猫又を飼うことになりまして
「あんたが妖怪に戻れたらお別れだからね」
「わかっている。何とか二人で解決策を見つけて行こうじゃないか」
部屋に連れ帰ってくると、ヨツバにとって猫又と暮らすということが現実味を帯びていった。
ご飯はともかく、お風呂とか寝るときとかどうしよう。
今まで恋人はいたことがない。大学生になって親元を離れたとはいえ、ヨツバはまだ十八だ。男女がひとつ屋根の下に住むことになってしまったと言えば両親は卒倒するに違いない。
黙っていようと心に決め、緊張をほぐすために大きく深呼吸をしていると、後ろから名前を呼ばれた。
「ヨツバ」
「は、はい?」
見目麗しい男と一緒に暮らすなんて本当にできるのかと迷いながら振り返ると、カーペットの上には部屋の三分の一を占めようかというほどの大きさの毛玉が転がっていた。
「俺の寝床はここでいい。恩に着るぞ、遠野ヨツバ」
「毛玉……」
「人型はやはり霊力を使うのでな。邪魔かもしれんが許してくれ」
ヨツバの先程までの心配はどこへやら、そこには美しい男の姿はなくただの大きな猫が座っているだけだった。
「寧ろ助かるっていうか、そうだよね猫又だったね、うん、よかったよかった。好きなとこでくつろいでいいし困ったことがあったら教えてくれたらいいから」
脱力し、そして安心したせいか、ついつい饒舌になる。自分は一体何を考えていたのか、と苦笑しながらベッドに腰掛けた。
「そうだ、ヨツバ」
「何?」
「俺は何もできないが、時々モフモフさせてやらんこともない。俺を番にするといい」
「……はあ、そうですか」
「本気だぞ」
「いいから寝ろ」
何が番だ。意味わかって言ってんのかコイツ。
舌打ちをしたい気持ちは心の中に閉じ込めて、床で丸まっている猫又を見つめる。
小さく笑って目を閉じる猫又は余程疲れていたらしく、ヨツバの視線を気にすることもなくすぐに眠った。
毛玉を暫し見つめてから、ヨツバは夕食の準備に取り掛かる。
今でこそ大学進学の関係で地元を離れているが、実家は騒々しいところだった。ヨツバには中学生の弟がふたり、小学生の妹がひとりいる。
母はいつまでたっても年齢こそ教えてくれないがまだ少女のように若く、世間知らずですぐに泣いた。生物学者をしている父は快活で少年じみており、名前も知らないような変わった生き物を家に連れ帰って来てはヨツバを困らせた。
自分の家族には子供しかいないのだと自覚したのは、ヨツバが八歳の時だ。
自分が誰よりもしっかりしなきゃ。そう思った。
二日に一度はちょっとしたことで泣きだす母親をなだめ、すぐ喧嘩する双子の弟を叱り、小さい身体で大食女な妹にご飯を食べさせて、すぐに虫を拾ってくる父親を「元いた場所に戻してきなさい!」と引っ叩いた。
家族のすべてを反面教師として、ヨツバは育った。静かな一人暮らしに憧れていた。
「こんなはずじゃなかったんだけどな」
ため息をつきながら、たった数週間で終わってしまった夢のような一人の暮らしに思いを馳せるのだった。