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女神との別れ

「…くっ。すまねぇ。」


俺は今、冒険者ギルドの敷地内にある訓練所にいる。

そして、少し先の壁際で蹲り苦しんでいる教官を見ている。


「話さないでマイク教官。今、神聖治癒術をかけます。」


壁際で苦しんでいるマイク教官の傷口をなぞるように女性が手を翳しながら小声で何か呟いている。


おぉ…凄い。あれが神聖術か。


あの詐欺女神は最期まで俺に神聖術を見せてくれなかったからな。


彼女の手の輝きが強くなる。そして苦しんでいた教官が

立ち上がる程の回復を見せた。


凄いな。傷口が消えている。


「カイロだったな名前は。悪かったな。お前さんの実力なら何の問題もない。…合格だ。」


やっと…やっと…冒険者になれた。俺は自然と流れだす涙を拭う事もしなかった。

あの詐欺女神に騙されていたと気がついたのは13年も時間が経過してからだ。


この無駄な13年間に終わりがきた。同期にだいぶ遅れはしたが俺はようやくスタートラインに立てたんだ。


マイク教官が差し出した手を俺は両手で握りかえした。

本当に嬉しかった。


「ちょっと待って下さい。」


俺の感動の瞬間を遮ったのは、先程、教官の傷を見事な神聖術で治癒した女性だ。

彼女は俺の恩恵と実力が伴っていないと教官に告げている。


恩恵があれば勝ち負け関係なく冒険者にはなれるはずなのに彼女の何が気に入らないのだろうか。

もしかしたらマイク教官の演技が迫真過ぎたから俺が冒険者になる事が納得できないのかもしれない。


「あ、あなたの恩恵って何…よ。」


彼女は俺の顔もよく見ないで怯えながら質問を投げかけてきた。


「俺の恩恵は…【洗浄】だが、何か問題があるのか?」


俺の答えに、彼女は自身の背丈より長い杖を強く握りしめて叫びだした。


「そ、それが可怪しいのです。【洗浄】スキルなんて一般生活術です。そこらへんの雑貨屋さんで買えます。スクロールに手をかざすだけで…子供でも使えるようになるんです。」


そんな事…学がない俺でも知っている。俺が借りている宿屋の隣りの雑貨屋さんのお婆さんが教えてくれたからな。


二ヶ月前に俺はいつもの様に宿屋の部屋に魔石を持ち帰ったんだ。その時に部屋の扉が勢いよく開き男が出てきた。女神の護衛だとその時は思った。


部屋に入ると服装が乱れた女神様がベッドに腰掛けていた。そして俺が手にしている魔石を見ながら言ったんだ。


「そろそろ…ここも潮どきかしらね。」


女神様は俺から魔石を奪いとり俺を抱きしめてきた。


「カイロ…良く魔石を集めました。明日…文字化け解除の儀式を執り行います。」


抱きしめられながら俺は泣いたんだ。28歳にもなった男は女神様の胸の中で…子供みたいに泣いたんだ。


翌朝、俺はあの旧教会を訪れた。13年前より更に老朽化が目立つ教会の中であの日のように女神スフィアの前に立っている。


女神はスクロールを取り出し埃まみれの机に広げた。

手を差し出すように言われた俺は何の疑いもなくスクロール中心の魔法陣に手を置いた。


手から伝わる温かさが全身に広がる。自分でも分かる。

俺は特別な力を今…授かった事に。


「文字化けの恩恵は【洗浄】と読み取る事ができました。カイロの力となるでしょう。私の力も弱まり恩恵の説明が困難です。ですが…力ある者に人々は協力を惜しみません。明日、隣りの雑貨屋に赴きなさい。貴方は全てを知る権利があります。」


俺は女神様が、このまま居なくなると察した。紅く輝く左目の瞳。吸い込まれそうになる。そして13年の歳月が過ぎてもあの頃と何ら変わらない美貌。俺は女神様に

いつの間にか恋をしていた。


だから彼女を失いたく無かった。


でも、俺は女神様を引き止める事ができなかったんだ。

俺の想いを伝えても彼女は天界に戻らなければならない。


それでも俺は…


女神様が出ていった旧教会を俺は急いで出た。

やはり女神様に俺の想いを…


でも女神様の背中に生える漆黒の翼。それを羽ばたかせ空を舞う姿。そんな後ろ姿を見たら俺は旧教会前から踏み出す事が出来なくなっていた。


部屋に戻り俺は初めて一人でベッドで横になった。13年間で初めてだ。ずっと女神様がいたから部屋のベッドがこんなに広いとは知らなかったんだ。



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