【第九話】
さて、どうしたものか。涼香は春日部さんに僕を取られたくないって言ってたし。でもそれは幼馴染としての僕、とも言ってたし。現時点でハッキリと僕のことが好きと言ってくれているのは碧ちゃんだけのような気がする。春日部さんは事務所の関係でそういう関係にはなれない、涼香は幼馴染という関係を超えない、碧ちゃんだけが僕との関係をハッキリさせて来ている。
「うーん……」
僕は図書室のカウンターの中で唸っていた。涼香も誘ったんだけど、今日は用事があるとかで図書委員のお仕事は休み。代わりにヒヨコのマスコット人形を託された。
「木下先輩は今日一人なんですか?」
図書室に入ってきた碧ちゃんと目があって、碧ちゃんは一直線に僕のところへやって来て聞いてくる。
「一人と半分、かな」
「なんです?半分って」
「これ」
そう言って僕はヒヨコのマスコット人形を見せた。
「あ、これって樫野宮先輩の……」
「らしいな。なにに使われているのか知らんけど、大事なものらしい。なので半分」
「ずるいですね……。まるで私がここに来るって知っていたみたい」
「まぁ、誰でも予想はするよね。でもゴメン。まだ答えは返せそうにない」
「ってことは春日部先輩の事情を知った、って所ですか?」
「事情?」
「あれ?それじゃ無かったんですか?てっきり春日部先輩のアレについて知ってるものかと」
アレ。例の声優業のことを指しているのか、別のものを指しているのか。確認しようにもこちらからネタ出しする事は出来ない。
「そのアレって言うのがなんなのか分からないけど、少なくとも現時点で春日部さんが僕のことを好き、という情報は得てないよ」
「あれ?そうなんですか?」
このやりとりが発生するってことは声優業のことを指しているわけではなさそうだ。だとしたら何を指しているのか。逆に気になる。
「碧ちゃんは春日部さんのこと、何か調べたの?」
「そりゃ恋のライバルですから。調べました。結果、今年に入ってから五人から告白を受けていることが判明してます」
「そのウチの一人が僕ってワケか。しかし、そんなのどうやって調べたの」
「その辺は企業秘密です。情報源を公開するなんてルール違反ですし」
「それもそうか。しかし、僕以外に四人も居たのかぁ。なんかやっぱり雲の上の人って感じだ」
僕は椅子に座ったまま天を仰いでそう言った。
「だから、春日部先輩は木下先輩のことが好きなんですって。天井人じゃないですよ」
「そう、それ。その情報がどこから来てるのか謎」
「本人に聞いてみるのが一番手っ取り早いと思いますよ?」
「この前フラれたのに?自分をフった相手に僕のこと好きなんですか?って聞くの?どんなメンタルの持ち主だよ……」
「じゃあ、私が聞きましょうか?お駄賃は先輩、ということで」
「いやいやいや。思わず乗りそうになったじゃないの」
「あ、ダメでしたか」
「ところで、碧ちゃんは今まで彼氏とかいたことないの?」
「気になります?」
「一応」
碧ちゃんは背が低いけども出るところは出ていて可愛いいしモテる気がする。主にオタクに。そういう気質があるに違いない。
「あ、今変なこと考えましたでしょ」
胸のことを考えたから目線がそっちに行ってしまったのがバレたようだ。こういう時は弁明するより正直に答えた方が……。
「気になります?カップ」
先制攻撃を受けてしまった。そして誘導されている。気にならない訳がないじゃないか。
「一応、僕も高校生だからな?」
「好奇心旺盛、と。えっち。でも先輩だから教えちゃいます。恥ずかしいのでこっちに来てもらえませんか?」
そう言われてカウンターから顔を出して耳を差し出してしまった。これが男の性なのか。
「えっとですね……」
僕は予想を立てつつ答えを待った。が、帰って来たのは予想外のものだった。
「どうでした?」
「どうって……」
「私の感想はジョリジョリしてました。もっとしっかり頬っぺたも髭剃りした方がいいですよ。それじゃ、私はこれで!」
そう言い残して碧ちゃんは小走りで去っていった。取り残された僕はキスをされた右頬を押さえてカウンターから動けずにいた。
『きーちゃん、もう寝た?』
『まだ起きてるけど。何かあった?』
『告白された』
はい?なんて?告白?
『誰に?』
なんて返すか迷った挙句に打ち込んだ言葉はこれ。
『クラスの同級生。名前は伏せる』
正直、涼香が誰かに告白されるという考えは一切なかった。クラスでは僕と付き合ってるなんて噂が立ってるくらいだ。そこに割って入るヤツなんていないと勝手に思っていた。
『なんて答えたの?』
この文字を入力して送信ボタンをタップすればいいだけなのに、それが出来ない。もしオーケーと返していたら僕はどうする?涼香が他の人に?
『なんて答えたのか気にならないの?』
先に涼香に聞かれてしまった。僕は入力した文字を消して、今の気持ちをそのまま返信した。
『気になる』
この言葉を送信しただけなのに心臓が高鳴る。生唾が出てくる。手に汗が滲む。そして五分くらいが経過しただろうか。スマホが震えてメッセージが浮かび上がる。
『断った』
その言葉を見て詰まった息が一気に流れ出た。
『そうか』
『でも、私がきーちゃんにフラれたら付き合ってって答えた』
え?
『だから、きーちゃんは私をどうしたいのか教えて?』
『それは涼香が僕のことが……』
と、そこまで打ち込んで入力内容を全部消した。相手に僕のこと好きなの?なんて聞くのはマナー違反だ。大事なのは自分がどう思っているか、だ。
『ちょっと考えさせてくれ』
『わかった。待ってる。それじゃ、今日はもう寝るね?また明日』
『おやすみ』
その夜。僕はなかなか寝れなかった。春日部さんの仕事のこととか、碧ちゃんからのキスとか、さっきの涼香からのメッセージとか。春日部さんを選んで、もう一度フラれたら碧ちゃんはどうするのだろうか。僕のことを好きと言ってくれるのだろうか。でもそうしたら涼香はどこかの誰かと……
「欲張るなよ」
樫野宮から言われた一言が僕の脳裏を泳ぎ回る。