【第五話】
ピンポーン
涼香の家に到着してインターホンを鳴らしたが誰も出ない。
「おかしいな。家に居るんじゃないのかよ。ふむ……もしかしたら……」
僕は少し考えてから駅前のコーヒーショップに足を向けた。何かあった時にはいつもそこに居るからだ。
「あ」
コーヒーショップに入ると案内に出て来たのは、さっき図書室で声をかけてきた女の子だった。
「あ、悠木さん」
「え?」
そう言って名札を確認して僕の方をもう一度見てきた。
「あ、いきなり名前を呼んでごめん。さっき図書室で……」
「いえ、大丈夫です。少しだけびっくりしただけですので。それじゃ、お席にご案内しますね」
「あ、いや、あそこにいる子の連れだから大丈夫です」
やはり涼香はここにいた。いつものカウンター席に突っ伏して座っている。
「涼香。どうしたんだよ。なんか変だぞ?」
そう言うと突っ伏したまま顔だけ横に向けて返事を返してきた。
「知ってたんでしょ」
「あ、いや、昨日な。一応。って言ったじゃんそれ」
「そうじゃなくて。あの紙を渡す時にはもう知ってたんでしょ」
「それはまだ知らない時だな」
「本当に?」
「いや。本当だが。それがどうかしたのか?」
「メッセージ、送っちゃった」
「樫野宮にか?」
「うん……絶対に変なやつって思われてる」
「なんで?どんなメッセージ送ったんだよ」
そう言うと涼香は自分のスマホを差し出してきた。そしてそこに書かれたメッセージはこう書いてあった
『いきなりすみません。木下藤吉郎ってご存知ですか?その人からこの連絡先を貰ったんですが……。私、健吾くんのファンなんです。もしよかったらメッセージ返信頂けると嬉しいです』
「うん。まぁ、そのなんだ。いきなりの展開だな。僕も登場してるし」
「だってきーちゃんのことなら知ってると思って……」
「そうかもな。職員室で会った時は久しぶり、とか言われたし。ってか、このメッセージを送ったからってなんで逃げてるんだ?」
僕はそう言って涼香の隣に座った。
「あ、マスター、いつものカフェオレ」
僕は注文を入れてから突っ伏したままこちらを見ている涼香の顔を見る。
「だって。恥ずかしいし」
「なんでそうなるんだよ。連絡先をいち早く手に入れたんだぞ?ライバル達よりも一歩リードじゃないか」
「それ!それなのよ!なんか気があるって思われてたらどうしよう」
「ん?気がないのか?」
「そう言うわけじゃないんだけど……。なんか違うの!」
まぁ、言わんとしてる事は解らんではない。樫野宮健吾という存在はアイドルの文字通り偶像なんだろう。その偶像が自分の目の前に顕現したら誰だって戸惑うものだろう。
「まぁ、向こうは何か話があるようだったし、明日はちゃんと話を聞けよ。それとこれ。大事なものなんじゃないのか?」
そう言ってヒヨコのマスコットを涼香の顔の前に置いた。
「きーちゃんはさ。私がもし、もしだよ?健吾くんのお気に入りになったらどうする?」
「お気に入り?友人としてか?」
「うん。まぁ、そんな感じ」
「そうだなぁ。お気に入りの内容によるかもなぁ。マスコット的な扱いされてるのを見たら怒るかもしれない」
「怒ってくれるんだ」
「そりゃあ……一応の幼馴染だしさ。そんな扱いを受けてるのを見たら一言言いたくもなる」
「一応、なんだ」
「なんだよ」
「別にー。ふむ。ふむふむ」
そう言いながら顔を起こしてヒヨコのマスコット人形を手にとってなにか納得したような声を出した。何となく言わんとすることは分かるけど、僕は特に突っ込むこともなくそれを見ていた。そして涼香に確認をする。
「明日はちゃんと話を聞くんだぞ」
「分かった。恥ずかしいけども話、聞く。それと、ありがとうね」
「まぁな」
ありがとう。ここまで来て話を聞いてくれて、と言う意味だろう。
その日、家に帰ってから今日のことを考えてみて、涼香の言葉を思い返す。
「お気に入り、かぁ」
樫野宮健吾。今までの感じだと差し当たって変な感じはしないけど、というより無味無臭、という感じまでした。一言で言うと人間味がない。味付けがし易いだろうし役者としては良いのかも知れないけど、実生活はどうなんだろうか。そんなことを考えると少し不安になってきた。
『涼香、起きてるか』
『起きてる。なに?』
『ちょっと話、しないか』
『いいけど』
メッセージを送ってから僕はメッセージアプリの通話ボタンをタップした。
「すまんな」
「べつにいいけど。どうかした?」
「なんか声が聞きたくなってな」
「え。なに、なに?恋人みたいなこと言い出して」
「いや、少し不安になったんだよ」
「私が健吾くんに取られるかもって思ったの?」
まぁ、そうなんだけども、少し違う。取られるというより、僕から遠ざかる、と言った方が良いかも知れない。
「あまり遠くに行くなよ」
「そんなデートにいきなり誘われるとかないでしょ」
「まあ、そうだな」
「それだけ?」
「だから声が聞きたくなっただけだって。深い意味はないよ」
「そう?じゃあ、折角だから私からも。きーちゃんは昔、私が言ったことって覚えてる?」
「昔?どのくらい昔だ?」
「うーん。それを言ったら正解を見つけられるから内緒」
「なんだ?見つけて欲しくないのか?」
「うーん。半々。思いついたら教えて。それじゃ、今日は寝るね?」
「ああ。おやすみ」
「おやすみ」
そう言って通話が切れて僕はまた部屋で一人になってしまった。昔言ったこと。恐らくは、だけどこの前母さんが言ってた「お嫁さんになる」ってことなのかなぁ。本当は涼香、止めて欲しかったのかなぁ。いや、流石にそれはないか。そう呟いて布団に潜り込んだ。