第二話:自然を創る
自然を創るって難しい!
ほんの小さな芽が、大地の裂け目から顔を出した。
まるで星自身が、ゆっくりと息を吸い込んだかのように、
その瞬間、沈黙していた空間に“変化”の気配が満ちていく。
星が、生きようとしている。
乾いて荒れていた大地に、確かな潤いが宿っている。
「……できた……」
呟きながら、彼の胸には複雑な感情が渦巻いていた。
嬉しさ、驚き、そして……不安。
「このまま……この星が、ちゃんと生きてくれるなら……」
だが、ほんの数時間後、芽は枯れてしまった。
何も与えなければ、命は続かない。
そんな当たり前のことを、この時のダイチは忘れていた。
水がない。
空気が流れていない。
光の巡りが足りない。
星は、生きるにはまだ不完全すぎた。
彼が創った星は、大地が広がり、空があり、時間が流れている。 まるで小さな“箱庭”のような星だった。
「……そうだ。育つには、環境が必要なんだ」
彼は再び立ち上がる。
まず水。大地を潤す、命の源。
頭の中で雨のイメージを膨らませる。 雲が生まれ、
冷やされて、水滴が集まり、落ちていく。
ぽつ。
一滴、また一滴。
星の空に、初めて雲がかかった。 滲むように、
滲むように、小さな雨が降り始める。
乾いた大地がじわりと色を変えていく。
その瞬間、彼の中で何かが繋がった。
「水は“流れ”がいる。ずっと溜めるんじゃない。
動かして、巡らせるんだ」
川を、海を、地下水を。 自然の循環を構築するため、
ダイチは何度も試した。 水が溜まりすぎて大地を
割ったり、逆に枯れてしまったり、
嵐が暴走したこともあった。
それでも、繰り返す。 少しずつ、調整しながら。
彼の中に、徐々に“自然の設計図”が育っていった。
次は空。
大気の層を何層にも分けてイメージする。
温度差による気流。 高い場所と低い場所での気圧の違い。
風が吹き、雲が流れ、光が差し込む。
最初の風は、彼の背中を撫でるように優しかった。
その柔らかさに、思わず目を細める。
「風って、あったかいんだな……」
彼の星に、風が吹いた。 草原はまだないが、
風は確かにそこにあった。 空を生み、
風が吹き、水が流れる。
そこからが、また長かった。
森を作ろうとして、根が地殻を突き破ったこともあった。
光を増やそうとして、星が過熱し、地表が焼けた。
それでも、彼はやめなかった。
失敗のたびに仮説を立て、再構築する。
「足りなかったのは“時間”かもしれない。
自然は、ゆっくり育つんだ」
彼は成長の速度そのものを調整することを覚えた。
一瞬で変わる世界ではなく、
じっくりと熟していく世界へ。
やがて、星の一角に草原が生まれ、他の地には湖が現れた。
雲が流れ、雨が降り、虹がかかる。 小さな生態系が、
ひとつずつ根を張り始める。
どれほどの時が過ぎたのか、
ダイチにはもうわからなかった。
虚無の空間に創られた星には、今や海が広がり、
山がそびえ、風が吹き、森が生い茂っている。
それは決して最初から整っていたわけではない。
むしろ失敗の連続だった。
海を作ろうとして星を割りそうになり、
風を強くしすぎて雲が暴走したこともある。
山が隆起しすぎてバランスを崩したことも、
森が過密になって星が酸素過多になったことも。
だが、そうした一つひとつの失敗が、
逆に星に“地形”を与えていった。 谷ができ、
丘が生まれ、川が走った。土壌の成分が少しずつ変化し、
岩石や鉱物、地下の水脈なども整えられていく。
その星は、今では自然の営みが絶え間なく巡る、
豊かな世界となっていた。
「……ここまで来たか」
星を両手で包むように抱えながら、ダイチは小さく呟いた。
安堵と同時に、ある種の達成感が胸を満たす。
だがその達成感は、すぐに不安へと形を変える。
雨の頻度、風の流れ、森の成長速度…… そのすべてを自分一人で調整しているのだ。 たった一度の判断ミスで、
山は崩れ、森は枯れ、海が干上がる。
彼は、星が発展すればするほど、それを維持する
手間と責任が膨れ上がることに気づいていた。
無意識のうちにその負担は心と体を蝕み、
わずかに集中を欠いただけで、
環境が狂う危うさを感じていた。
雨の調整、風のバランス、光の加減……すべてを一人で
管理するのはあまりに大変だった。 彼が集中を欠けば、
雨が降りすぎたり風が止まったりする。
そう考えるだけで、心が重たくなる。
「この自然……全部、俺が維持していくのか?
これじゃあ……いずれ手が回らなくなる。
やっぱり、誰かに任せたいな……自然を守り、
調整してくれる存在」
そう思った瞬間、ダイチの脳裏にある言葉が浮かんだ。
精霊
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
自然を管理し、見守ってくれる存在。
風を読み、大地と語り、水と共に生きる者たち
「そうだ……次は、“この世界を守る存在”を創ろう」
その瞬間、彼の目に、新たな光が宿った。
次の創造のテーマが、はっきりと形を持ちはじめたのだ。
ダイチは静かに星を見つめながら、未来を思い描いた。
この小さな星に、意志ある存在が宿る日を。
そして、彼はゆっくりと歩き出した。
次なる創造の旅路へ。
次回自然を管理する者たちの登場です。