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【第二十九話】

 それから半年が過ぎた。

「木下先輩、まだしょげてるんですか?」

 コーヒーショップのカウンター、いつもの席で突っ伏していたら碧ちゃんにそう言われて顔を上げることなく、横を向いて返事をする。

「別にしょげてる訳じゃないんだけど、流石になんの連絡もないのはどうなのかと思ってさ」

「それをしょげてるって言うんですよ。この前も言いましたけど、私でよければいつでも良いですよ」

 そう。先月に碧ちゃんから再び告白されたのだ。でも涼香との関係がハッキリしていない今、その気持ちに応えることは出来なくて。

「木下先輩。このまま小泉先輩と連絡が取れなかったらどうするんですか?」

「どうするかな」

「一生独身でいるんですか?」

「また飛躍した話になったな」

「だって。このままだと本当にそうなりそうですもん」

 正直なところ、自分でもそれは考えた。いつか涼香は帰ってくる、そう信じて年月を積み上げるような気がする。

「碧ちゃんはさ。仮に僕と付き合ったとして涼香が帰ってきたら僕の気持ちがそっちに行くとしても付き合いたいって思うの?」

「そうですね。付き合ってる期間でどうにかしたいと思います」

「自信あるのかい?」

「どうでしょう?木下先輩の気持ち次第じゃないですか?」

「なんで他人事なんだよ」

「だって私だけでどうにかなるものではないじゃないですか。なんにしてもとりあえずでいいですから付き合ってください」

「そう簡単なものじゃないんで」

「ケチ」

 最近は碧ちゃんとこんなやりとりばかりしている。そのことを春日部さんも聞いていて、諦めて碧ちゃんと付き合いばいいのに、とまで言われている。当の春日部さんは樫野宮とよろしくやってるみたいでなんか変な気分だ。

 

 そしてさらに半年が経過して受験シーズンがやってきた。スイスの大学も考えたんだけど、流石に現実的じゃないし涼香は日本にいつか帰ってくると信じて僕は日本の大学を受験した訳だが……。

 

「木下先輩、試験どうだったんですか?」

「この顔を見てどう思ったんだ」

「微妙、だったみたいですね……。志望校、厳しそうなんですか?」

「微妙」

 結果は第一志望は滑ったが、第二志望に引っ掛かってなんとか浪人はしなくて済んだわけで。碧ちゃんには同じ大学に入り易くなったなんて言われたけども。

 

 卒業式くらいには何か連絡があるだろうと期待していたけども結局それも連絡はなく。大学に入って初めての夏休みになったので、スイスにでも行ってみるかと思って旅費を調べたら、航空券だけで今までのバイト代が消える感じなってしまって向こうでの宿泊費なんてとても出ない状況だった。

「なあ。母さん、涼香がスイスのどこに行ったのか聞いてないの?」

「聞いてるわよ。だからアルザス地方だって」

「具体的な連絡先は?手紙の一つでも送ってやろうかと思って」

「そう言うのはいいからって詳しくは教えてくれなかったかな。あ、でもお母さんから一度今までのお礼って連絡は貰ったわよ」

 涼香は完全に僕との距離を取るということか。あの日、彼氏になってよって言ってきたのは何だったのか。僕は涼香の母親の電話番号だけ母さんから聞いて自室に戻ってから電話を掛けてみた。しかし、呼び出し音はなるものの何度かトライしたけども繋がることはなかった。

 

「なあ、碧ちゃん。このまま涼香と連絡取れなかったらどうしたい?」

「チャンスですかねぇ。木下先輩の傷心につけ込むことが出来ます」

「ハッキリ言うな。でも傷心というのは本当かも知れないな。どうしたい?」

「ですからこの前にも言ったと思いますけど、付き合ってください」

「諦めないんだな」

「そんなに簡単に諦められたら恋じゃないと思いますよ」

「それもそうだな。それじゃあ、来年までに涼香と連絡が取れなかったら付き合うか」

「一年も先なんですか?」

「碧ちゃんも大学に入ってくるタイミングだし。それまでに帰って来なければ流石に僕も諦めるよ」

「言質取りましたからね。絶対ですよ」

「分かったよ」

 僕はいつまでも引きずる訳にもいかないと思って自分で区切りを付けることにした。涼香は本当のこのまま消えてしまうのか。連絡の一つくらいはしてくれても良いのに。

 

「ねー、木下先輩ー。まだ考えてるんですかー?」

 あれから更に一年が経過して碧ちゃんが大学に入学してきた。宣言通り僕と同じ大学に。

「ここはもう年貢の納め時なのかもな」

「なんか私が無理矢理付き合わせてるみたいじゃないですか。期限を決めたのは先輩なんですからね」

「それもそうだな」

 僕は最後に涼香の母親に一度電話をしてから碧ちゃんに返事をしようと思ってスマホを取り出した。

「まだ電話するんですか?出ないんですよね?いっそのこと非通知でかけたら出るんじゃないですか?」

「僕だと分かって出てくれるかどうかが大事なんだよ」

「そう言うものですかねぇ。私としては今回も繋がらないことを願ってます」

 碧ちゃんにそんなことを言われながらも発信音を聞いていると、なんと繋がった。

「あの!もしもし?聞こえますか?」

「ええ。木下君ね」

「はい!その……。涼香は……」

「その件なんだけど、残念だけど本人からはノーコメントでってずっと言われてるのよ。ごめんなさいね。でも私が出たのは少しこちらからも用事があってのことなのよ」

「用事って何ですか?」

「あなたの本当の父親について」

「僕のですか。今更聞いてもどうにもならないんじゃ……」

「あなたもよく知ってる人だから」

「え?」

 僕もよく知っている。その言葉を聞いて少し心が動揺した。想像しうる年代の大人は二人しか知らない。コーヒーショップのマスター、それに梓川社長。

「もしかして行きつけのコーヒーショップのマスターですか?」

 梓川社長はあまりにも現実味がなかったので、こちらを選択したんだけど、予想は的中だった。

「今回のこの話をするってマスターには話してあるんですか?」

「話してないわ。だからこちらから話す事はしないで欲しいの。だって気持ち悪いでしょ?本当の父親が誰なのか分からないなんて」

 まぁ、それはそうだが。でも梓川社長でなくて良かったと思っている自分がいた。

「木下先輩、電話終わりました?」

 一応、碧ちゃんには席を外して貰っていたので、通話の声が終わったのを察してか僕の部屋に碧ちゃんが入ってきた。

「終わったよ。結局、涼香の居場所は分からなかったけどね。これ以上碧ちゃんを待たせるのも失礼だと思うし、付き合うよ」

「何か仕方がない、みたいな言い方なのが気になりますけど、それでもいいですよ。じゃ!これで晴れて私は木下先輩の彼女と言うことで!」

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