【第十話】
「マスター、いつもの」
僕はあれから二週間は経つのに何も答えを出せずにいた。いつもの珈琲店であの日のことを考えていると、後ろから碧ちゃんに突かれた。
「木下先輩って優柔不断なんですか?」
「人生最大の選択を迫られてるんだ。少しは時間をだな……」
僕は突っ伏したままでそう答えた。
「そんな悠長なことを言ってると全員逃げていきますよ」
「碧ちゃんもか?」
僕は顔だけ上げて後ろを向いた。
「私は待ってますんで。他の人が逃げるのを待ってます。私の見立てだと、春日部先輩は一度木下先輩をフっているので、気まずさが残って向こうから言ってくることはないかと。小泉先輩は……」
とそこまで言って僕のことを覗き込んできた。
「あー。そういうことですか」
「なにが」
「木下先輩、小泉先輩に何か言われたんですよね?だから目線を逸らしたんですよね?」
図星。女の子はなんでこんなにも鋭いのか。僕は弁明の言葉を探してみたけども、何を言っても無駄かな、と思って正直に答えることにした。
「涼香、クラスの誰かに告白されたらしい。んで、僕がハッキリさせたらそっちに行く可能性もあるって」
「ふんふん。それでそれで?木下先輩はなんて答えたんですか?」
「考えさせてくれって……」
「やっぱり木下先輩、優柔不断じゃないですか」
言い返す言葉がない。でもこう言うのってすぐに答えなんて出ないじゃん?
「木下先輩は……小泉先輩がいつまでも自分の側にいると思ってたんじゃないですか?仮に私とお付き合いしても今までの関係でいられると思ってたんじゃないですか?」
「うぐ……」
碧ちゃんは本当に痛いところを突くなぁ。実際、涼香と付き合ったとしたら今までの関係とは違うものになるのだろう。そして別れた時……。いや、そんな時のことは考えてはいけない。
何の答えも見出せないまま十月が過ぎ去って十一月になってしまった。冬制服も引っ張り出して一気に寒くなった通学路を歩いていたら樫野宮が僕を見つけて小走りでこちらにやって来た。
「やあ、おはよう」
「おはよう。今日は仕事はないのか?」
「夕方からラジオの収録かな。だから六限目は出られないかな。と、そんなことより木下くんに伝えなくちゃいけないことがある」
僕は背中に嫌な予感が走った。得も言えぬこの感覚。こういう時は悪い予感が当たるときだ。
「それは僕に取ってマイナスな事かい?」
「うーん……。どうだろう。木下くんの気持ちは僕には分からないから。それで、話しというのは……」
「おはよう!」
後ろから僕たちの真ん中に涼香が飛び込んできて僕たちの肩を掴んだ。
「なになに?何の話?」
「お前の話だよ」
僕はいつもの調子でそう答えると涼香もいつもの調子で応えてきた。
「私の話?あ!例の件だ!」
「何の件だよ」
僕は樫野宮の方をチラッと見ると、あちゃーという感じの顔をしていた。
「私ね!健吾くんに告白した!」
どうして嫌な予感ばかりが当たるのだろうか。そんな気はしてた。僕が優柔不断だから……。いや、早急に答えを決めても同じ結果になっていたかもしれない。
「いや。実はそうなんだよ。この前、小泉さんに呼ばれて図書室に行ったんだよ。その時に」
図書室に?それってあの時だよな。結構前だぞ。ってか、僕の事を好きとかなんとか言う前のことだぞ。それがなんで今更になって……。
「涼香、それで返事は聞いたのか?」
「まだ!だから督促しに来た!」
何なんだこの気軽さは。フラれる事とか考えないのか?それとも結果をもう知っているとか?何にしても運命の結果をこんな風に聞けるものなのか。そもそも樫野宮は事務所の意向で恋愛禁止。その事は知っているのだろうか。
「涼香、樫野宮は事務所の……」
「うん。知ってる。それでも言わずにはいられなかったの。だって運命じゃない?憧れの人が同じ高校に転校してくるなんて」
憧れ、か。憧れは恋愛なのか。春日部さんに言われたことを思い出す。憧れは恋愛ではない。涼香もそうなのだろうか。それとも樫野宮がそれに応えてしまうのか。
「小泉さん。その答え、今日の夕方に」
「分かった。待ってる」
そう言い残して涼香は足早に学校に向かって離れていった。
「良いのか?」
「なにが?」
「木下くんは小泉さんのこと好きなんだろ?」
「それ。それなんだが、よく分からないんだよ。いつも近くにいてさ。距離感が近すぎて付き合うって言ってもなにが変わるんだろうって思っちゃって。そりゃ恋人同士のあれやこれやはあるのかも知れないけど」
「木下くん。この前も言ったけども……」
「欲張るな。でしょ?それなんだよなぁ。仮に樫野宮が涼香と付き合い始めたとする。僕が春日部さんに再アタックする。となると両方共倒れする可能性がある。そうなったら……」
「だからそれが欲張りなんだって。未来のことを考えて先回りするのは良いと思うよ?でも今回の話は違うと思う。もっと真摯になって考えるべきだ。そして考える事は単純だ。小泉さんを僕に取られても良いのかどうか、だよ」
「事務所の意向はどうなるんだ?」
「僕が本気になったら、それも捨てるかもしれない、そう考えたことは無いのかい?」
それは正直、考えていなかった。涼香のために今まで築き上げてきたものを捨てるなんていう選択肢。でも、人と付き合うって言うのはそのくらいの覚悟が必要なものなのかも知れない。
「木下くんは後輩の悠木さんからも好意を寄せられてるよね?」
「え?なんで知ってるんだ?」
「周りに居る子達に聞いた。というよりも話しているのを聞いた、が正しいかな。それに知ってるんだ?ってことは真実、ってことだね?」
「うん。まぁ」
「返事は?」
「まだしてない」
「やっぱり木下くんは欲張りだな。春日部さんを諦めたくない。でも小泉さんを誰かに取られたくない。そして、悠木さんからの好意も維持しておきたい。僕にはそう見える」
図星だった。逆に考えると碧ちゃんの告白を受ければ全てが丸く収まるんだよね。春日部さんは事務所の意向で厳しい。涼香は同じく事務所の意向で樫野宮に断られる。そうなったら今までのように自分の元に返ってくる。まぁ、自分の都合の良い考えなんだけども。
僕がそんな風に考えていたら樫野宮が一言残して校門前の黄色い声援の中に消えていった。
「僕は小泉さんのことは嫌いじゃないよ」




