【第二十二話】
「いよいよだな」
「ああ」
僕たちは僕の家に集まってドラマの初回放送をみんなで見ることになった。依子ちゃんが来ているのでセットで碧ちゃんも来ている。あんなことがあったけども、僕にはいつも通りに接してくれているので、僕も同じように振る舞った。
「そういえば、悠木さんと木下君はその後どうなったんだい?」
しまった。樫野宮には何も話してなかった。どうしたものかという感じで碧ちゃんを見たら、碧ちゃんはハッキリした声で
「私の方からお断りしました」
とバッサリ。
「ということです」
「あれ?そうなんだ」
しかし、碧ちゃんの目の奥では違う感情があるような気がしてなんともいえない気持ちになった。もし、恋愛禁止なのに付き合ってしまったら僕に迷惑がかかる、と考えていたら。そんなことを考えてしまって自分はなんてずるいのだろう、と思ってため息を吐いてしまった。
そうこうしているうちにオープニングが流れて樫野宮がテレビ画面に映り込む。実際にその当人がここにいるのが未だに信じられない。この後、自分が出てくるなんて更に信じられない。
「今日、佳奈も呼べば良かったのに」
放送が終わってみんなでゼリーやらアイスを食べていたら涼香が不意に話しかけてきた。
「なんで?」
「だって格好いいところ見せられるじゃん」
「って言っても僕の出番はもっと先の話だろ?」
「あ、そうか」
なんて言っていたけども、この時の涼香は別の感情があったに違いない。
ドラマの放送が始まってからは学校で樫野宮以外に僕も囲まれることになってしまった。主に何で僕が出演してるのか、とか、演技が微妙、とか。プロじゃないしな。でも涼香に話しかける時はいつものように自然に出来ていたと思うんだよな。まぁ、なんにせよ同じクラスでドラマの出演者が三人もいるんだ。これは驚きの結果ですよ。マスコミもそれを話題しているので、他のクラスのみならず他校の生徒も校門外で待っていたり。僕たちはバラバラに帰っていると囲まれてしまうので、碧ちゃんも含めた四人で帰ることが多かった。
「木下君、これ」
朝、僕が席に着くと春日部さんが席にやってきて、また手紙を渡してきた。今回のは手紙というよりもノートの切れ端だったのですぐに目を通した。
『今日の放課後、木下君がよく行ってるお店で』
なるほど。多分だけど碧ちゃんがいるのが判っての判断だろう。どのような話なのかは何となく想像がつくけれど……。
「あ、木下先輩。どうしたんです?」
「あ、人と待ち合わせしててな。ってか、どうした、って知ってたの?」
「あ、はい。春日部先輩ですよね?私、バイトに入ってなかったんですけど、今日は入ってくれないか、って。何ですかね?監視してて欲しいとかですかね?」
やはりそういうことか。
「うーん。多分なんでかは分かるような気がするけど、それは春日部さんから聞いた方がいいと思う」
そんな話をしながらカウンター席に座ったところで春日部さんが店に入ってきた。
「木下先輩、テーブル席じゃなくても良いんですか?」
「いや、隣に座ってくれる方が助かる」
正直な話、面と向かって話をするのが怖いというか恥ずかしいというか。隣に座っていれば顔を見合わせながら話す必要はなくなる。
「来てくれてありがとう。あと、悠木さんも」
「あ、いえ。私は別に構わないんですけど……。私、居た方が良いんですか?」
「そうね。いわば証人みたいなものだから」
やはりそうか。この後に話題に上がることは周知の事実にしたいのだろう。
「春日部さん。今日の話って……」
「まずは注文。悠木さん、ホットココアいいかしら」
「はい。それで証人ってことは話を聞いていた方が良いんですか?でもそれならバイトに入らない方が良かったんじゃないですか?」
「いや、偶然を装って欲しい、ってことじゃないかな。違う?春日部さん」
「そうね。出来れば噂も流してもらえると助かるわね」
「噂ですか?」
やはりそういう話なのか。僕はそれで本当に良いのか判断に迷うところがあったけども、今回の件でダメージを受けるのは春日部さんのような気がする。
「そう。噂。以前、樫野宮君と小泉さんが付き合ってるんじゃないか、って噂が流れたことあったじゃない?」
「あー……あれですか」
「そう。アレと同じような感じにして欲しいの」
「でもいいんですか?事務所的に」
「私は顔は出てないから」
「あれ?そうなんですか?春日部さんは誓約書みたいなの書かされてないんですか?」
「書かされているわよ。でもバレなければみたいな感じのことを梓川社長から言われてて」
「バレなければ良いのに、噂、流すんですか?」
公然の事実とすることで春日部佳奈としては僕と付き合ってるけども、声の仕事の方では目立たないようにする。と言うことか。
「そもそもなんだけど。確認しても良いかしら?」
「え?はい。なんでしょうか」
「木下君は私のこと好き?」
「えっと……」
即答できなかった。その言葉を聞いた碧ちゃんの顔を見てしまったからだ。明らかに動揺していた。
「どうなの?」
「いや、好きなんですけど……」
「それはどっちの私?今の私?なりたい私?」
碧ちゃんは不思議な顔をしていたが、これは以前中庭で聞いたことなのだろう。孤高の振る舞いをしている春日部さんと、柔和な感じになりたいと言っていた春日部さん。僕はどちらが好きなのか。正直なところ、涼香と樫野宮の一件があってから自分の心がよく分からなくなっていた。
「やっぱり即答できないのね。ねぇ、悠木さん。さっきの話なんだけど、よろしくお願いできるかしら?」
「え?木下先輩の答えを聞かなくても良いんですか?」
春日部さんは僕のことを一瞥した後に「別に良いのよ」と言ってからお代を置いて店を出て行ってしまった。
「あの。木下先輩。私、今どんな顔をしてますか?」
「ん……」
正直見ることができない。
「木下先輩は春日部先輩のことが好きなんですよね?」
僕が答えに詰まっていたら碧ちゃんは質問を続けてきた。
「私、どうしたら良いんですか?」
やはりそう言うことなのか。と判ってしまって更に言葉に詰まってしまった。
「碧ちゃん、今日はもう上がるかい?」
マスターがそう言った後に背後にいた碧ちゃんはカウンターの奥に入って行くのが見えた。
「木下君。難しい判断をすることになるけど、悪いことは言わない。ここははっきりさせるべきだよ」
分かっている。分かっているからこそ難しいのだ。碧ちゃんはやはり僕の立場を気にして身を引いた、と考えるのが正解だろう。そこで、僕が他の人と付き合ってるという噂を立てて欲しいなんていうお願い事を受けるのだろうか。これは事実上の春日部さんからの踏み絵だ。
「明日までにはきっちり答えを考えておきます」
僕はそう言ってお店を出た。




