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【第八話】

「今日は春日部さんに状況説明をするんだぞ」

 朝ご飯を食べながら涼香に話しかけるも、情報番組に出ている樫野宮に食いついて生返事しか帰って来ない。

「おい、聞いてるのか?」

「うん、聞いてる。佳奈に私たちが付き合ってるって報告するんでしょ?」

「いや、お前やっぱり聞いてないだろ……」

「なに?きーちゃんと涼香ちゃん、やっと付き合う事になったの?」

 母さんが話に割り込んできた。僕はこれ幸いにと凉香にこう言った。

「母さんが樫野宮に僕と涼香が付き合ってるって言っても良いのか?」

 なんで僕はこんな風に言わなければならないのか分からないけど。そうするとゆっくりと朝ご飯を食べていた涼香が僕の方を見てため息というか鼻から息を吐いた。そして食べていたものを飲み込んで頭を掻きながら僕に聞いてくる。

「きーちゃんはさ、私と健吾くんが付き合ってもなにも感じないの?」

 僕は母さんをチラッと見てから観念したように答えた。

「そりゃ……、なんか引っかかるものはあるよ。ぽっと出の人間に取られるって言うのは流石に。でも涼香の恋愛に口出しするほど僕は……」

「そう、それ。私にとっては佳奈がそれなの。私ときーちゃんの間に入ってきて、きーちゃんを持って行く、みたいな」

「いや、フラれたでしょそれ。それともまだ挽回のチャンスがあるとか?」

「ある。今日、佳奈に私たちは付き合ってるって言えば多分チャンスは生まれると思う」

「なんでそうなるんだ……」

 

 涼香は情報番組で樫野宮の出番が終わったところでテレビを消して席を立った。そして洗面所に行ったので歯磨きかなと思っていたら母さんに話しかけられた。

「あのね、きーちゃん。ちょっと聞いておきたいことがあるんだけど、さっき名前が出てた春日部さんって子、春日部佳奈って子だったりするの?」

「いや、そうだけど……。なんで?」

「有名なのよ。私の子供もフラれたとかとかで」

 そんな自分が誰かにフラれたとか親に話すものなのか?まぁ、母親同士の話にそう言う話題が出て来てもおかしくないのは分かる。他人のゴシップは楽しいからな。

 そんな話をしていたら洗面所から涼香が出て来たので、入れ替わりで僕が洗面所に入っていった。

 

『きーちゃん大好き』

 

「何だよこれ」

 洗面所の湯気で曇ったガラスに指筆でそう書かれてあった。この大好きはラブなのかライクなのか。この手のコトバは昔から聞いてるから本心がよく分からない。かと言って。この年齢になってからは初めてだけども。今朝の反応といい、涼香は本当に僕の事が好きなのかな……。だとしたら僕はどうすればよいのかな。真摯に考えてみたけども、涼香の「本気にした?」とおちょくってくる顔が先に浮かんで真剣に考えることが出来ない。

 

「きーちゃん、そろそろ出ないと遅刻するー」

 そう言われて歯磨き顔洗いを急いで済ませて玄関で待つ涼香のところへ向かう。

「読んだ?」

「ガラスのやつか。読んだぞ」

「それだけ?」

 涼香はそれ以上の答えを求めている。分かってる。分かってるんだけども今の関係を崩さない為にはなんと答えるのが最適なのかを考えると答えが見つからない。

「あ、木下先輩、おはようございます」

「ん?ああ。碧ちゃんか。おはよう」

 何気なく挨拶を返したら碧ちゃんはうつむいてしまって次のコトバが出て来ない様子。

「あ……」

 そうだ。碧ちゃんは昨日。僕に告白して来たんだった。今の挨拶も勇気がいる行動だったに違いない。

「そんなに緊張しないで碧ちゃん。返事は必ずするから」

「本当ですか?あのままお流れにならないですか?」

「ならないならない」

「それじゃ、今日はどうするんですか?」

 どうする。多分、春日部さんに僕と凉香の関係をハッキリさせる事を言ってるのだろう。

「それは……、涼香次第のところがあるんだが……」

「小泉先輩が春日部先輩に宣戦布告したらどうするんですか?」

「なんで宣戦布告になるのさ。僕は春日部さんにフラれてるんだよ?付き合ってもいないのに宣戦布告にはならないでしょ」

「うー……。もしかして気がついて無いんですか?」

「なにを?」

「あーもう。木下先輩って鈍いんですか?」

「だからなにをさ」

「春日部先輩、その……木下先輩のこと好き、なんだと思いますよ」

 衝撃の展開。なんでそうなるのか。春日部さんが僕の事を好き?なんで?なんでそうなるの?僕は素直に碧ちゃんにその理由を聞いてみようとしたんだけど……。

「木下君。おはよう」

「ん?あ?え?あ、はい。おはようございます」

 学校近くの角を曲がったところで春日部さんに出逢って向こうから挨拶をしてきたものだからビックリしてしまった。そして、今し方、碧ちゃんに言われたことが頭に浮かんでカチコチになってしまった。

「どうしたの?」

「あ、いや。何でもないです。それより涼香、例の件」

「あ。うん。佳奈、ちょっと話があるんだけど良いかな」

「構わないけどなに?」

「手紙の件なんですけど、私ときーちゃんは……」

 そこまで言って涼香は僕の方を見て、本当にいっても良いのか?という顔を見せてきた。こういうときの涼香は止めても無駄なので、僕は諦めの顔を帰した。

「私ときーちゃんは幼馴染みで……」

「幼馴染みで?」

「その……、なんでも話せる相手で……」

「相手で?」

 なんだ?ハッキリと付き合ってます、って言うのかと思ったのに。なんか歯切れが悪い。

「取られたくない、って感じかしら?」

 春日部さんが見透かしたように涼香に言葉を投げかけた。それを涼香は素直に受け取って小さく首を縦に振った。取られたくない。ん?ん?話の流れ的に春日部さんが僕の事を奪うって話になってるのか?僕は春日部さんと碧ちゃんを交互に見て目を白黒させてしまった。

「だから言ってるじゃないですか。春日部先輩は木下先輩のことが好きなんだって」

 

 僕は今朝のことで頭がいっぱいで授業なんてなにも耳に入ってこなかった。春日部さんが僕の事を好き。そんな事ってあるのか?憧れは恋ではない、じゃなかったのかな。昼休みになって涼香に相談しようとしたけど、今回の件については涼香も当事者だし相談相手としては不適格。そこで僕は客観的な意見を貰える可能性のある樫野宮に声を掛けた。

 

「なに?相談事って」

 僕は何人かに囲まれていた樫野宮に声を掛けて中庭まで来て貰った。女子からはなにすんのよ、みたいな視線が突き刺さったが。

「こんなことを樫野宮に相談するか迷ったんだけどさ。なんか客観的に答えてくれるような気がしたから」

「恋愛相談?」

「まぁ、そんなところかな。樫野宮は恋愛関係ってどうなの?」

「事務所に禁止されてるよ。それに、今の僕はそこまで手が回らないよ。誰かを好きになるって凄いパワーが必要なことだと思うから」

「そうか」

「それで?」

「ああ、実は涼香と春日部さんと碧ちゃんが僕の事を好きかもしれないらしくて……」

「自慢かい?というのは冗談。その人達だとしたら、碧ちゃんって子のことは分からないけど、小泉さんと春日部さんのことなら少しアドバイス出来るかも知れないね」

 樫野宮は購買で買ってきたあんパンとイチゴオレを両手に持って僕の方を見てきた。

「まずは小泉さん。彼女は僕にメッセージを送ってきた通り、気があるのかも知れない。でもそれは憧れの部類だと思う。だから、それに共感してくれる人が現れたら、その人の方になびくんじゃないかな。次に春日部さんなんだけど……。これは、うーん。うん。木下君には話しておいた方が良いかな」

 樫野宮はあんパンを一口食べてから続きを話し始めた。

「春日部さんってさ、僕と同じ事務所に所属してるんだよね」

「え?」

 寝耳に水とはこのことか。春日部さんが芸能事務所に?でも仕事をしているのを見たことがない。

「あ、事務所は同じだけど、部門が違うから。本人には自分で言ってくるまで知らないフリををした方がいいと思うけど、彼女、声優部門に居て、結構な売れっ子なんだよ。芸名は別だから学校の誰も気が付いていない様だけど」

「でもその事と、今回の相談事って何か関係があるの?」

「ああ、僕と同じ事務所って言ったでしょ?つまり……」

「あ、恋愛禁止……」

「そ。だから本心では木下君のことが好きでも、それを表に出すことはないと思う。そりゃ、仕事を捨てるまで好きだったら分からないけど。なんにしても三人から好意を寄せされてるなら早めに解決させた方がいいと思うよ。そういう台本、この前ラジオドラマの収録であったんだけどね、主人公、この場合は木下君がその立場かな。ハッキリさせないからどんどん泥沼に陥ってしまってね。最終的にはなにも手に入らない。というか、全員アンハッピーエンド」

「そのラジオドラマ、面白いのか?」

「いや、誰とも結ばれないけど、みんな元の関係に戻るってオチ。でもこれって誰も得してない、というより主人公が優柔不断ってだけで誰も幸せになってないだろ?僕はそれは違うと思うんだよね。誰かが自分を好きって言ってくれるって事は凄く嬉しい事だし、幸運だと思うんだ」

「その仕事してたら好きってファンレター山ほど貰ってるんじゃないのか?」

「貰ってるよ。だから僕は凄く嬉しいし、様々な媒体を通してその子と出逢ったのは幸運だと思ってる。でも無責任な事はできないし、彼女達にとって僕は偶像だからね。本当の僕を知らない」

「なんか春日部さんと同じ事を言うんだな」

 あまりに同じ事を言うものだからちょっと可笑しくなってしまった。芸能人というのはファンからの好意をそう思っているものなのだろうか。だとしたら春日部さんにとっての自分はファンの一人、ということなのだろうか。樫野宮はそこまで言ってから、最後にこう言ってその場を去って行った。

「欲張るなよ」

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