目薬だと誤魔化したらお前が生まれたわけさ
「何買ったん?」
「め、目薬っ」
兄に声をかけられて、とっさにに誤魔化してしまった、媚薬。憧れの塩藤君を落としたくて落とした過ぎて、ネット広告に魔が差して買ってしまった、媚薬。今は冷蔵庫にしまってある。ドアポケットの一番高いところ。
「絶対使うなよ。私のだからな!」
「使わんし」
使われたら大変なことに、いや変態なことに、いやいやそんなことはどうでもいい、とにかくとんでもないことになる、たぶん。媚薬って飲ませるものだよな。目に差すとかヤバすぎ? どうなるんだろうと思ったけど、考えるのはやめた。
さて、媚薬をどう塩藤君に飲ませようか。というか私に意識を向けさせるには媚薬に何か仕込まないと行けない感じか? もう一度媚薬を手元に持ってこないとならないが、とうにお母さんが夕飯の支度をしている。目薬を「部屋に持っていく」には、良い言い訳が思いつかない。あれこれ悩んでいるうちに夕飯が出来上がった。母が呼ぶ。部屋を出て階段を降りた。
そこには妙に呼吸の荒い父がいた。いやに興奮している。私が二階であれこれ悩んでいる間に帰宅した父、様子がおかしい。
「父さん、目がしぱしぱするって言ってたからあの目薬使わせたけど、いいだろ」
よくねぇ。全くよくねぇよ。おま、何の権限があって人の物を使わせてるんだよ。父、めっちゃ興奮してるじゃねぇか性的に。しかも目がかゆいのか、めっちゃ目を擦る。んで艶めかしい声を出す。「ん、んんっ」とか言いながら目を擦る。目ん玉性感帯親父の爆誕である。地獄か。そりゃかゆいだろうな目に入れちゃアカンものだもの。でも耐えろ父。あなたが目をかくたびに私の心がかき乱されるのよ。
この状況で私、夕飯食べなきゃらなんの? 何、罰か? 罰か。塩藤君の気持ちを踏みにじってまで落とそうと画策した私への罰か。罰が下るの早ない? 高速審判過ぎよ神様、再審を要求するよ? 高速で?
てかこの異変を母は気づいてないの? 見れば母は何度か父に視線を送っている。父の様子を見て、多分母のことだから異変を察しているのだろうが、それでも箸を止めない。メンタル鋼か。この状況でよく飯が喉を通るな。兄に至ってはスマホで動画サイト見ながら食ってやがる。心臓に毛がぼうぼう生えてんのかよメンタル毛虫か。私は結局「気持ち悪い」と言って半分も手を付けずに食べるのをやめた。体調的に気持ち悪いけど状況的に気持ち悪すぎた。
父から媚薬の効果が抜けるまで部屋に籠もっていた。明日には流石に影響が抜けているだろう。朝になったら何食わぬ顔して媚薬を冷蔵庫から回収すればいい。そして我が家と私の心に平穏が戻るはず。その予定だった。
朝に媚薬はなくなっていた。犯人はすぐにわかった。わかったけれど、媚薬を取り戻すのはためらわれた。なぜか? その日から毎晩、父の喘ぎ声が漏れ聞こえてきたからだ。
「ほぉーら、つんつーん」
「あぁ……!」
母だ。媚薬を使っているのは母だった。連日父に媚薬を用いて営んでいやがる! しかもつついているのは目玉だ。なんでちゃんと飲ませないんだよ媚薬だぞ目薬じゃねぇ。媚薬を差して性感帯になった父の目玉を、母が攻めている。母、ドSか。こんな空間に突撃する勇気は、思春期の私には無かった。いや大人でも無理っしょ。とにかく媚薬を入手して色めき立った母は、父とそうやって毎晩、媚薬を使い切るまで楽しんだのだった。
「そうして生まれてきたのがアンタってわけ」
「嘘ならもっとマシな嘘つけや……」
私は甥っ子誕生報告のために塩藤家を訪れてくれた、十五歳年の離れた弟にその誕生秘話を聞かせてやったのだった。