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【第一話】

 僕には好きな人がいる。

 今さっきフラれたところだけど。

 

「まぁ、元気出しなよ」

「うるせぇ」

「大体、佳奈を狙うのは無理があるでしょ」

 コイツは小学校からの腐れ縁、小泉涼香。僕と同じ図書委員である。

「無理も何も好きなんだから仕方ないでしょ」

 僕は木下藤吉郎。かの歴史上の人物と同じ名前で猿なんて言われてる。面と向かって言われることは無いけれど、陰ではそう言われているのは知っている。

「でもなんで佳奈なの?接点なくない?」

「なくも無いさ。ほら」

 僕はそう言って貸出図書カードを見せた。

「なにこれ。佳奈の名前が書いてあるけど、それが何かあるの?」

「何を隠そう春日部さんは僕が図書委員をやってる時だけに本を借りに来るのだよ」

「やだ、接点ってそれ?ただの勘違いとかじゃないの?たまたまとか。全部確認してるわけじゃ無いでしょ?」

「してる」

「うわ。きっしょ。もしかして借りた本を自分も借りたりしてるの?」

「もちろん。だから話を合わせるのもお手のものだよ」

「会話したことないのに?」

 痛いところを突いてくる。確かに僕は春日部さんと話すのはこの図書室で本を貸し出す時だけだ。でも、そんな間柄でも春日部さんは僕のことを認知していた。でも認知されていてフラれた訳だから、なんか複雑な気分だ。

「まぁ、それはそうだけども……。これも良い機会だから涼香で我慢しておくかなぁ」

「なにそれ。そんなの私がお断りなんだけど」

「そうなの?」

「なに?そうなの?って。私がきーちゃんのこと好きだと思っていたの?」

「違うの?ってかいい加減そのきーちゃんやめない?」

「なんでよ。猿よりマシでしょ?」

「幼馴染にまで猿って言われるよりはマシだけどさ。でもそのおかげで周りからは僕と涼香は付き合ってるんじゃないか、とかめっちゃ言われてるんだぞ。もしかしたらそれが原因で春日部さんに断られた説すらある」

「へぇ、そうなんだ。私がきーちゃんとねぇ……」

 正直なところ、涼香とはこのままの関係でいたいと思っている。なにも気兼ねすることなくアホな話をし合うような間柄。恋人になってしまったら、その関係は無くなってしまいそうな。まぁ、さっきの調子だと向こうも同じような事を考えていそうだけど。

 

「でさー。昨日のテレビでさー」

「またお気に入りのアイドルの話か?」

「イイじゃん。手の届く相手に断られるよりもマシだと思うけど?」

「手が届かなかったじゃん。僕の中では春日部さんはアイドルみたいなものだよ。それより涼香はいつまで樫野宮だっけ?」

「健吾くん!」

「それ。樫野宮健吾ってアイドルをいつまで追いかけてるんだ?」

「いつまでって同い年でしょ。子役の頃から気になってたんだよねー。まだ向こうも十七歳なんだから引退するまで応援する予定」

「それは長い付き合いになりそうだな」

 樫野宮健吾。それは僕にとって印象深いやつだ。幼稚園の頃に一緒にテレビのオーディションに出たやつで向こうは合格、僕は不合格だった。幼稚園の事なんて忘れてたはずなのに涼香がその名前を口にして思い出した。向こうは成功してて僕は猿だもんな。人生まだ十七年しか経ってないのに大きく差をつけられたものだよ。

 

「だだいまー」

「あ、きーちゃんお帰り」

「母さんもその呼び方いつまで続けるの」

「なに『も』って。涼香ちゃんにもまだそう呼ばれてるの?」

「そうだよ。やめろって言ってるのにやめないから……」

「そうなの。で?あんた達はいつ付き合うの?」

「なんでその話が出てくるんだよ……」

「だって小学校の頃に涼香ちゃん、きーちゃんのお嫁さんになる!って宣言してたじゃない」

「そんなの低学年のころの話だろ?」

「そう?女の子の夢ってなかなか変わらないものだけれどねぇ」

 

「はぁ……」

 僕は自分の部屋に入ってからため息をついた。なにしろ今日は憧れの相手に告白して無事にフラれた記念すべき日。今朝の占いでは恋愛運急上昇のはずだったんだけども。実際は上手くいかないものだなぁ。

 

 ピンポーン 

 

「きーちゃん、晩御飯の準備してるから代わりに出てー」

「はーい」

 インターホンのカメラを覗くとそこには涼香が立っていた。手に何か持っている。

「涼香か。どうした?」

「早く自動ドア開けてよ」

「いいけど。なんの用事だ?」

「いいじゃない。なんだって」

 なんか機嫌悪い?何かしたかな?なんて思いながらオートロックを解除してマンションの中に涼香を入れた訳だけど。そして玄関のインターホンが鳴ったのでそれも対応する。

「涼香、どうした?」

「どうした、って。可愛い幼馴染が慰めに来たんだけど?」

「頼んでないぞ?」

「こういうのは奥ゆかしく受けるものよ。上がるわよ」

 そう言って涼香は僕の許可を取るでもなく横をすり抜けて僕の部屋にダイレクトインして行った。

「きーちゃん、涼香ちゃん来たのー?」

「そうー。この時間だからまた晩飯食っていくとかそういうのじゃないのー」

 そう言って僕も部屋に入ると涼香は床に座って髪を指でクルクル回していた。

「ない」

「何が?」

「あそこに飾ってあった私との写真」

「あー……。あれ。父さんが会社に持って行くとか今朝言ってたな」

「何で会社に持って行くのよ。言い訳ならもっと上手く言いなさいよ」

 本当は今朝、春日部さんに告白しようと決めてから、なんかバツが悪くて机の引き出しに仕舞ったのだ。でも言い訳しちゃったし何か出しにくいな。

「その……なんだ。僕と涼香ってそういう関係じゃないじゃない?いつまでの写真を飾っておくのもどうかなーって……」

「はぁ……。どうせあれでしょ?今朝、佳奈に告白するので飾っておくのがアレになったんでしょ?どうせこの辺に……」

 涼香はそう言って立ち上がって僕の机の真ん中の一番大きな引き出しを開けた。

「うわ……」

 それを僕は静止しようとしたんだけど手遅れだった。

「あー……それはな?」

 引き出しに仕舞ってあったのは春日部さんの写真。中学の林間学校で撮影されたものだ。

「なに?きーちゃんってそんなに前から佳奈のこと気になってたの?」

「まぁ……」

「きっしょ」

「人を好きになるのに気色悪いとかないでしょ。その言い方はないんじゃない?」

「……ごめん」

「わかれば……良いんだけどさ」

 涼香は反論してくると思ったのに予想外にしおらしい返事をしてきたのでこちらが面食らってしまった。そして、妙に落ち込んでいたので僕の方からフォローを始めたんだけど……。

「だよね!そもそもきーちゃんが佳奈に告白したのがことの発端なんだから私はわるくない!」

「この……下手に出たらそれかよ!」

「あはははは」

「で?慰めに来たようだけど、何をしてくれるって言うんだ?」

「あ、忘れてた。はいこれ」

 持って来ていたコンビニのビニール袋に中には、みかん果肉が沢山入ったゼリー。僕が小学校の頃によく食べていたやつだ。

「きーちゃん、それ好きでしょ。悲しいことがあった時は、好きなものを食べればいいって思って」

「そんなので元気になれば良いけどな」

「いらないなら私が食べるけど?」

「いや。サンキューな」

「どういたしまして?急に素直になるからびっくりしたじゃない」

 涼香の反応がなんだか面白くて思わず笑みがこぼれた。こう言う時、なんでも言える幼馴染っていうのは良いものなのかも知れない。僕はみかんゼリーを完食した後で涼香に晩御飯も食べて行くのか聞くと、今日は帰るとのことだったので、母さんにその事を告げてから涼香を送っていくことにした。

「いいのに。送ってくれなくても。目と鼻の先なんだし」

「その目と鼻の先までに何かあったら目覚めが悪いだろ」

 涼香は僕のマンションから徒歩五分程離れた一軒家だ。両親はいつも遅いらしくて晩御飯を僕の家で食べる日が結構多い。

「今日も遅いのか?だったら僕の家で晩御飯食べて帰ればいいのに」

「今日はもうお弁当買ったから」

「そうか」

 今月から十月。日が暮れるともう寒さを感じる季節になってきた。上着を羽織ってきた方が良かったのかも知れない。

「寒くなってきたな」

「そうね」

 僕たちはその言葉を交わしただけで、その他はなにも会話をすることはなかった。涼香は僕のことを気にしてくれているのだろう。こういう時、幼馴染っていうのはお互い気持ちが分かり合うことが出来て良いものなのかも知れないな。

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