるぞ』


 揶揄うような魔王の首に、ラファーガは苛ついた。


(何なんだ、この首はっ!)


『我は魔王。肉体が滅びようと、さして意味はない』


 魔王の首が発した言葉にラファーガの動きは止まり、目は大きく見開かれた。


『我は容易に復活できる。フフ。驚いているな? 魔王が退治できる存在なら、もうとっくにお前の祖先が成し遂げているだろう? お前は祖先に比べて、どれだけ優れていると?』


 嘲るように笑う魔王の首に、ラファーガの手がプルプルと震える。


(言われてみれば確かに……)


 ラファーガの家であるシャイン伯爵家は代々優れた武人を輩出してきた家系だ。

 両親とも優れた武人で、兄も能力の高い素晴らしい人だった。


(祖先はもちろん、両親や兄も魔王に殺された。あの人たちよりも私のほうが強いなどというわけではない)


 ラファーガとて驕っていたわけではない。

 今回の勝利は、自分の運の良さが味方したのだと思っていた。


『肉体を無くした我は、お前に剣で戦いを挑むことはできない』


 少し寂し気な響きのある声でそう告げた後。

 魔王は嘲るような笑いと共に自信に満ちた声で言う。


『だが、我は復活できるし、今もお前を呪うことくらいならできるぞ』

「なんだって?」

 

 思わず大声を出しそうになったラファーガは、グッと口元を引き結び、驚愕の叫びを呑み込んだ。

 彼と魔王のやり取りに、兵士たちは気付いてはいない。


『どうすれば1番、お前が苦しむのか。それに合わせて呪いを選ぼう』

「なんだって?」

『ふふふ。声が大きいぞ、ラファーガ。お友達に聞かれてもいいのかな?』


 魔王は訳知り顔で視線を向けた。

 そこにはオラノスの姿がある。

 オラノスの視線は幸いなことに、喜びに沸く兵士たちへ向けられていた。


(コイツは私の交友関係まで分かると言うのか?)


 オラノスは次期国王でありながら武闘派だ。

 幼少の頃から共に腕を磨いてきたこともあり、身分を超えて親しい関係にある。


(オラノスは王国を率いる身。私のことで煩わせるのは嫌だ)


 ラファーガは口をギュッとつぐんだ。


『ふふ。それがいい。さて。どうすれば1番お前が苦しむのか。それに合わせて呪いを選ぼう』


 魔王の首の切り口から黒い霧のようなものが緩く滴るように落ちていくのが見えた、と思った次の瞬間には、それがラファーガの体を包んだ。


(なんだこれは⁉)


 黒い霧はラファーガの口や耳、鼻の穴など穴を伝って彼の中へと潜り込んでいく。


「うっ……ぐぁっ……」


 ラファーガがくぐもった苦しげな声を上げてもお構いなしに、黒い霧は彼の体の中を探る。

 臓物を探られるような不快感を感じたが、彼に黒い霧を振り払う術はない。


(こんなものと、どうやって戦えば……)


 この世界には魔法を使える者もいる。

 だがラファーガは、そんな力を持ってはいない。

 剣を振るうしかない彼には、黒い霧への対抗手段がなかった。


『どれどれ、ふーん……。ほほぅ。面白味のない男だと思っていたが……お前、男が好きなのか』


 驚きと揶揄いを含んだ魔王の声が耳元で響く。

 誰にも知られたくない秘密を簡単に暴かれて、ラファーガの頬は羞恥にカッと赤く染まった。


(私の気持ちまで読めるというのか? だが私は、男が好きというわけではないっ。想い人が男性というだけだっ)


 反論したかったが、下手に反応するわけにはいかない。

 魔王が滅んでいないことも、自分の想い人も、兵士たちに知られたくはなかった。


『しかも、お前。こんなにゴリゴリのマッチョのくせに、抱かれたい側なのか』


 笑いながら真実を突いてくる魔王に、ラファーガは苛立った。


『相手は……なんだ、そこに転がっている次期国王ではないのだな。……イーリス。イーリスというのか、その男は。随分と美しい男のようだな』


(なんだって⁉ そこまで分かるのか⁉)


 ラファーガは驚きに目を見開いた。


『お前が抱かれたい側とはな』


 驚いたような呆れたような魔王の声に、ラファーガの全身はカッと熱くなった。


「お前には関係ないっ」


 ラファーガが小さな声で反応すると、魔王はクックックッと笑った。


『関係はあるぞ。どんな呪いをかけるか決めねばならんからな』

「クッ」


 ラファーガは言葉に詰まった。

 自分にどんな呪いをかけられようとかまわないが、あの人だけは巻き込みたくはない。


(魔王とは私の秘密を、こうも容易に暴く存在なのか! 恐ろしい……)


 黒い霧はラファーガの体を撫でまわすように絡みつく。


『ふふふ。さて、どんな呪いをかけようか……定番ではあるが、やはり死の呪いがいい』


(ああ、私は呪いで命を落とすのか)


 ラファーガは自分の運命を悟った。


『そうだな……お前の余命は1年だ。1年でお前は死ぬ』

「うっ」


(1年? 残りの人生は、1年……いや、魔王を倒したのだ。私の命があと1年で尽きたとしても後悔はない)


 魔王が復活するまでにどれだけの年月が必要かは知らないが、それなりの時間はかかるだろう。

 束の間だったとしても、平和は平和だ。

 だとすれば、自分の命と引き換えにしても価値がある。

 悔いが残るとすれば、国の復興に携われないことくらいだ。


(すでに家族もいないのだ。私の命と引き換えに国が平和を取り戻すのなら後悔などない)


『とはいえ、お前は我の首を打ち取ったのだ。それなりの敬意を表さねばならんな』


 魔王は迷うように呟く。


『苦しみもせずに命を落とすようなのは、ダメだな。簡単すぎる。うーん。我の首を打ち取ったお前には、敬意を表さねばならんしな。どうするか……そうだ! 呪いの発動に条件をつけよう』


 とても良いことを思いついたといった様子の魔王に、ラファーガは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。


『ん~そうだなぁ。お前が好いた相手に受け入れてもらえた時には呪いが解ける、とでもしようか』

「えっ」


(私が好きな相手⁉ そんな、あの人を巻き込むなんてっ)


 ラファーガは、まるで怯える子どものように、その男らしい精悍な顔を真っ青に染めた。


『心配は要らぬ。呪いを解ける相手を設定しただけだ。お前が思い描いた相手を傷つけたりはせぬ』


 魔王は愉快そうに言った。


『お前が好いた相手に受け入れてもらえた時には呪いが解ける。ほら、イーリスという男。その男に受け入れられ、愛されて()()()()()呪いは解ける』


 魔王はクックックッと笑った。


『イーリスに受け入れらず、抱かれもしなければ、愛されもしなかった時には。お前は1年後に死ぬ』


(私の余命は1年、か……)


 勇ましく散った両親や兄、そして王国のことを考えれば、ラファーガにやらなければいけない事が山のようにある。

 果たすべき役割を済ませるには1年ではとても足りない。

 ラファーガは絶望的な気分になった。


(私はイーリスさまに嫌われている。受け入れられ、抱かれるなど夢のまた夢。ましてや愛されることなど……)


 唇をグッと噛んだラファーガは想い人の秀麗な姿を思い浮かべた。

 彼が自分を抱くところなど想像すらできない。


(1年……いや。あの人を巻き込むくらいなら、私は今すぐにでも……)


 だが魔王は、ラファーガの心の内を見透かしたかのように言う。


『焦るな。お前には、じっくりと苦しんでもらわないとな。そうだな。お前が呪いの発動前に死んでしまった時には、お前の祖国を今度こそ滅ぼそう』

「うっ」


(私は呪いから逃れるために死ぬこともできないのかっ)


 ラファーガはギリッと歯を食いしばった。

 うっかり暗殺でもされれば、それだけで国が亡びる。


(これは……思ったより、手ごわい呪いだ)


 厳しい表情になったラファーガの神経を逆なでするかのように、黒い霧がラファーガの腹を撫でた。


『はははっ。ついでに、子を孕むことができる体に変えてやったぞ。これが我を倒したお前への、我からの褒賞だ』

「は?」


(子を……孕む⁉)


「それはどういう……」


 笑いながらそう告げた魔王の声は、ラファーガの質問に答えることなく、彼の体へ絡みつくようにして消えていった。

 首はサラサラと黒い霧へと姿を変えて、既にどこにも見当たらない。

 だが今のラファーガにとっては、そんなことは些末なことだ。


(子を孕める体に変えた? そんなことをして、何の意味が⁉)


 声が消えたころにはラファーガの握っていた角まで黒い霧となり、どこかへ溶けるようにして消えてしまった。

 気付けば足元に転がっていた体も無くなっている。

 王国に膨大な傷を与えておきながら、魔王の存在は欠片も残さず掻き消えた。


 ラファーガの疑問に答えがもたらされることはなかったが、彼が考えなければいけないことは他にもある。


(1年……私の命はあと1年なのか。しかもその間、誰かに殺されることなく、病で命を奪われることもなく過ごさなければ、国が亡びてしまう。あぁ、もしかして今すぐ命をとられた方が楽だったのか⁉)


 魔王とラファーガのやり取りは、ほんの一瞬のことだったので歓喜に沸く兵士たちが気付くことはなかった。

 ただ1人を除いて。

 ラファーガは気付いていなかったが、魔王の声はオラノスの耳にも届いていた。


(残り1年。どう生きれば……)


 呪いを受け入れて死ぬことは怖くない。

 だが国を滅ぼさないためには、1年を待たずに死ぬわけにもいかない。


(屋敷に引きこもるか)


 ラファーガは勝利に酔う暇もなく、自分の身の振り方に悩んだ。

 そんな彼を、オラノスの青い瞳が気づかわし気に見つめていた。

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