第十四話
目が覚めると自分の部屋で、手を握られていることに気がつきます。横を見ようと身体を起こせば、ベッドの横にある椅子に座り、私の手を握って眠っているシグニがいました。ずっと、こうして手を握ってくれていたんでしょうか。
「……相変わらず、優しいですね」
そう、シグニは優しいのです。こうして、婚約者以上のことをしてくれる。だからいつも、甘えてしまう。でも、これではダメです。ずっと甘えているだけではダメ。ちゃんと、一人でも大丈夫なように、みんなに安心してもらえるようにしないといけません。もっと、しっかりしないと。自分の価値を、証明しないと……。
ふと、シグニの方を見て、頭を軽く撫でます。触り心地がよくて、ワンちゃんを撫でているみたいです。シグニは頭を撫でようとすると、恥ずかしいのか撫でさせてくれません。私のことはよく撫でてくれるから、お返ししたいんですが、嫌みたいです。なので、こうして眠っている時は撫でられるチャンスです。
「……私も、頑張らないと」
迷惑、かけないようにしないとですね。ベッドから起きて、ベルを鳴らすと来たのは侍女ではなくルーチェ。普通ならば侍女が来ますが、私が嫌だと駄々をこねた結果、来ることはなくなり、代わりに気づいたお母様かルーチェが来てくれます。だいたいはルーチェですけどね。
「あら、シグニは寝ちゃったのね」
「はい……。その、私どのくらい寝てたんですか?」
「ざっと二時間かしら? シグニが眠っているルシアを連れてきて、部屋に運んでくれたのよ。起きたら連絡するって言ったのに、目が覚めるまでいるって聞かなくて」
しょうがない人だと苦笑するルーチェは、どこか嬉しそうに見えます。婚約者仲が良いと微笑むルーチェの顔は、どこか悲しそうで。ヴェルメリオ様との仲が良くないこともあり、好いていないからと言って、ツラくないワケではありません。それに、学院に入ってから思ってしまうのです。シグニとルーチェが親しげに笑い合いながら話しているのを見る度に。シグニとルーチェは、互いに想い合っているのではないかと。私は、二人の邪魔をしてしまっているのではないかと。
「……ルーチェは」
「何?」
「……いえ、なんでもないです」
聞けたらどれだけ楽になるのでしょうか。ルーチェはシグニが好きなのか。ヴェルメリオ様との婚約が白紙となったら、ルーチェはどうするのか。もしも二人が想い合っているとしても、シグニの婚約者は私。二人が結ばれることはありません。二人の仲を引き裂く悪女。本当に、ペルクシム男爵令嬢の言う通りです。
「大丈夫? 何か悩みとかあるなら」
「本当に大丈夫です」
ルーチェに被せるように、そう言ってしまいます。失礼だと分かっています。分かっていますが、仕方ないと、自分に言い訳をします。だって、だって。シグニの婚約者は私なのに。ルーチェはヴェルメリオ様の婚約者なのに。なんで、なんで……。
「……ごめんね。起きたばっかりなのに。何かあったら呼んでね」
結局、ルーチェに気を遣わせてしまいました。部屋には少し気まずくなってしまった私と、スヤスヤと無防備に眠るシグニだけ。シグニの方を見ると、とても気持ちよさそうに寝ています。さっきまではあんなにも嬉しかったはずなのに、何故でしょうか。今ではこんなにも、憎らしい。
「……シグニは、私のものなのに」
そう口にしてから、自分でも何を言っているのだと分からなくなります。私のもの? シグニは婚約者ですが、誰のものでもありません。それなのに、そんなことを言うなんて、何を考えているんですか……。私には、シグニの自由を縛る権利も、シグニを引き留められる力も、何もないというの。
「……どうしちゃったんでしょうか。私は」
シグニをまるで所有物のように言ったりなんてして。それに、何故でしょうか。言葉が出てきて、違和感がないんです。それが当たり前だと言うかのように。そんなこと、あり得るはずがないのに。
それなのに、もしもシグニを自分だけのものにできたらと考えてしまう自分がいます。ダメだと分かっているのに、また手放すのかと囁いてくる。またとはどういうことなのでしょうか。私は何かを忘れている? いやでも、そんなはずありません。だって、シグニとルーチェとの記憶は全てはっきり覚えているんです。覚えて、いるはずなんです。
ふと脳裏を過ぎる男の子。シグニにとても似ている男の子。見た目も仕草も、シグニとそっくりです。でも、雰囲気が違います。シグニは誰にでも優しくて平等ですが、この男の子は周りの子にとても冷たいです。あぁ、でも……。
「シグニがこの子みたいに、私以外どうでもよくなれば」
そうすれば、少しはこの胸のざわつきも、少しは落ち着くのでしょうか。
一日遅れですが、明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします。




