第三十五話:とあるハンターの視点(ロッソの場合)
瘴気の魔物と戦うハンターの話を書きました。
瘴気の魔物が世界に蔓延し始めてから数年、人々は
恐怖と共存しながらも、少しずつ「日常」というものを
取り戻しつつあった。その中心にいたのは、
瘴気の魔物を狩って生活の糧とする者たち
“ハンター”と呼ばれる人々だ。
ミドガル王国の南部、比較的瘴気の影響が薄い地域にある
サリアの街も、そんなハンターたちが集う拠点の
ひとつであった。
街の中央に構えるハンターギルドの掲示板には、
日々討伐依頼が貼り出され、朝になると剣や魔法を
携えた者たちが、戦場へと旅立っていく。
この街で活動する一つの中堅ハンター達がいた。
その名も『ブレイブファング』。
ブレイブファングのリーダーロッソは、背に大きな
両手剣を背負った、筋骨隆々とした青年だ。
感情を表に出すのは少なく無骨だが、
仲間からの信頼は厚い。
魔法使いのアンは冷静沈着で、戦場では炎や氷を
駆使した高位魔法でロッソの剣と連携を取る。
斥候のロアは俊敏な体と抜群の索敵能力を持ち、
危険を察知する役割を担っていた。
僧侶のミリーは神官としての素養を持ち、
光魔法による簡易浄化もできる希少な支援役だ。
そして最後の一人、盾を構えるタンク役のザックは、
重厚な鎧と巨大な盾を構え、敵の攻撃を一手に
引き受ける要。
彼ら五人は、ハンターとしての下積みを、
瘴気が薄い辺境の森や谷で過ごしてきた。
最初は小型の瘴気獣を相手にし、命を繋ぐ日々だった。
次第に瘴気の濃い地域へと足を延ばすようになり、
数ヶ月前には拠点を《フォルセ平原》に移した
ばかりだった。ここは闇の領域に近く、
強力な魔物も出現するが、その分、
素材の価値も跳ね上がる。
ある夜、焚き火を囲んで食事を取っていたロッソたちは、
討伐依頼を終えた後の束の間の休息を楽しんでいた。
「……そろそろ、次の段階に進んでもいい頃だな」
ロッソが口を開いた。
「大物狙うってこと?」とロアが片眉を上げる。
「それって……あの“黒紋獣”クラスとか?」
アンが冷静に反応しながらも眉をひそめる。
「現実的な範囲で、な」
ロッソは火に枝をくべながら答える。
「瘴気の魔物に囲まれた時、アンとロアの連携が
なければ俺は死んでた。ミリーの浄化がなきゃ、
ザックも動けなくなってたろう」
「ふん、あのくらいの傷、根性でどうにかしてたさ」
とザックが笑う。
「でも本当に……いけるかもしれないね」
ミリーは穏やかに頷いた。
「私たち、あのとき全員、生きて帰ってこられた。
瘴気の後遺症も、もう残ってないし」
ロッソはうなずく。
「それに……ハンターとして“名”を上げる時が来た。
闇の領域に近づけば近づくほど、希少な魔物が現れる。
危険は増すが、その分、得られるものも大きい」
皆が沈黙する中、ロアが火の明かり越しに言った。
「……いいんじゃない? そろそろ俺たちも、
“誰かの背中”を追うだけじゃなくてさ、
見られる側になってもいいだろ」
その言葉に、静かな焚き火の音が重なる。
誰も否定しなかった。
次なる目標は、瘴気の濃度がさらに高い地域、
闇の領域の中間地帯《カゲリの裂谷》。そこには、
巨大な瘴気魔獣が現れるという未確認情報があった。
ギルドに報告された生還者はまだいない。
だが、名を上げるなら今しかない。
それがロッソたち五人の出した結論だった。
こうして、ロッソ率いるブレイブファングは
闇の領域に近い《カゲリの裂谷》に足を踏み入れた時、
ロッソたちはすぐに後悔しかけていた。
大地には瘴気が満ち、木々はねじれ、空気は澱み、
生き物の気配すら感じられない。まるで世界そのものが
死にかけているかのようだった。
「……空気が重すぎる」
ロアが顔をしかめて呟いた。
「これ、普通の人間なら半日で倒れるぞ」
「ミリー、光の結界を張れ」
ロッソが言うと、ミリーは頷いて、
白金色の魔法陣を広げた。淡い光が五人を包み、
ほんの少しだが瘴気の圧力が和らぐ。
「……効いてるけど、長くはもたない」
ミリーは額に汗をにじませながら答えた。
「ここに長居はできないよ」
それでも、ロッソたちは進んだ。
彼らの目的は、裂谷の奥に現れたという
“瘴気に染まりし鬼獣”別名《黒牙の主》
と呼ばれる強大な魔物の討伐だった。
討伐報酬は破格であり、何よりこの魔物の素材には
瘴気耐性の強化に関わる特殊な因子が含まれていると
噂されていた。
谷の奥に進むにつれ、周囲の瘴気がさらに
濃くなっていく。突如、アンが制止の合図を出した。
「来る……!」
地響きと共に、裂けた地面の奥からそれは現れた。
全身を漆黒の装甲で覆い、巨大な牙を備えた四足獣。
その姿は狼にも似ていたが、その眼光は知性を宿し、
怒りと憎悪の塊のように震えていた。
「こいつが……《黒牙の主》か」
ロッソが剣を構える。
「魔力の流れが滅茶苦茶。魔法で崩すのは難しいかも」
アンが睨みながら構えた。
「斥候の役目は……後方からの援護に切り替える」
ロアは素早く距離を取り、周囲に視線を走らせる。
「逃げ場は……ないな」
敵は一瞬の隙も与えず、地を蹴って突進してきた。
ザックが即座に前に出て盾で受け止めるが、
衝撃で体が数メートルも吹き飛ばされ、岩に激突した。
「ザック!!」
ミリーが叫ぶも、すぐに回復魔法の詠唱を開始。
ザックは痛みに耐えながら立ち上がる。
「こいつ、正面から受け止めるのは無理だ……!」
ザックが吐き捨てるように叫んだ。
「分かった。ロア、側面から攪乱しろ。アン、
魔法で足止めできるか?」
ロッソが叫ぶ。
「やってみる!」
アンは詠唱を高速で終え、
地面を凍らせて動きを鈍らせた。
一瞬、黒牙の主の動きが止まった。その隙を逃さず、
ロアが背後から複数の小型爆裂弾を投げ込み、
爆音が響く。
「今だ、ロッソ!」
ロアの声に反応し、ロッソが全力で駆けた。
巨大な両手剣を肩に担ぎ、一気に敵の腹部に渾身の
一撃を叩き込む。黒い血が飛び散るが、
獣はまだ倒れない。反撃の尾がロッソに迫る。
「光よ、浄めよ──!」ミリーの詠唱が終わり、
聖光の矢が黒牙の主の頭部を貫いた。
瘴気の咆哮をあげ、獣が一瞬ひるんだ。
その隙にロアが足を切り裂き、アンが火球で追撃する。
ザックも立ち直り、正面から再び獣の注意を引きつけた。
「今度は、受け止めるだけじゃない……!」
ザックの盾に光の魔力が宿り、瘴気を弾いた。
長い戦いの末、ついに黒牙の主が膝をつき、倒れ伏した。
息を荒げながらロッソは剣を突き立て、
動かなくなったその巨体を見つめる。
「……倒した、のか」ロッソが呟いた。
「うん……倒したよ」
ミリーが笑顔を見せたが、
その顔には疲労と緊張の色が濃かった。
ロアは爆弾の残りを数えながら、
「……ギリギリだったな」
と肩をすくめた。
アンは無言で頷き、マントで汗を拭った。
彼らの戦いは、ただの金のためではなかった。
強くなることで、瘴気の被害を受けて苦しむ
人々を助けることができる。
ミリーの浄化魔法があれば、魔物になりかけた人々を
元に戻せる可能性もある。
その一歩を、彼らは今日、確かに踏み出した。
ロッソは仲間たちを見渡し、言った。
「コイツよりも……もっと強い魔物が
まだまだいるんだろうな……」
誰も否定しなかった。
だがその表情は、恐れよりも、
確かな決意に満ちていた。
こうしてロッソたちは、無事に《黒牙の主》を討伐し、
《カゲリの裂谷》を後にした。
彼らの名はこの日を境にギルド中に知られることとなり
“黒き牙を砕きし者”という異名と共に、名を上げていく。
次回は別のハンターの話になります。




