【第四話】
「えー、今日は転校生を紹介するー。一番後ろの席が増えてるから気がついてるかも知れんがー」
クラスが少しザワつく。転校生。なんかドラマの一場面のようだ。転校生なんてシュチュエーション、なかなかお目にかかれる物ではないからな。しかし、皆んなにはサプライズかも知れないけど、僕は事前情報を持ってるのでびっくりすることはないのが残念だ。
「よし。入れー」
ガラガラっとドアが開いた途端に女子達が歓声を上げた。僕は涼香を見たけども、涼香はなんの反応も示さない。もっとキャーキャー言うと思ったのに。そして樫野宮は教壇に立って自己紹介を始めた。皆んなもう知っているだろうけど。
「皆さん、はじめまして。樫野宮健吾と申します。知ってる人も多いとは思いますが、本名で活動しております。みなさんとは仲良くして行きたいと思いますので、よろしくお願い致します」
なんの捻りもない挨拶だな。もうちょっと何かあったも良いと思うんだが……。と思っていた時だった。
「それで、小泉涼香さん。昨日の件ですが後でちょっとお話がありますのでよろしくお願いします」
クラスが一層ざわめく。涼香のやつ、何をしたんだ?昨日の様子だと転校生でやってくるなんて情報は渡してないんだが。
僕は少し疑問に思いながら、自分の横を通り過ぎる樫野宮を見たら何か含みを持たせた表情を僕に向けてから席についた。
そしてホームルームが終わった途端に樫野宮は当然の如く皆んなに囲まれて質問攻めを受けている。涼香はまだ自分の席に座ったまま何の反応もしていない。しきりにスマホを確認しているようだ。
「涼香、どうしたんだ?待望の樫野宮健吾だぞ」
「そうなんだけど……そうなんだけど……!」
やはりさっきの一言があるからか、涼香の目が泳いでいる。これは何か隠してる時の反応だ。
「涼香、何か隠し事してるだろ」
「別にしてないよ?っていうか、待望のってなによ。知ってたの?」
「一応な。昨日机を運ぶように言われたって言ったろ?その時職員室で」
「じゃあ、あの紙を私に手渡した時にはまだ知らなかったってこと?」
「そうなるな。なんかあるのか?」
涼香は周りに誰もいないのを確認するように辺りを見回してから僕に耳打ちしてきた。
「メッセージ送っちゃったのよ!でも返事がないから相手にされてないのかなって」
母さんに渡された連絡先がホンモノかどうか分からないけど、さっきの樫野宮の反応を鑑みるにメッセージは本当に届いたのだろう。話というのは多分その件だろう。
放課後になっても樫野宮は質問攻めにあっている。他のクラスの人間も混じっている。まぁ、これが有名人の力か。それに人としての完成度も高いように見える。同じスタートラインに立っていたハズなんだがなぁ。
「あの、木下くん。例の……」
「ああ。涼香か?多分今日も図書室に居るぞ。一緒に行くか?」
「お願いしても良いかな。と言うわけで皆んなすまない。ちょっと用事があるから続きは明日……は仕事だから明後日でも良いかな?」
そう言って樫野宮は席を立って教室出入り口に立っていた僕のところにやって来た。周りの人から「知り合いなの?」とか声をかけられたけども、対応するのが大変そうなので特に返事をする事なく手ですまん、とサインを送ってから樫野宮と図書室に向かった。
「なんか凄いことになったな、やっぱり」
「なんか新鮮だよ。こういうの。僕のいた高校は有名人が多かったから」
「どうだ?有名人扱いされる気分は」
「うーん。悪くはないんだけど、もう少し普通に接して貰いたいかな。あと、その有名人って言うのはあまり好きじゃないから……」
「ああ、すまん」
やはりあまり好まない呼び方のようだ。この辺は奥ゆかしいと言うか何というか。そして階段を登って図書室の入り口までやってきた。
「あ、ちょっと待ってて。いきなりだと大変そうだから、僕が先に声をかけておくから」
「了解」
そして僕は図書室の扉を引いてカウンターにいる涼香の元へ歩いて行った。僕が来るのを見て涼香は明らかに反応している。樫野宮が来たのが分かったのだろう。
「きーちゃん、ちょっとトイレ!」
「え。お、おう」
そう言って涼香は僕の横をすり抜けて樫野宮が居る出入り口とは別の扉を引いて廊下に飛び出して行ってしまった。
「何なんだアイツ。樫野宮、カウンターのところで待ってようか」
「うーん。戻ってこないんじゃないかなぁ」
そう言うけども、カウンターには例のヒヨコのマスコット人形が置かれたままだ。これを置きっぱなしで帰るとも思えない。と、しばらく待ってみたけども、本当に戻って来ない。
「あれ。カバンも置きっぱなしだ。ホントどこに行ったんだ」
「メッセージ、送ってみたら?」
樫野宮がそう言うので何気ない気持ちで涼香にメッセージを送った。
『涼香、図書室には戻ってくるのか?』
いつもは即レスが来るんだが、今回は五分程の時間があった。
『まだ健吾くんいるの?それならカバンとヒヨちんを私の家まで持って来て欲しいんだけど。頼める?』
なんだ?もう家に帰ったって言うのか?せっかくの機会なのに。僕がそう思っていたらスマホの画面を樫野宮が覗き込んできてこう言った。
「仕方ないかもね。カバン、持って帰ってあげて。僕も帰るから」
「え?樫野宮は何か知ってるの?アイツ、何かあったのか?」
「それは涼香ちゃんに直接聞いてくれた方が良いかな。それじゃ、僕はこれで」
そう言って樫野宮は図書室のドアを引いて外に歩いて行ってしまった。
「あの、本、借りたいんですけど……」
「あ、すみません。すぐに」
カウンターに本を借りにきた女の子がいたので急ぎ対応する。
「あの、さっきの樫野宮健吾さんですよね?お知り合いなんですか?」
「あー……知り合いというか、今日転校してきたんですよ」
「そうなんですか。それとちょっと聞いて良いですか?」
「なんですか?」
「春日部先輩とはどのような関係なんですか?」
「ナンノカンケイモナイデスヨ」
思わず変な声になってしまった。なんでこの子が知ってるのか。っていうか、フラれた相手です、とは言い難い。というよりもこの子は一体。
「そうなんですか。わかりました。本、ありがとうございます。それじゃ」
そう言って図書室を小走りで出て行った。制服のリボンの色的に後輩の一年生だろう。そして僕は貸出カードを見て名前を確認した。そこには綺麗な文字で「悠木碧」と書いてあった。