第九話
ルーチェが連れてきたご令嬢。エルピス伯爵家は確か、農作物がよく取れるはずです。何度か皇族が降嫁していますので、遠い親戚とも言えます。言えますが、親戚だろうと初対面の方なので無理です。怖いです。なんで連れてきたんですかぁ……。
「それで、どうしたんだ」
「あのバカを片付けるのに協力してもらおうかと思いまして」
もう名前すら呼ばれないヴェルメリオ様は少し可哀想です。それだけのことをしたので、自業自得とも言えますけれど。それにしても、バカで皇族に覚えられるのは不名誉にも程がありますね。……バカと言われて分かってしまう私、かなり失礼なのでは? でも、仕方ないと言えば仕方ないです。だって、ルーチェが「バカ」と言う方はヴェルメリオ様くらいなんです。分からない方がおかしいと言いますか、分からなければダメと言いますか。
「伯爵令嬢に?」
「エルピス伯爵家は昔から皇家に仕えていますし、何度か皇族が降嫁もしています」
「だからと言ってこちらの事情に巻き込むわけにはいかないだろう。信用できるかも分からない」
お兄様のお考えはもっとも。けれどルーチェがそういうことを考えずに連れてきているとは思えません。エルピス伯爵令嬢に何か利用価値があるか、契約でもしているのか……。ヴェルメリオ様たちの方に行かれては困るからこちら側に引き入れたいと言う理由ではなさそうです。エルピス伯爵家を敵に回すのは痛手ですが、注目する程ではないです。皇族の降嫁も、最後にあったのは十五代程前の皇帝陛下の時代なため、皇族の血筋だからと反乱を起こされる心配もない。エルピス伯爵家にそれ程の武力はありませんから。
「私が保証します」
「エルピス伯爵令嬢を信用する根拠は」
「勘、ではダメですか?」
ルーチェにしては、曖昧な答えですね。いつもならばこういう利点がある、こんな風に役に立つなど細かなことを言うのに。エルビス伯爵令嬢に、それほどのものがあるのでしょうか。
「…………彼女は【精霊の愛し子】です」
……それが本当ならば、報告がないのは不自然では?
【精霊の愛し子】。自然の長とも言える精霊たちが寵愛する人物のことです。生まれてすぐに精霊たちの寵愛を受ける人もいれば、生まれてから普段の生活の中で精霊たちの寵愛を受けることになる人もいます。全ては精霊の気まぐれ。その中でも、異なる属性の精霊たちの寵愛を受ける方を【精霊の愛し子】と呼びます。精霊たちに付きまとわれてる、とも言えますが。
「どうやって知った? 普通は視えないはずだが」
「魔力が多いことが気になって、先ほど軽く確認しました」
……確かに魔力は多いですが、ルーチェはそういう精密系は苦手だったはず。ポカがありそうで怖いですが、もし本当ならかなりですよ。【精霊の愛し子】はそうそう現れませんから。けれど、確かにエルピス伯爵令嬢の周りに精霊が多いですね。
「お兄様、信用してよろしいかと」
これだけ多くの精霊がいるのなら、違法薬物などで精霊たちを惑わしていない限りは大丈夫です。ルーチェが連れてきたのなら大丈夫でしょうし、エルピス伯爵令嬢がもしそんなことをしているのなら、ここには来ないでしょう。
「……二人がそう言うのならそうなのだろうな」
まぁ、それはそれとして、とても逃げ出したい気分なのですが、逃げ帰ってもいいでしょうか。頑張りました。私頑張った方ですよ。もう城に帰りたいです。
「さすがにこれ以上は泣きそうね。アイト、エルピス伯爵令嬢を送ってあげなさい」
「ご令嬢、こちらです」
エルピス伯爵令嬢はアイト卿が着いていくので心配はないですね。そしてもういいですか? そろそろ限界です。
人といるのが苦手。我慢すればいいだけではありますが、我慢しすぎると気持ち悪くなってしまう。本当に、我ながら厄介なものを抱えたものです。昔はルーチェたちと居るだけでも時折吐いてしまって、この度に困らせてしまいました。
「……ごめんなさぃ」
「大丈夫よ。頑張ったわね」
ルーチェもシグニも、私の事情を知る人は皆、誰も責めてきません。何故我慢できないのか、何故そう弱いのか。内心皆そう思っているのかもしれない。それがとても怖い。知りたくない。それなのに、その人のことを全て知らなければ信用できない自分がいる。なんとも矛盾しているコレを、打ち明けられたらどれ程楽になるのでしょう。
「大丈夫ですか」
「……だぃ、じょうぶです。すみません」
皆がどれ程優しく接してくれても、私はそれを信用できない。きっと、ルーチェたちは笑顔で許してくれるのでしょう。けど、それがとても苦しいのです。いっそのこと、私のことをぞんざいに扱って、いない者として扱ってくれた方が、楽なのではと思ってしまう。
……あぁ、ダメですね。少し崩れるとボロボロと崩れてしまう。ゆっくりと深呼吸をしながら目を閉じる。そうすれば、自分を隠すための箱ができます。大丈夫です。コレはルーチェたちには見せない。大丈夫です。箱に入れて、蓋を閉じる。そうすれば、
「……心配かけてしまってすみません。もう大丈夫です」
ほら、ちゃんと笑えているでしょう?




