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【第十一話】

 その日の授業中は斜め後ろから涼香をずっと観察していた。すると何かを書いたり消したりしている。手紙だろうか。と肩肘を付いて考えていたら、数学の授業中に腕を伸ばして僕に紙切れを寄越してきた。僕はそれを受け取って中身を確認した。

『健吾くんに告白した。返事はまだない』

 知ってる。今朝聞いた。そして「嫌いじゃない」というのも聞いた。涼香はどの位の勝算を考えての告白なのか。無理だと分かっていても自分の気持ちに嘘はつけないから。そんな気持ちだったのだろうか。貰った紙を眺めながらそんなことを考えていたら、もう一枚、涼香が手渡してきた。

『ダメだったら慰めて』

 この言葉で僕は一気に焦りが出て来てしまった。樫野宮にフラれることを望んでしまったからだ。涼香のことを手放したくない。フラれればそれが叶う。そんな風に考えるのはイケないことだと思っていても考えてしまう。でもなんで涼香は僕の事を好きって言ったり樫野宮に告白したりしてるんだ?まさか、自分に止めて欲しい、みたいな?いや、それは自意識過剰というものだろう。涼香にとっても僕は保険のようなものなのかも知れない。

 

「なんか結果がよく分からないので集まって貰いました!」

 僕たちはそれぞれ碧ちゃんに呼ばれてカラオケボックスにやって来た。最初に部屋に入ったのは僕と碧ちゃん。二人きりでこんな密閉空間に、なんて思ったけども、それで何か分かるならと思っていたんだ。そしたら樫野宮がやって来て、涼香、春日部さんの順番で部屋に入ってきた。

「碧ちゃん、これは……」

「私、聞いてますよ。小泉先輩が樫野宮先輩に告白したこととか。それで、木下先輩と春日部先輩がこの後どうするのか、決めて貰おうかと思いましてこのような場を設けさせて頂きました。それではまずは……」

 僕に今その答えが出せるのだろうか?春日部さんはなんて答えるのだろうか?

「まずは春日部先輩からお願いします!」

「お願いもなにも。この前の木下くんからの告白の件よね?それなら……」

 事務所の意向で断る、だろうか。普通に考えたらそうなるよな。あくまで僕のそれは憧れだったのだから。

「お受けいたします」

 だよね。そうなるよね……って!今なんて⁉

「だ、そうですけど、木下先輩はどうするんですか?」

「え?や、ビックリしてる。今のって本当なんですか?」

「ええ。こういうのは自分に正直になった方がいいと思って」

 事務所の意向はどうなるのだろうか。内緒で付き合うのか?それとも退所まで考えているのか?どちらにせよある程度の覚悟を持って接するべきだ。僕はその言葉にこう答えた。

「僕のそれは憧れに近いかも知れません。それでも良いのなら……」

「構わないわ。それにあの時、私の心の中を話してるから。木下くんはそれを分かった上で今の答えを出してくれたんでしょ?だから……」

「そうか。それじゃ、僕は小泉さんの告白を受けようかな」

 樫野宮がそんなことを言い始めて、僕は心が動揺してるのが分かった。春日部さんという昔からの憧れの人が僕の彼女になろうとしている時に、涼香を誰かに奪われるのが嫌だなんて思うとは。

「涼香……」

「うん。ごめんねきーちゃん」

 なんで謝るんだよ。涼香が遠くに離れて行く様な感覚。もう今までの関係には戻れないという感覚。様々な思いが心の中を駆け抜けて行く。

「はい!なんかよく分かりませんが、私だけがフラれた、ということになりました!木下先輩、春日部先輩に愛想尽かされたら、その時はよろしくお願いします」

 そう言って碧ちゃんは気丈な態度を取っていたが、目頭が赤くなっているのを見てしまって心のどこかで「保険」という様なずる賢い気持ちがあるのが分かってしまって自分が嫌になってしまった。

 

「にしても恋人ってなにをするんだ?」

 自宅に戻って着替えている最中にそんなことを口にする。念願叶って春日部さんの彼氏になったのは良いけども、実際問題、なにをするのか。それに事務所の意向っていうやつはどうするつもりなのか。そもそも樫野宮と同じ事務所に属している事を春日部さんから直接聞いたわけでも無いし……。なんにしても恋人ムーヴは抑えた方が良いだろう。その晩は疲れていたのか晩ご飯を食べてからベッドに寝転がったらそのまま寝てしまった。

 

 ポコン

 

「ん?なんだ?」

 時計を見ると深夜三時。帰宅して着替えたジャージのままで寝ていて寝落ちしていたことを確認、そして画面が光っているスマホを手に取った。

 

『こんな時間にごめん。ちゃんと言おうと思ったんだけど、勇気がないからこっちで。私ね、きーちゃんのことは大好き。でもその大好きは恋愛対象……ではないと思ったの。でも離ればなれになるのは嫌で』

『ってなに言ってるんだろうね。でね?健吾くんに告白したって言うのは本当。しないと後悔すると思ったから。そんな私でもきーちゃんは今まで通りに接してくれる?』

 

 分割されて送られてきたメッセージ。恋愛対象ではない、今まで通り。そうだ。涼香とは今まで通りに接すれば良いんだ。なにも変わらないじゃないか。そして僕はメッセージを返信した。

 

『涼香のきーちゃんはこれからもきーちゃんだよ』

 

 そして、暫く待っていたけども、返事が返ってくることはなかった。

 

 翌朝。いつもよりも少し遅れて起きてリビングに間抜けな格好とボサボサの頭で入ったらそこには涼香が当たり前のようにダイニングテーブルに座って朝ごはんを食べていた。

「あ、きーちゃんおはよー。ってか、何その格好」

「昨日は疲れて寝落ちしてたんだよ。これからシャワー浴びるところだ」

「そっか。流石にあんなことがあったら疲れるよね。私も寝られなかったもん」

 だからあんな時間にメッセージが飛んできたのか。返事が来なかったのは涼香も寝落ちしていたということか、はたまた違う感情があっての事なのか。聞こうと思ったけども、沈黙も一つの答えだと思って僕はそのままバスルームに向かった。

 

「きーちゃんはさ。佳奈とこれからどうするの?」

 通学途中にそんなことを聞いてきた。

「涼香こそ樫野宮とどうするんだ?事務所の意向ってやつ、聞いてるんだろ?」

「それ。それなのよね。どうなるのか分からないのよ。まさか私のために仕事投げ出すなんて思わないし。どうするんだろう」

 僕も小泉さんの事務所問題あるし。とにかくその事務所の意向ってやつを確認しないことには僕も涼香も動けないんじゃないかって思う。

「あ!なんですか⁉︎もう浮気なんですか⁉︎」

 後ろから碧ちゃんに叫ばれたので周囲の目線が僕たちに集中した。僕は咄嗟に碧ちゃんの口を手で押さえて次の言葉を阻止した訳だけど。

「んー!んー!ぷはっ!木下先輩!付き合ってもいない女の子の顔を気軽に触っちゃダメなんですよ!」

「それは碧ちゃんが、あんな大きな声で叫ぶから……」

 周囲の目線はまだ僕たちに突き刺さっている。中には知っている顔もいる。ヒソヒソ話してる人達もいる。

「だって。おかしくないですか?昨日あんなことがあったのに、朝から仲良く登校とか。それがアリなら私とも一緒に登校して下さい」

「そんなの別にいいけど。とにかく、叫ぶのは禁止な。それに今朝は……」

 今朝は涼香の方が押しかけて来た、と言いそうになったところに樫野宮が信号の向かい側にいるのが見えたので言葉を飲み込んだ。

「今朝はなんです?あ!樫野宮先輩じゃないですか。良いんですか?こんな所を見られても」

「幼馴染が一緒に登校してて、それにヤキモチを妬くような人間に見えるか?あいつ」

「見えない、ですけど。でも心配はするんじゃないですか?」

 僕たちは交差点で樫野宮が信号を渡ってくるのを待っていた。それに樫野宮も気がついたのか、横断歩道の向こう側から手を振ってきた。それに涼香が応答した訳だけど……。追い続ける周囲の目線はその行為を目にして更に注目を浴びてしまっている。このまま信号を渡ってきて僕たちに合流したらどうなるのか。

「やあ、みんなおはよう。小泉さんもおはよう」

「あ、おはよう……」

 涼香は髪をクルクルさせながらうつむき加減で挨拶を返している。まだ現実を受け入れていないというような感じなのか、目線が僕の方にやって来た。

「樫野宮、これはな?」

「いいよいいよ。気にしてないから。小泉さんと木下君は幼馴染なんだろ?家も近いらしいし一緒に登校しててもなにも思わないよ」

 それを聞いて碧ちゃんは「えー」と小さく声を出したので僕は人差し指を自分の口に当てて碧ちゃんの次の言葉を制止した。多分だけど、なんらかをけしかけてくるような気がしたからだ。

 そのまま校舎に到着して碧ちゃんだけ別の階で分かれて、僕と樫野宮、涼香で教室に入ると春日部さんがこちらを見ているのが分かった。

「きーちゃん、向こうに行かなくてもいいの?」

「いや、行くけど」

「早く行きなさいよ」

「だから、行くけど」

 そう言って春日部さんの所に向かおうと涼香に背を向けて歩き出した時だった。

「ん?なんだ?」

 涼香が僕のシャツを摘んできたのだ。まるでそっちに行かないで、というようなタイミングで。

「小泉さん、もうちょっと時間あった方がいい?」

 それに気がついた樫野宮が涼香に話しかけている。こんなので憧れを棒に振ってどうするんだ。なんて思っていたら涼香はシャツを離して背中を叩いてきた。

「大丈夫。もう大丈夫だから」

「そう?それじゃ、僕たちは向こうに行こうか」

 樫野宮にそう言われて涼香は自分の席の方に歩いて行った。

「くっそ。涼香のやつ……」

 思わずそんな声を漏らしてしまった僕は心のどこかでモヤモヤとしたものを感じてしまった。

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