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見開き1枚の精霊使い  作者: 郷か音
1章 僕の聖書は白紙の魔導書
1/6

#1 プロローグ・表

初投稿です。よろしくお願いします。

導入が長いので本日は#6まで一気に投稿します。

--聖暦430年代・西方大陸・とある少年の回想--


 ただ漠然と生きていた。深く考えないように、未知の世界を見ないように、閉じこもって生きていた。そうしないと、きっともう僕は生きていけないから。


 ちょうど今から1年前か。5歳の誕生日を迎えたあの日までは幸せだった。


 おおらかな父と厳しくも優しかった母。別に何も特別な事はない、ただただ普通の農家だった。


 エルフの母はその魔法の才能を遺憾なく発揮し、天候なんてお構いなしに作物を育んでいた。人族らしく器用な父は母が苦手な細かな作業を何でもこなしてみせた。


 2人のコンビネーションは抜群で、近所でも評判の夫婦だった。数年後には僕も混じって3人で農作業の日々を送るはずだった。


 そんな至極当然の未来予想図はいとも簡単に崩された。


 フマニタス王国によるロストーン王国侵攻。5年間を過ごしたロストーンの街並みは、たった一発の魔法で跡形もなく消え去った。


 昨日まで、つい数瞬前までも確かにそこにあったはずの日常は、轟音と共に降り注いだ一条の雷にのまれてしまった。


 廃墟と化したロストーン王都跡地は血生臭さと雷の余韻の暗雲に覆われていた。地獄とはきっとああいう光景を言うのだろう。


 王城があったはずの王都中心部は何もかもが消え去りクレーターと化していた。王侯貴族は考えるまでもなく全滅。ロストーン王国は呆気なく断絶した。


 郊外に行くに従って徐々に瓦礫が増えていく。僕らが住んでいた外周エリアは消し飛び損ねた建物やら人間の残骸が飛び散っており、凄惨を極めていた。


 外周までくると、少数だが運良く生き延びた者たちがいた。かく言う僕もその一人だった。


 苦悶の表情を浮かべたまま落ちてきた天井に押し潰されて死んだ母、その胸に抱かれたまま気絶していたらしい。


 父の遺体は、下半身だけしか見つからなかった。腰には僕が作ったお守りがぶら下がっていた。役に立つと思って渡したわけでもないけど、えも言われぬ虚しさが残った。


 それからの毎日は灰色だった。


 救援軍に保護された僕は、派遣元の聖教国エヴァンジにて暮らすことになった。


 エヴァンジはロストーンと同じ西方大陸の大国だ。世界最大の宗教・聖教の教えを体現する宗教国家で、その一環として戦地へと救援軍を派遣している。


 聖教という巨大な後ろ盾を持つエヴァンジは、西方大陸の盟主となっており、並の国家では太刀打ちできない。そんな背景があり、エヴァンジには数え切れないほどの戦災孤児が暮らしていた。


 立派な教えだと思うし、僕はエヴァンジに助けられて今を生きている。だけど、皆が皆喜んで手を差し伸べているわけじゃない。


 手を差し伸べられるのは余程のお人よしか、他人に目を向ける余裕のある者だけだ。


 ここ数年、フマニタス王国の侵攻が活発になっている。エヴァンジに手を出す愚行は犯さないが、戦災孤児の保護にも限界はある。


 孤児院の数にはまだ余裕がある。だけど、成人した孤児たちの行き先は、社会のキャパシティはとっくに限界を迎えていた。


 それに呼応するように聖教内部では人族至上主義を謳う勢力がその権勢を増してきている。


 西方大陸は亜人大陸とも揶揄されるほど亜人が多い。必然、戦災孤児に占める割合も多くなる。


 口減らしと同じだ。邪魔だから、困るから、数を減らすという結論と教義から落とし所を探った結果が亜人の排斥だったのだろう。


 つい先日、亜人排斥派のトップが新たに枢機卿に就任したらしい。中央では徐々に亜人に対する風当たりが強まっていると、僕の暮らすクリストの街でも噂になっている。


 クリストの街はエヴァンジの中でも辺境に位置する。クリスト第七孤児院を管理するシスター・マリアは種族平等を謳っており、僕も良くしてもらっている。


 だけど僕が成人するまでの9年間、それが維持できるとは到底思えない。なんとかして一人で生きていけるようになる必要がある。


 でもさ、そんな現実に向き合う力なんて何の能力も持たない天涯孤独の6歳児には備わっていないんだ。


 エルフは長い寿命と引き換えに肉体的な強度が弱い。肉弾戦に向かないどころか、体力仕事も厳しい。


 だから多くのエルフは魔法を活かした職につく。魔導士だったり、魔道具職人だったり。エルフの高い魔法適正さえあれば戦闘職も生産職も選び放題だ。


 そう、魔法さえ使えれば。


 僕は生まれつき魔法が使えなかった。魔力がないわけではない。むしろ魔力はエルフの中でも多いくらいだ。だけど魔法が使えない。


 ハーフの亜人にはたまに居るのだ。種族特徴の一部が欠けて生まれてくる出来損ないが。


 獣人であれば鼻はいいけど耳は悪いとか、ドワーフであれば鍛治の才能はあるが腕力がないとか。欠けているというか、バランスが極端に悪い状態で生まれてくる場合がある。


 それがプラスに働いたものは神子と、マイナスに働いた者は呪子と呼ばれる。程度の差こそあれ魔法なんて誰でも使える。僕は言わずもがな呪子の方だった。


 長い自分語りだったが、これまでの人生の全てであり、きっとこれから好転する事もないと思うと、悲しいくらいに呆気ない。


 いっそあの時死んでいればと思うのは、身を挺して僕を守ってくれた母に、育ててくれた父に失礼だろう。


 それでも時々思ってしまう。何のために生きているのだろうかと。僕の生は何かの役に立つのかと。


 楽しくもない、役にも立たない、誰かに生を願われる事もない。死なないために生きているだけのこの人生は一体何なんだと。


 虚しい。だけど現状を変える事もできない。だから僕は考えることを放棄して、ただ流されるままゆっくりと終焉へと向かっていく。それが少しでも穏やかなものになる事だけを祈って。






 --------------------------






 気づけば2年が過ぎていた。変わった事といえば2つ歳をとって8歳になったこと、そして少し背が伸びたこと、それだけだ。


 何も成長していない。むしろ周りが成長している分相対的には衰えてすらいる。


 だけどそんなのはエルフの成長の遅さと栄養失調のせいにしておけば簡単に責任転嫁できる。近頃はこういう考え方にも慣れてしまった。


 そんなある日の昼下がりの事だった。


「ご機嫌よう。シスター・マリア。孤児院の運営について話したいんだが、お時間頂けるかな」


「マーティンさん? いつもお世話になっております。どうぞお上がりください」


 クリスト第七孤児院に二人の男がやってきた。マーティンと呼ばれたこの男は、近ごろよくシスターを訪ねてくる商人だ。大通りに店を構えるやり手らしい。


 もう一人の男は知らない顔だが、どうせ護衛だろう。この商人は毎回違う護衛を連れてくる。


 彼らは決まって食堂で話す。孤児院に応接室なんてものはないので、そこで話すしかないのだ。


 シスターはいつも僕らに外で遊んでくるように言う。シスターを困らせたくはないのでいつもは言いつけをキチンと守るのだが、その日は孤児院に残って聞き耳を立てることにした。シスターの様子がいつもと違っていて気になったのだ。


 柱に隠れて食堂の中を伺う。


「......これくらいの額になりますね。返済は......」


「そんなに! では......」


 ハッキリとは聞きとれないが、どうもお金の話をしているようだ。もう少し近づけば聴こえそ......


 そう思って一歩踏み出した瞬間、護衛の男に見つかってしまった。


「誰だ! 会長、柱の陰に誰か居ます。あの耳はおそらくエルフかと」


「エルフ......まさかエレン? 聞いてたの!」


「アルド、捕まえなさい。殺してはダメですよ」


「承知致しました」


 捕まったらシスターに迷惑がかかる。その一心で迫る護衛から逃げ出した。後から考えれば見つかってしまった時点で一緒なのだが、その時はそんな事まで考えが回らなかった。


 クリスト第七孤児院は路地裏の入り組んだ迷路の中にある。土地代や成立過程の関係で旧スラムやスラムの近郊に建てられるからだ。


 大人と子供、ましてや人間とハーフエルフだ。単純な体力や走力では勝負にならない。だけどこちらには地の利がある。


 3年も世話になっているのだ。地図は頭に入っている。領主の目が届かない路地裏は治安がいいとは言えない。子供の小さな身体をアドバンテージに、ゴミや遺体をバリケード代わりにしながら隙間を駆け抜ける。


 数分して護衛が見えなくなった頃、野良猫と入れ違いに壁の下の小さな穴を通る。


 さっきの道とは繋がっていない狭い袋小路に出る。隠れていればやり過ごせるだろう。


 しばらくすると壁越しに誰かが駆け抜けていくのが聞こえた。


 一息ついて辺りを見渡すと、路地の先に一冊の本が落ちていることに気がついた。


 近寄って観察する。本なんて高級品はこんな路地裏に立ち寄るような人間とは無縁のはずだ。


 灰色の日々に訪れた非日常の香り。罠の可能性を警戒しつつも、興味が勝ってしまいつい本に触れてしまった。


「なんだこれ? 何も書かれていないぞ」


 ページを捲るも、現れるのは白紙のページだけ。奇妙な本に首を傾げつつ、最後のページを捲り終え、本を閉じる。


 その瞬間、それまで何の反応もなかった本が薄らと緑の光を放った。そして......。


「やぁ、ここで会ったのも何かの縁だ。俺と契約しないかい?」


 いつの間にか目の前には茶髪の偉丈夫が仁王立ちしていた。何か話しているようだが関係ない。やはり罠だったと数瞬前の己の愚行を嘆くしかなかった。

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