#4 ビブリオの3つの能力
本日4/6話目です。
二人で歩く路地裏はいつになく狭く感じる。
「さて、契約を結んだ訳だが、今俺がしてやれることはあんまりない」
「導いてくれるんじゃないのか」
「導いてはやるさ。だけどそれは能力とは別、俺の親心的な話さ。俺が役に立つかどうかは君次第なところがある」
頼りになりそうなオーラをビンビン放つこの相棒は、頼りっきりは許してくれないようだ。
「俺ができることは大きく3つあるんだが、今はまだそのうち2つしか使えない」
「1つでもあれば十分さ。僕には無用の魔力しかない」
「安心しろ、その魔力は俺が使ってやる。1つ目は魔道具としての力だ。エレンの魔力を使って、エレンの代わりに魔法を発動させる。杖みたいな役割を果たす力」
「それができれば後はおまけだよ。それができなくて僕は将来を諦めたんだから」
人類は、その9割以上が魔法を使える。一部の特殊な種族以外は当然のように使っている。だから社会はそれを前提にできている。身体強化、免疫強化、水、火、光。挙げればきりがないが、なんの魔法も使えない人間にこなせる仕事なんて現代社会には残っていない。
僕のような先天的に魔法を行使できない存在は、補助具を使っても魔法が使えない。魔力そのもの、魔力を感じる力、魔力を操る力、魔力を外に出す力。無意識化で行われる能力がどこかで完全に途切れている。
だから絶望するしかなかった。後天的に魔法を得るというのは、それだけで奇跡なのだ。それさえできるようになるならば、あとはもう何だって良い。僕にとっては、ここからは全てがおまけだ。
「2つ目は精霊としての力。情報の精霊として、情報属性を持つ魔法スペルを行使できる。とはいえ、俺はまだ精霊としての格が低いから、そこまで大したことはできない」
魔法には属性が存在する。そして精霊にも同じだけの属性がある。僕は魔法に関する情報を見ないようにしてきたのであまり詳しくはないが、属性は何十個もあるらしい。
情報属性も当然知らないが、名前から察するに非戦闘系の属性だと思われる。戦いは苦手だし、くいっぱぐれないようなら属性なんてなんだっていい。
「3つ目は魔導書の司書としての力。俺が宿るこの魔導書は、アーティファクトの一種だ。まぁすごい魔道具なわけだ」
アーティファクトも知らない。さっきから知らない尽くしだ。現実から目を背けてきた弊害がここにもでていた。
「その能力は主に2つ。縁を結んだ精霊の召喚と、得た情報の保持だ」
「今、この魔導書には俺だけが宿っている。だけどまだ白紙のページが山ほどある」
確かにこの魔導書は「魔導書」を名乗っているにもかかわらず何の呪文も書かれていない。白紙が続くその有様は、本なんて読んだことのない僕にとっても明らかに本として破綻しているように感じられる。本というよりもノートと言われた方がしっくりくる。
「この魔導書を図書館だとすると、それぞれのページは本棚にあたる。本棚には容量がある。白紙のページには、その容量分の情報が入れられる」
「精霊であれば格に応じて、それ相応の伝承が存在する。本棚2つ分の伝承があるなら、その精霊は見開き1枚を丸ごと使わないと描写できない。逆に、伝承もないような微精霊であれば、1つのページに何人も描くことができる」
「情報の保持も同じだ。図鑑であったり、資料であったり、お前が触れた知識は情報の微精霊として魔導書に記録できる」
「そしてそれらの情報を、記述を整理して、エレンに貸し出す。これが魔導書の司書としての能力だ」
まずい、本格的に何を言っているのかがわからない。大体、図書館なんて一般庶民未満の階層に位置する僕には縁のない施設だ。言葉から想像はできるが、実際どういうものかなんて知らない。
精霊についてもそうだ。確かに精霊使いは存在する。だけど精霊魔法は燃費が悪いし、大多数は自前の魔法を使うだろう。伝承があるのは知っているが、そんな精霊との契約なんて聞いたこともない。
なにかがずれているような気がするが、精霊であるビブリオの言と、魔法から目をそらしてきた僕の知識、どちらが正しいかなんて火を見るよりも明らかだ。きっとビブリオの知識の方が正確なのだろう。
「なにも難しく考える必要はない。要は書いたことが実現する本だと思ってくれれば良い。ただ、書くためには精霊と縁を結ぶ必要があって、今はそれが俺しかいないだけだ」
「正直わからないこともあった。特に魔導書の能力はちんぷんかんぷんだ。だけど、僕は魔法が使えるようになる、ただそれだけでこの上なく幸せなんだ」
「それならそれでいいさ。人生は長い、今すぐ理解する必要はない。徐々にステップアップしていけばいい。今すぐするべきは視野を広げて、動くことだけだ。俺はあくまでもお前を導くだけ、お前が動かなきゃ始まらないからな」
当然だ。ビブリオとの出会いはただ運が良かっただけ。ここから先、これ以上の何かを望むならもっと自分で求めなきゃいけない。
自分の世界に閉じこもるのではなく、どれだけ不安でも、挑まなきゃいけない。
「精霊と縁を結ぶ方法はいくつかある。対価を払う、真名を知る、契約を結ぶ、単に気に入られるだけでもいい。縁の程度によって得られる力も変わるけどな」
そもそも簡単に精霊に会えるのか怪しいものだが、だからこそチャンスがあれば逃してはいけない。
「これから俺たちは世界を見て回る。精霊はそこまで特異な存在でもない。縁を結ぶ機会はままあるだろう」
たとえ幾度、精霊と出会う機会があるとしても、その精霊と縁を結ぶ機会はきっと一度きりだ。
ビブリオとの出会いの結果がどうなるのかはわからない。だけど今日は昨日よりも確実に充実している。生きている実感がある。
出会いの数は有限で、それぞれの出会いはオンリーワンだ。全ての出会いが良縁とは限らない。
でも掴み続ければ、繋げたはずの良縁を取りこぼすことはない。
「今はただ、出会いのチャンスを逃さないように視野を広げるんだ。見える世界にしか出会いはないんだから」
もう僕はそれを理解したよ、ビブリオ。