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【第六話】

 生徒会長と別れて僕は自宅に戻る事にした。そして、さっき聞いたことの事実関係を杏香に確認したいけれど……。違和感のない聞き方。でもそれを僕が知ってどうすると言うのか。考えが纏まらない。そうこうしているうちに自宅前までやって来てしまった。ここはなるようにしかならんな。そう思って玄関ドアを開けた。

 

「あ。おかえりー」

「ああ、杏香、まだ居たのか」

「待ってたからねー」

「何か用事か?」

 杏香はソファに座って首を後ろに回していたけども、僕が詮索を始めたらテーブルの方を向いて話し始めた。

「私ね、本当はお母さんと圭介のお父さんが結婚するの、反対なんだ」

 それはなんとなく感じていた。最初、紹介された時と本屋での雰囲気。どことなくぎこちない感じがした。そして僕はまどろっこしいことをやめて単刀直入に聞いてみた。

「僕と家族になりたくないってやつ?」

「はは。自意識過剰〜。でも。当たらずとも遠からずって感じかな。私が圭介と家族になったら、圭介は純香と付き合うでしょ?」

「なんでそうなるんだ」

「なんでって。純香は圭介のこと好きでしょ?あとは圭介がどう考えるかだけで。棚ぼたじゃん」

「棚ぼたって……」

「世の中には彼女を作りたくても作れない人たちが沢山いるんだよ?自分のことを好きって言ってくれる人の存在は大事にしなくちゃ」

 最初は冗談っぽく言っていたけども、後半は冷静に気持ちのこもった言葉に感じた。

「正直なところ分からないんだよ。僕と純香は幼馴染みたいな感じだろ?恋愛対象として見るには何か決め手に欠くというか。なんて言ったら良いのかな」

「私も圭介の幼馴染だよ。でも私には恋愛感情、ないでしょ?」

 純香に対しての恋愛感情。思い起こすと幼いときに感じたものは純香にではなく杏香に対してだったような気がする。僕の事に対して応えてくれるのは、いつも杏香だった。だから杏香に対しては恋愛感情というより特別な何かだったような気がする。だから僕はこう答えた。

「特別な存在、かなぁ」

「トクベツ?それって恋愛感情じゃないの?」

「どうなんだろう。今までのブランクもあったからかも知れないけど、今の杏香への感情は何か分からないけども人とは違うものを感じてる」

 容姿が変わったのもあるかも知れない。でもそれだけではない何か。

「じゃあさ。これは提案なんだけど、両親が結婚するまでの間、恋人になってよ」

「なんだそれ」

「だってもう三ヶ月ないし。一度彼氏って作ってみたいと思ってたし」

「なんかお試しみたいだな」

「実際そうだし。変な人に捕まって逃げられなくなったら困るし。その点、圭介なら身元がしっかりしているし、期限も正確に定まってる。お試しにピッタリじゃない」

 理に適っているというかなんというか。僕は自分自身に感じていた杏香への特別感がなんなのか知りたくて、三ヶ月という期間を区切って恋人になる、いや違うな。一番近い存在になる事にした。

「うんうん。いいよそれで。一番一番。純香は二番」

「おいおい」

 上機嫌で杏香がそんな事を言うので、僕は純香に何て言えばいいのか、と考える事になってしまった。

 

 そして、その翌週。

「圭介って私のバイト先の東堂くんって知ってる?」 

 例のことだろう。そう思って僕は受け答える。

「僕の高校の生徒会長だろ?一応知ってるかな」

「そうなんだ。向こうは圭介のこと知ってたけども。それでね?なんか私、来週から生徒会の顧問になる事になっちゃった」

「何だよ顧問って。何するの?」

「うーん。なんか決め事の相談役?みたいな感じって言ってたけども。まぁ、相談事なら乗ってもいいと思うし」

「ってか、何で誘われたの?」

 学校側の誘いだって東堂は言っていたけども。そもそも何で学校が杏香を指名するのか。卒業生というのならまだ分かる。でも全くの他校の生徒だったのだ。

「うーん。実を言うとね?校長先生、バイト先の店長のお父さんなのよ。それで誰かいないかってなったらしくて」

「それで杏香を紹介したと。何で断らなかったの?」

「だって顧問とか格好いいじゃない?生徒会を牛耳る!みたいな」

 なるほど生徒会長が気にするわけだ。仮に書記の派閥に取り込まれたら自分の政策が通らなくなることも容易に考えられる。別に東堂のことを味方するつもりはないんだけど、純香と杏香が姉妹だと調べるくらいだ。それに杏香の高校時代の素行も調べているようだった。何か悪い噂でも流されたら、と思うと仕方がない、と思えてくる。

「ねぇ、圭介」

 腰に手を当てて胸を張っていた杏香が両手をスッと下ろして僕のことを冷静な声で呼んできた。

「三ヶ月って短いじゃない?だからこれから遊びに行こうよ」

「遊びにって。もう十六時だよ?」

 いくら九月で日が長いとはいえ、高校生が遊びに出掛けるには少し遅い。

「なんで。部活やってたらこの時間からスタートだっておかしくないでしょ?それとも門限あるの?」

 正直、門限はない。父さんは帰ってくるのは遅いし、自由にしていても問題はない。でもそれはそれ、これはこれ。

「健全な時間に帰るのなら」

「そう。それじゃ早速出かけましょう?」

 そう言われて駅前に向かったので、駅ビルで買い物でもするのかと思ったけど、杏香はロータリーを横切ってタクシー乗り場に歩いて行った。

「タクシー?」

「そ。タクシー」

「どこまで行くの?」

「行き先は運転手に言うから」

「いや、そうだけど」

 そう言って駐車していたタクシーの窓をノックした。開かれるドア。タクシーの中はクーラーが効いていて九月の残暑を薄めてくれた。

「武蔵関公園まで」

 吉祥寺から武蔵関公園まで。というより池のある公園なら歩いていける井の頭公園があるだろうに。

 

 そして東伏見の駅前でタクシーを降りて、スケートリンク場の脇の坂道を下って公園に入って行った。

「なんで武蔵関公園なの?」

「覚えてないの?」

「あ、あー……」

 思い出した。迷子になったんだ。僕と杏香、それに純香の三人で公園に来て。純香のお父さんも一緒にいたのだが、僕だけ迷子になってしまって。トイレに勝手に行ったことで、出て来たら誰もいなかったという。

「なんだ?迷子の話か?」

「そう。見つけたのは私だったでしょ?あれってなんでか分かる?」

「まさかテレパシーとか言わないだろうな」

 実際、幼い子供が迷子の子供を見つけるなんて普通の行動では考えにくいけど、テレパシーなんてもっと非現実的だ。でも杏香のことだから……。

「そんなわけないじゃない。単純に目が良かったからよ。池の対岸から圭介が居るのが見えたから」

 ひどく現実的な答えが帰ってきた。でも今の杏香はメガネをかけている。視力が悪くなったのだろうか。

「あ、今なんでメガネ?って思ったでしょ。これ伊達メガネ。今でも視力は良いわよ。だから離れて何かしてもバレるからね。で、このメガネどう?」

 正直、似合ってる。どちらかといえば自分の好みな感じだ。でもそれを正面切って言うのはなんかむず痒い。そんな僕のことを見て杏香は少しお辞儀をしながら僕のことを見上げてきた。

「んー。似合ってない?私的にはいい感じだと思うんだけどなぁ」

「その……」

「似合ってるなら似合ってるって言ってくれればいいのに」

「いや、なんか恥ずかしいだろ」

「そう?昔は私の服を見て可愛いって言ってくれたのに」

「そうだっけか?」

「そうだよ。だから圭介に会う時はいつも洋服一生懸命選んでた。だから嬉しかったなー。今日だって選んできたんだから。どう?」

 そう言ってオフショルダーのデコルテあたりをくいくいっと引っ張ってみせた。

「あ。見えるとか思ったでしょ」

「思ってないし」

「嘘だぁ。だって見てたし」

「あー、もう。見てた。これでいい?」

「ふむ。じゃあ、ついで。こっちは?」

 なんて言いながらスカートをつまみ上げてきた。と言っても膝下の長さだからちょっとつまみ上げても膝頭が見える程度だ。なんて思っていたら。

「ちょ、ちょっと!」

「なぁに?」

 引っ張り上げ過ぎだ。僕は決して見えるはずのないものが見える可能性を考えてしまった。

「冗談よ。痴女じゃないし。でも少しドキドキしたでしょ?」

「まったく……。でもそのスカートも似合ってるよ」

 というのが不意打ちだったのかスカートの裾を掴んだまま目を逸らしながら小さな声で「ありがと」と帰ってくるのが聞こえた。

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