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見開き1枚の精霊使い  作者: 郷か音
1章 僕の聖書は白紙の魔導書
2/6

#2 プロローグ・裏

本日2/6話目

この話だけ舞台が変わります。

次話以降はエレン視点、異世界舞台に戻ります。

--西暦2063年・日本--


 眩しいほどの白に包まれた病室に、一人の青年が横たわっていた。


 コンコン、と遠慮がちなノックの音が静寂に包まれた病室に響き渡る。


 了承の返答を返すと気心知れた親友が顔を出す。


「ツカサ、元気かい?」


「ぼちぼちだね。ツナグは変わりない?」


「僕はいつでも元気でいられるからね」


「そういやそうだったね。羨ましい限りだ」


 落ち着いた、だけど溌剌とした語り口の彼は我が親友ヒトトセツナグ君だ。初めて会った時、春夏秋冬と書いてヒトトセと読む、変わった苗字だと教えてくれた。


 まぁ俺は生まれつき目が見えなくて、普通の苗字がどういった物なのか、文字がどんな見た目をしているのかを知らなかったので、その時は彼を困らせてしまったのだが、それも今にしてみれば良い思い出だ。


「ごめんね」


 声を聴くだけで申し訳なさそうな顔が思い浮かぶ。顔も知らない親友だけど、こうして気持ちを汲み取ることはできる。


「さっきはつい反射でぼちぼちなんて言っちゃったんだけどさ、そろそろお迎えが来るっぽいんだよね」


「......そうか」


「いつ逝ってもおかしく無いって。そう話してたよ」


 色々あってここ2年ほど不治の病なるものを患っていたのだが、先日お医者様の話しを盗み聞きしたところ余命の話を聞いてしまった。


「......耳がいいのも考えものだな」


「そうだね。半分くらい目に回してくれても良かったのに、なんてそう思わずにはいられないよ」


 俺は生まれつき耳がいい。単に目が見えない分発達したとかそう言う話じゃなくて、そういう能力を持っている。


 科学はもともと錬金術を目指していた。2045年、ついに科学を超常現象の次元まで昇華した人類は、人工的に超能力を得ることに成功した。


 超能力第二世代と呼ばれる僕たち2050年代生まれの子供は、その9割近くが生まれつき何かしらの能力を持っていた。


 僕は聴覚を一定範囲に飛ばすことができた。ツナグも何か能力を持っているとのことだが、その性質上あまり口外できないらしい。


「......やっぱり、目のことは心残りかい?」


「そうだね。色んな人の話を聞いてきたけどさ、話を聞いているとね、未知の世界を知るとね、強欲にもこの目で見てみたくなるんだ」


「美しい自然であったり、美人さんと噂の女の子であったり、気のおけない親友の表情であったり、色んなものが見たくなるんだ。不思議だよね? 見るなんて感覚知らないのに。音だけが世界の全てのはずなのに、なぜか見てみたくなるんだ」


 俺には「見る」という感覚が分からない。映像を見せる能力者やら念話能力者やらに手伝ってもらったこともあるが、視覚という感覚が認識できなかった。


 どこまでいっても文字は触覚で感じるものだし、映像は音で感じるものだった。完全にそういう物だと身体が覚えてしまっていた。


「もし視覚を手に入れられるなら、ツカサは何を見たい? 何をしたい?」


「残酷なもしも話だね。いや、冗談だよ。もし悲しい顔してたら、そんな顔やめて笑ってくれよ。俺が滑ったみたいになるじゃんか」


「でもそうだな......もしも、もしも視覚を手に入れたら俺はやっぱり世界を見たいかな。今まで知識でしか知らなかったそれらを生で見てみたい」


「旅をしてみたい。本を読んでみたい。未知と遭遇したい。それから......」


 子供のように夢を語っていると、だんだんと意識も夢見心地になってくる。


 時々相槌をうちながら約束通り笑ってくれるツナグは、いつになく真剣な雰囲気だった。


「なんか眠くなってきた。続きはまた今度話すよ」


「あぁ、そうだな。また今度話そう。絶対に。約束だぞ」


 分かったって、と返そうとしたけど、重くなる意識に耐えかねて言葉は永遠に飲み込まれた。


 早速だけどこれは約束守れそうに無いな。ごめんよ。地面に吸い込まれるように急激に薄れゆく意識の中で、旧友に謝罪する。


「約束は、約束だ。<コネクト>」


 電源が切れる寸前、何かが聞こえたような気がした。聞き慣れた、だけど初めて聞いた声だった。


 その日、四条司という存在は地球から完全に消え去った。遺体も、記録も、記憶も何もかもが失われた。







 ------------------------


--聖歴X年・中央諸島・とある島--


「待っててね。僕が必ず助けるから」


「?」


 きっと彼女には伝わっていない。だけどそんな事はどうでもいい。今はまだ僕のエゴだけど、この思いはきっといつか彼女の意思になる。


 だから探そう。見つけ出そう。君を救う----を。その時まで、少しの間お別れだ。


 目前の少女に手を振るう。きっと理解はしていない。だけど少女は悲しそうに手を伸ばす。その手を振り切って歩み始める。


 一歩踏み出すたびに景色が一変する。


 花に囲まれる。風に包まれる。嵐に飲まれる。機械に追われる。霊に化かされる。獣に喰われる。灰にまみえる。


 何度も、何度も視界が反転する。幾つもの景色を、日々を、人々を見続ける。見送り続ける。


 少女は日に日に遠ざかっていく。彼女のもとに戻るたび、記憶にあった姿よりも痛ましく変わっていく。何もできない自分が無力で仕方がなかった。


 何年の時が過ぎただろう? それとも、何年の時を遡ったのだろう? ----はある日、ある青年に出会った。


 出会えるはずのない場所で出会った彼は、----に一冊の本を託した。


 書物は嫌いだ。それは彼女を傷つけるから。その昔----はそう思っていた。だけど彼女は書物が好きだった。子供のように愛していた。だから----も、そう振る舞うようになった。


「その本を貰ってはくれないかな? 僕の宝物なんだけど、僕はこいつを手放さなくちゃいけないんだ」


「なんだいこれは? ......魔導書? 白紙のようだけど、落丁かい?」


「いいや、この本はこれで良いんだ。落丁といえば落丁かもしれないけどね」


 どういうことかと尋ねると、青年は笑って答えた。それを聞いて----は、この本を引き取ることを決めた。


 目尻にうすらと涙を浮かべ悲しそうに、けれどやり切ったような、期待するような眼差しで----を見つめる黒髪の男。


「酷い扱いはやめてやってくれよ。そいつは意外と繊細なんだ」


「わかってるさ。そんな奴には渡さない。ちゃんと君の意志は汲むよ」


 その言葉を聞くと、黒髪の青年は満足そうに笑い、踵を返した。


「感謝するよ。また会おう......司」


 そう言って全身から青い光を迸らせると、次の瞬間には青年は次元の彼方へと消え去っていた。




 -------------------



 



 それからはまた、彷徨う日々が続いた。彼と会った日から、もしくは彼と会う日まで何も変わらない。


 今日もまた、見通せない世界を彷徨う。新暦436年の西方大陸、聖教国エヴァンジを起点に強力な分岐を見つけた。


 十分な可能性を秘めた分岐。ここ数年、この先数年見つからなかった分岐点。何よりも、この時期ならまだ間に合う。


 100%の信頼を置けなくても、今回こそは賭けても良いかもしれない。僕が見守って、補って100%に近づければ良い。


 あと数分で分岐が起こる。僕に時間は関係ないはずなのに、不思議と焦りの感情を覚える。


 やり直しはできない。一度賭けてしまえば、きっとこの時代は確定してしまう。もう間に合わなくなる。


 だけどもう賭けてみよう。彼にもずいぶん長い時を待たせた。次元の狭間で出会った彼との約束も随分と長いこと果たせていない。


 これでダメなら天命だったのだろう。その時は諦めるか、全てを投げ打ってやり直してやろう。


 全ては君に押し付ける。君は何も知らなくて良い。僕が導くから、ただ導かれてくれれば良い。君も僕も、彼も彼女も幸せになる。それで良いだろう?


 辺境の街・クリスト、その路地裏。数分後、とある少年がやってくる予定の袋小路に本を置く。


 慎重に、細心の注意を払いながら止めていた時間を動かす。引き取った時と寸分変わらない真っさらな魔導書が、似つかわしくない隘路に突如として現れる。


「<クロックスタート:ディレイ:183sec>」


「司くんだっけ? 結局君とは会わず仕舞いだったね。いつになるかはまだ決まってないけど--------に会いにきてね。ご主人様を連れてさ」


 魔導書の、いやその中に宿る精霊の時が動き始める。


 合わない方が良いだろうか? いや、彼女の運命を託す相手だ、顔くらい見ておこう。


 迫る少年の顔を伺う。ハーフエルフの少年が一人路地裏を駆けていく。


 彼はなぜこんなところを走っているのだろうか、という疑問と本当にコイツに賭けてしまって大丈夫だったのだろうかという不安が湧き上がる。


 一度動いてしまった以上はもうどうしようもないのだが、こうなってしまえば事象でしか捉えられない自身の能力を恨むしかない。


「頼むよ、司くん。そして......エレン君」


 去り行く少年を鋭く睨みながら、----の身体が徐々に崩壊していく。見えない何かに吸い上げられるかのように、少しずつ消え去っていく。


 次元の狭間、本来の棲家へと帰った彼に一つの予感が降ってくる。


 彼の持つ本はいずれ----の一番好きな本になり、少女との話のタネとなる。そんな未来が見えた気がした。


「夢を見るのは希望を持ち続けた者の特権ってね」


 どことなく上機嫌そうな彼は、数年後の、もしくは数年前の少女の元へと戻っていった。





 ---------------------------


 



 

 机と椅子、そして無数の本棚。図書館の中にいた。


 自分が何者か、図書館とは何か、生まれたばかりの自分にはなんの知識もないはずだ。だけど何故か理解できた。


 操り人形のように、そうプログラムされているかのように机の上の燭台、その明かりが照らす一冊の本を手に取る。


『ビブリオ』


 そう記された本には文字がびっしりと書かれていた。文字なんて当然知らないはずだ。何語で書かれているのかも分からない。だけど何故か理解できた。


 自分のこと--アイデンティティ、能力、役割。

 この場所のこと--仕事、居場所、管理方法。

 そして、この先すべきこと。


 お前の取り扱い説明書だとでも言わんばかりの内容は、機械的な情報の塊のはずなのに、何故か節々から愛情を感じた。


 一通り読み終え、本を閉じる。とりあえず、窓が開いたらこう言えばいいらしい。「やぁ、ここで会ったのも何かの縁だ。俺と契約しないかい?」と。


 そこから先は何も書かれていなかった。ただ空白のページが続いていた。まるでここからは君の物語だというように。


 窓が開く。まばゆい光が漏れ出てくる。それまでは机の上の小さな燭台が唯一の光源であった。明るいと感じていた図書館の暗さを思い知り、驚いた。


 本能的に窓から身を乗り出す。2階にある窓には決して届かないはずなのに、まるで高さなど存在しないかの如く簡単に出られた。


 光の先、目の前には小さな男の子がいた。暗い瞳の彼は、確かにこちらを見ていた。「目が合った」という感覚はなかったが、確かにこちらを見ていた。


 初めて見る瞳は、想像していたよりも何も映していないような気がした。


 とりあえず役目を果たそう。


「やぁ、ここで会ったのも何かの縁だ。俺と契約しないかい?」

次話以降は異世界舞台・エレン視点で進みます。

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