【第二十話】
「そんな!」
僕はテーブルに手を突いて勢いよく立ち上がったものだから椅子が倒れてしまった。
「ですから……。それで私たちは、この件について取材をしているのです。と言っても木下さんは初めて知ること、ということで取材は終わってしまったのですが」
「それはわかりましたけど……。さっきのことは本当なのですか⁉︎僕と涼香が兄妹だなんて!」
「それはそうなるでしょう。鏑木先生の一人娘が涼香さん。でもこの写真に写っているのは木下さんだ」
「そんな。ただのオーディション参加の写真じゃないですか。僕の母親が忙しくて涼香の母親が代わりに来てくれた可能性だって……」
「そこは裏が取れているんですよ。この時に参加したのは実際の親御さんということがね。当時のオーディションの記録が残っているんですよ。それで、ここからが相談事項なんですがね?今回のこの事、涼香さんに伝えても良いでしょうか?」
「それは待って欲しい、ですかね。涼香がそれを知ったら……」
正直このことを涼香が知ったら、涼香は納得して身を引くだろう。でもそれと同時に僕の前から消えてしまうような気がした。
「しかし、私たちは週刊誌の記者です。話題のドラマ出演者の実生活というのはセンセーショナルで記事になるんです。しかし、過去のように関係者に話すことなくスッパ抜き記事というのは時代遅れだと私達は考えています」
「だとしたら、例の樫野宮と涼香のニュースは……」
「はい。梓川社長に相談した上での事です。脚本家のカレンさんにも」
「そう……ですか」
僕たちは手のひらで転がされていたということか。僕は倒れた椅子を戻して崩れるように椅子に座った。そして記者達に半ば魂を抜かれたような感情のままに今回の記事の内容を聞いてみた。
「そうです……か。このことは鏑木先生も知っているんですか?」
「そこはまだ未相談です。ですが、鏑木先生は通常表に出て来られない方です。そこで提案なのですが。例の木下さんの本当の母親は鏑木先生ということは他言無用とする代わりに、涼香さんのお母様にインタビューをしたい、というような感じでセッティングをお願いすることは出来ませんでしょうか?」
「そこで根掘り葉掘り聞くんですか?」
「いえ。単純に人気ドラマに抜擢された女優の母親に取材、という感じです」
芸能界の記者達だ。言うことは信じられないような気がしたけども、握られている情報が情報だけに従う他にないだろう。僕は了承を伝えて記者達には帰ってもらった。
「木下先輩、さっきの人たち、なんなんですか?」
「雑誌の記者」
「先輩も人気ドラマに出演ってことで取材を受けていたんですか?」
「まぁ、そんなところだ」
記者達と入れ替えに碧ちゃんがバイトにやってきてそんなことを聞いてくる。
「そうですか。木下先輩、そんなので週末に私とデートなんて大丈夫なんですか?」
「放送は来週の月曜日だし、大丈夫じゃないのか」
「そうですか?それじゃ約束通りにしますね」
僕は碧ちゃんがカウンターの奥に入って行ったのを見届けて店を出た。そして一人公演のベンチに腰を下ろしてさっきの事を思い返す。
「僕と涼香が兄妹、かぁ。でも学年が同じってどう言うことだ?双子だったのか?」
「その話、詳しく」
「うわ!」
「ああ、ビックリさせてしまったね。で、その話、詳しく聞かせてもらえるかい?」
樫野宮が後ろからいきなり声をかけてきたものだからビックリしてしまった。それにつぶやいた内容を聞かれてしまったようだ。
「木下君と小泉さんが兄妹、ってことかな?」
樫野宮は僕の隣に座って聞いてくる。この問いに答えるべきかどうか。でも仮に答えなかった場合、樫野宮が涼香に同じことを聞きかねない。口止めをしようものなら認めるようなものだし。僕が頭の中で考えていると樫野宮が更に聞いてくる。
「実はその話、業界でも出て来ていてね」
「え?」
「木下君と小泉さんが幼馴染というのは知れ渡っているんだけど、恋人にも見えないし実は兄妹なんじゃないか、って。でもその様子だと当たらずとも遠からず、ということかな?」
「ふー……。樫野宮、相談に乗ってくれるか?」
「もちろん」
「なるほどなぁ」
この業界をよく知る樫野宮なら口も硬いと判断。それに第三者への相談相手も欲しかったところだ。よくよく考えたら渡りに船だったかも知れない。
「それで、木下君は小泉さんにはこのことは内緒にしておいたほうが良い、と判断したんだね?」
「今のところは」
「今のところは、ということは先々話す機会があれば、という感じかな?」
「そうだな。現状の涼香は僕のことを頼りっきりだ。その辺が自立するようになってからでも良いかなって。そういうのは手始めに彼氏を作るところからだと思うんだが、樫野宮はどうなんだ?演技にしても一度了承したんだろ?それにドラマで共演もしたし」
「そうだな……。でも良いのかい?」
「何が?」
樫野宮は正面を向いてから芯のある声でこう言った。
「彼女、小泉さんは君のことが好きだと思うよ」
分かっていた。これは分かっていたことだ。でも第三者からはっきりと言われると、その事実がより強いものになって僕の上にのし掛かる。
「そうなんだが……」
「お?自信あり、という感じかな?」
「僕が今の涼香に告白したとしたら断られないと思う。これは自信というより確信、かな」
「随分だな」
「樫野宮の方はどうなんだ?依子ちゃんから何か言われてるだろ?」
「地獄耳だな」
「そうでもないさ」
「悠木さんから聞いたのかい?」
「いや。完全な勘だな」
「ふ……カマカケか。そうだな。この前言われた。でも事務所内での恋愛は禁止だし、そもそも中学生と高校生っていうのは何かとやばい」
「なるほどな。仮に何かあるなら碧ちゃんに話は通すから」
「何かあればね。で?その悠木さんと木下君はどんな関係になったんだい?」
「そっちも地獄耳だな」
「こっちは依子ちゃんから聞いた」
「そうか。今週末に返答することになってる」
そう。今週末だ。今週末までに答えを出さなければならない。仮に僕が碧ちゃんからの告白を断ったら、今の精神状態の涼香は僕を頼ってくるだろう。いや、告白を受けても頼ってくるか。なんにしても結論は出さないと。
「おっと。こんな時間だ。僕は仕事があるから先に行くよ。なんにしても欲張るなよ」
そう言い残して樫野宮は去っていった。
「欲張るな、かぁ」




