【第十四話】
図書館を後にして三人で下校、それぞれバラバラになって一人歩きながら考える。
「事務所の反応かぁ」
仮に噂に火がついたとして。事務所はどう判断するのか。その過程で僕や涼香の存在を知ってしまったら。
「こればっかりは当の本人たちじゃないと分からないか」
「何が分からないんだい?」
「うわ!」
「あ、ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだけど。事務所がどうのって言ってたから」
「あ、ああ。今、学校で変な噂が流れててさ。なんか春日部さんと樫野宮が付き合ってるって話なんだけど。耳に入ってる?」
「いや。初耳かな。みんな知ってるの?」
「まだそこまでの広がりはないみたいだけど、そんな話をしている下級生を僕も見た」
「僕が春日部さんとねぇ……。それは確かに事務所の反応が気になるね。認めたら二人とも職を失う事になるからね」
僕たちは歩きながら結構ピーキーな話をしていた。こんな話、他の誰かに聞かれたらマズイだろうに。そう思って僕は話題を別のものに変更した。
「そういえば、この後、涼香のところに行くか?僕は行こうかと思ってるんだけど」
「この時間でも失礼にならないのかい?親御さんは……」
僕は簡単に涼香の状況について説明した。そうしたら、樫野宮は僕が行くなら一緒に行くと言ってきた。
「コンビニで何か買っていくか」
コンビニの前に差し掛かったのでそう言って店の中に入ったら、思いもよらぬ人がそこに居た。
「あれ。涼香?」
「あ!きーちゃん!」
「なんだ、もう大丈夫なのか?ってか、その格好は?」
見事に外行の格好。風邪を引いて家から買い物に出てきた格好ではない。そう。まるで今まで外にいたような。
「うん。結構具合が良くなったから午後からちょっと出掛けてた。なんかサボってるって感じでドキドキしちゃった」
「なんだよ。今からお見舞いに行こうかと思ってたのに。っと。そうだ。これ」
僕はヒヨコのマスコット人形を涼香に返そうとしたら少し寂しそうな顔をして僕の手を押し戻した。
「それ、きーちゃんが持ってて。私にはちょっと荷が重たいや」
「?」
なんだ?大事にしていたものなのに。
「あ、それ……」
樫野宮がそのヒヨコのマスコットを見て口にした。やはりこのマスコット人形は樫野宮関連だったか。
「これは樫野宮とどういう関係のものなんだ?」
「ん。いや。僕が昔にゲームセンターでゲットしたってライブで言ったことがあって。それでファンの中で手に入れている人もいるって聞いてたやつでさ。持っていてくれたんだ」
「涼香、そんなものをなんで僕に?」
「うーん。その話は私の家に帰ってからでいい?来る予定だったんでしょ?」
僕たちはコンビニで飲み物を買ってから涼香の部屋に入って行った。
「なんか、あの健吾君が私の部屋にいるなんて信じられない」
「だろうな。サインもらうだけで心の準備が必要じゃなかったのか?」
「そうなんだけども……。なんか今はそんな感じじゃないというかなんというか」
特別ではなくなってしまったのだろうか。涼香は昔から手に入れたあとは無頓着みたいなところがあったけども、まさか樫野宮に対しても同じなんじゃ……。なんて思ってしまったけどもどうやら事情が違うようだ。
「私ね。健吾君と同じ事務所にお世話になることになった」
「そうか。って、はい⁉︎なんで?どうなったらそうなるの⁉︎」
「これはきーちゃんにも言ってなかったんだけど……。っていうか、言っても馬鹿にされると思ったから。オーディション、受けてみたの」
「もしかして、同じ事務所に入れば樫野宮に会えるとかそういう動機か?」
「まぁ、そんなところ。でもそのオーディション、本当に受かっちゃったの。今日はその件でその……仮病?」
「でも小泉さん、そんな事したら僕との関係は……」
「うん。難しくなっちゃった。誓約書みたいなの書かされたし。でも健吾君も書いてるんでしょ?あれ」
「そうだけど」
「じゃあ、最初から無理だったんじゃん」
なるほど。これで状況が違う、と。最初から自分と付き合うつもりなんてなかったと。涼香の方を見ると目が笑っていない。涼香がここまで感情を表に出すのは珍しいことだ。僕には分かっていたけども、いつも一歩自分が引いて済むことはそうしてきた。でも今回は違う。まるで樫野宮を真正面から責めているような。
「それは……。それは少し違う」
「何が?」
「僕が小泉さんの申し出を受けたのは……受けたのはこの業界から足を洗おうかと思っていた……」
「じゃあなんであのドラマのオーディションを受けたの?」
涼香が樫野宮が話し終わるより前に言葉を被せた。なぜそこまで気持ちを荒げるんだ?と思った事は次の涼香の言葉で理解した。
「あのドラマのオーディションも事前に誓約書があったでしょう?事務所の契約とは別に。なのに私と付き合うとか有り得ないでしょ?」
「涼香、ちょっと落ち着こうか」
「私は落ち着いてる」
言葉は落ち着いているけども、気持ちが落ち着いていない。涼香本人はそんなことも把握出来ない程に気持ちが荒ぶっているようだ。
「なんとか言ったらどうなの」
おおよそ、ドラマの誓約書にも交際についてとか、契約期間についてとか諸々書かれていたのだろう。それに涼香もサインしたのだろうか。だとしたらどんな気持ちで……。でもこれで例の噂は涼香が震源である可能性が高いと証明してしまった。自分と付き合うつもりもないのに気を持たせるような態度を取った樫野宮を陥れようとした。そう考えたら合点がいってしまう。春日部さんも道連れになるけども、それはそれで僕にメリットがあるからと考えた節がある。なんにしても、樫野宮がなんで涼香の申し出を受けるなんて態度を取ったのか確認する必要があるだろう。僕と涼香は樫野宮の言葉を待っていた。
「役作り、かな」
「やっぱり。あのドラマの脚本を受け取った時に思ったの。そうじゃないかって。でも私、そんなの最初は知らなくて……信じられないけど嬉しくてたまらなかった。でも健吾君が事務所辞めるのも辛くて……。そんなことを考えていた時にオーディションの最終試験にって台本もらって……。目を疑った。そのままの内容が書いてあった。私は……私はその役を演じざるを得なかった。いえ、感じたことをそのまま演技した。そうしたら合格しちゃった。つまり、健吾君の行動はパーフェクトだったってこと。私をそういう気持ちにさせたんだから」
話の内容が見えてきた。今回の一連のことが、そのドラマ脚本に書かれていたのだろう。なんらかの誓約があって付き合えないのに付き合うと相手を騙すような内容が。そして、その騙された相手、今回で言うと涼香の立場に立った役は復讐のために嘘の噂を流した。そういうことなのだろうか。でもあの涼香がそんなことをするのか?疑問は残る。
「涼香。それでその役、登板するって契約書を書いて来たのか?」
涼香は僕の方を見ずに頷いた。視線は樫野宮を捉えたままだ。
「分かった。僕もそのつもりで演じさせてもらう。それでいいのかい?」
軽き息を吐いた後に樫野宮はいやにカジュアルにそう答えた。こいつは涼香のことをどう思っているのか。単なる役作りのために傷つけたというのか?僕は気持ちが切れそうになって言葉が出る寸前になった時に涼香が笑い出した。
「ぷくくく……きーちゃん、怖い」
「なんで笑ってるんだよ。騙されたんだぞ。いいのか?」
幼馴染の気持ちを弄んだとなれば僕も黙っていられない。なのに当の本人がなんで笑っているんだ?
「だから、きーちゃん。はいこれ」
涼香は椅子に置いた鞄から分厚い綴じられた紙の束を出して僕に寄越して来た。
「ん?柏木君は敵わない?なにこれ」
「台本。きーちゃんなら口、硬いでしょ?読む?」
「小泉さん」
「大丈夫だから。きーちゃんなら。でもあれか。これを読んでしまったら今回のこと、種明かしになっちゃうのか。それにドラマの展開も分かっちゃう。やっぱりやめ。見せない」
「なんだよ。どっちなんだよ。でも今回の件はお互いに分かっててやったことなんだな?」
「そう。だからきーちゃんは怒らなくてもいいよ。ありがとうね、私のために本気になってくれて。見直した」
「そりゃ、涼香がそんな仕打ちをされたらさ」
「小泉さんは本当に木下君に愛されているんだな」
「な!愛されてるなんてそんなことは‼︎」
「なんで僕じゃなくて涼香が否定するんだよ」
「本当に息もぴったりじゃないか。正直、そう言う間柄、羨ましいよ」
「樫野宮はいないのか?そういうやつ。芸能界の同期とか……。って、あ……」
そうだ。その同期と争って今回の転校になったんだっけか。勝負の世界に身を置いているとそういうものなのかも知れないな。なんて思って黙ってしまった。
「木下君、そんなことないよ。僕にも腹を割って話せる相手くらい居るさ」
「え?そうなんです?でもこれからは私でも大丈夫ですよ」
「そうだな。そうさせて貰おうかな」
「なんか、話が丸く治ってるな。僕だけが踊らされたって事か。でもこれ、碧ちゃんにはどうやって説明したら良いんだ?」
「私からうまく説明しておく」
「頼んで良いかな」
「うん」
なんか、こっちの話もどうするのか二人の中では決まっているようだ。なんか蚊帳の外だなぁ。なんにしても、解決したってことか。僕は二人の会話を聞いて大丈夫だと判断して樫野宮を連れて涼香の家の外まで出てきた。
「樫野宮、涼香のこと、頼むな」
「だからそれは……」
「仕事のことだよ。涼香は芸能界って柄じゃないからな。なんかあった時には助けてやってくれ。しかし、あの涼香がなぁ」
「演技、完璧だったよ。なんたって幼馴染を欺いたくらいなんだから。自信持っても良いと思うよ。芸能界は実力主義だから。実力さえあればどこにだって行ける」
なんか僕の知っている涼香が遠くに行ってしまうような気がする。僕はそんなことを考えながら家路についた




