なれない
取り返しがつかないのってどれ?
人生やり直すとして、どこからやり直す?
使い古したラグにあぐらを描いた未来は何百回目の自答に耽る。深夜1時に目覚めたせいで頭はクリアだがどうにも無意味なことをしてしまうのは、未来の悪い癖だ。
未来は大きな窓から見える夜が好きだ。夜の方がたくさんの考えごとができた。それが不毛なものでも、夜は味方で、昼間は敵だった。
未来の夜に考えることといえば、だいたいこれだ。
人生をやり直すとしたら、どのあたりに戻れば自分はこうならなかったのか。
ユウマと出会う前?
コウを産む前?
カズヤを見つける前?
カズヤと会うことばかりに夢中になって、コウを置いてけぼりにしたあの夜?
身体中を掻きむしりたくなるような記憶がゴリゴリと今の記憶を押しのけて未来の世界の中で膨れ上がっていく。
これはきっと後悔と反省と言われるものだが、あいにく未来にはどちらもない。
未来の記憶の引き出しはおそらく他人より多いはずだが、開けることがあるのはほんの一握り。限界だった自分の偏った感情だけをこねくり回して、うまいこと自分を被害者に仕立て上げる。
どこに戻っても私はきっと同じことをする。
カズヤと出会うこともきっと私は拒否しないし、きっとコウも産んだ。悪いのは周りだ。
未来の考えの行き着く先はいつもこれだ。
周りが悪い。自分は周りが言ったことでおかしい道を進むしかなかっただけ。
自分はユウマもコウも捨ててまた別の土地を踏むし、カズヤがいなければ生きて行けないと泣く。
それは仕方のなかったことであり、反省すべき点はない。
未来は、要するにユウマとできちゃった結婚の末コウを産んだが、ユウマのハラスメントに耐えきれずカズヤと不倫した。それがバレたのでカズヤと逃げた。
未来はその2年後カズヤも平然と捨てて、新しい土地で新しい命を育んでいる。
全てを隠して。
我が子を二度と抱くこともなく、それを苦にせず。
我が子より優先した男も、結局捨てて。
毎日、毎年が薄ぼんやりと自分のしてきたことを誤魔化してくれることに安心している。
私がしてきたことなんて本当どうでもいい。
私は自分の正義から障害者施設を襲撃してないし、自暴自棄になって歩行者天国に車で突っ込んだり、自分より弱いものをいたぶったりしない。
私なんかより悪いやつはたくさんいる。私はそれだけを糧に生きていられる。
未来は大きめの主語で自衛するだけの女だが犯罪者ではない。
凄惨な犯罪や、動機のわからない性犯罪、様々なハラスメントを報道する媒体のおかげで未来はちょっとだけ元気になる。自分は生きてていいのだと安心する。
そろそろ2時になる時計を横目に、未来はラグに寝転がった。めんどくさい。このままゆっくり眠りながら死んでいけたら。
いつか殺しにきてくれたら。