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あの世界へ、旅して

作者: 来田千斗

 戦い、傷つき、すべてを失い、戦い、勝利した。そうして俺は気が付けば、理解不能な物理法則の下意味不明な動きをする、生きているのかも分からないようなものが蠢く世界にいた。しばらく交流を図った後俺は右腕に取り付けられた機械に気づいた。ボタンとレバーがいくつかついている。少しいじると、真っ赤な鎧で体が覆われた。もう一度いじると、光線みたいなものが乱射された。さらにもう一度いじると、視界が歪んでまた別の理解不能な世界に投げ出された。少しそこにいるモノたちと交流を図った後、また機械をいじると今度は一発でほかの世界に出た。そこもまた理解不能だった。そんな生活を何万年か続けた。体は傷ついてもすぐに回復したし、不思議と腹は減らなかった。どの世界も全く別次元に奇想天外で、退屈することは無かった。こうして旅をしていればいつかは元居た世界にたどり着けるかもしれない。そうも思ったが、仲間はもう一人も生きていないという事を思い出した。少し落ち込んだが、時がたつにつれてその気持ちも薄れていった。

 旅を始めて十六万年ぐらいたった。暗闇に浮かびぼんやり光るふわふわとした生き物に一週間話し続けたが、何の反応も返ってこなかった。その世界はせいぜい百メートル四方しかなく、すぐに見るものもなくなった。そこで腕の機械をいじり、また別の世界に出た。

 久しぶりに感じる重力は懐かしかった。けれども、何百メートルもの高さから落下するのは痛かった。しばらく気絶した後意識をとりもどすと、辺りを見回した。木がたくさんある。霧が出ている。俺は森というもののない草原に住んでいたが、辺りにある植物が故郷のものにとても似ていることはわかった。

 起き上がり、懐かしい少し濡れた土の感触を足裏に感じながらあてもなく歩き始めた。少し歩くと静かな森から少し開けたところに出た。石や木で作られたみすぼらしい建物が並んでいる。井戸を囲んでしゃべっていた四人ほどの白い肌をした人間たちが逃げていった。肌の色や服装は違うが、数万年ぶりに人間に会えたことがうれしかった。だが、あちらはそうでもなかったようだ。武器を持った村人たちが現れる。

「儂はこの村の長、チャールスという。黒き肌、見慣れぬ服、そなたは南国に住むといわれる亜人ザジェ族の者だな?」

村人たちの中で最も年老いた男がそう話しかけてきた。全く知らない言語なのに、なぜか意味を理解できる。

「俺はゴウド。ザジェというものではない。俺には敵意はない…」

「ゴウド?今そう名乗ったのか?ただの亜人ならば追い返すだけにとどめるつもりであったが…禁忌を破る名を持つとは。掟破りには、苦しき死を与える。それが第一の掟だ。皆の衆、聞いたか?掟を愚弄する邪なる亜人に死を与えよ!」

槍を持った村人たちが掛け声とともに襲い掛かる。俺は元来た道を全速力で駆け戻った。ふと気づくと、後についてきているものはどこにもいなかった。極端な脚力の上昇の理由を考えながらゆっくりと歩く。ふと後ろを見ると、一本の矢が木々の間をぬう用に飛び、近づいてくる。普通の矢ならば不規則に生える木々に遮られて射手の姿も見えないほどの距離を飛んでくる事は出来ない。唖然としているうちに、その矢はとてつもない速さで近づいてくる。体勢を崩し、どうにか一旦避けたが、すぐにその矢は進行方向を変え、俺に襲い掛かった。もう駄目だ、そう思い目を閉じた。…いくら待っても、矢が刺さった気配はない。そっと目を開ける。目の前に、一人の人間が立っている。一瞬そう見えたが、そうでないことはすぐに分かった。浅黒い肌、真っ黒な長髪、そして二本の角と、身長の倍はある巨大な闇色の翼。六本の指が生えた手でしっかりと握られたギラギラと輝く一本の剣の下には、鏃を含めて切り裂かれ二本に分かれた矢が落ちていた。

「運が悪かったな、この近辺一の魔弓の使い手があの村には居た。…立てるか?」

「ああ。…助けてくれた事には礼を言おう。俺はゴウドという。お前は?」

「名乗るような名はない。その名と姿からして、この近辺の者ではないな。…いや、俺も南方に行ったことはあるが、その時に出会ったどの民族とも違う服装だな。どこの者だ?」

「かつて存在した、ボウシャ・ナ・ゼトーという種族に属していた」

「知らんな」

「そうだろう、俺の時間感覚が正しければもう何万年も昔の話だ」

「…いや、直近数百年で生まれた国でもない限り俺はすべての国を知っているはずだ。どういうことだ?」

「そういうことか。ここは俺の知っている世界ではない…」

「どういうことだ?」

「俺は無数の世界を旅してきた。ここもその一つ、たまたま俺の故郷の世界に似ているだけの世界だ。俺はこの世界を少し回ったらまた別の世界に旅立つ。それだけだ。お前に会うことはもうないだろう。じゃあ、俺はこれで」

「おい、待て。お前は何者なんだ?」

「さあな。変身!」

真っ赤な装甲を身に纏って、俺は飛び去った。

「あんなのあるなら助けるんじゃなかったな…いや、あいつは使えるかもしれないな」

悪魔(仮称)は翼を広げ飛び立ち、俺の後を追った。俺を探して森の中を進んでいた村人たちはその翼の音を聞き、空を見上げ恐れおののいたそうだ。

「掟破りの亜人、悪魔、ああ、この世の終わりだ!」

鎧の不思議な力で空を飛んでいた俺は、一際大きな町を見つけ降り立った。悪魔(仮称)はそれを上空から見守っていた。七色に塗られた巨大な建物の屋上に降り立った俺は装甲を一瞬にして消し、そこから地上に飛び降りた。派手なその建造物を見上げ立ち尽くす俺の前に、重武装した十数名の僧兵たちが現れる。

「私はユーハンス王国首府バーヒ中央神殿僧兵団長、ラジリエル。亜人よ、神聖なる七大天使の神殿より去れ。ここは亜人が存在していい場所ではない。如何様にしてここまでもぐりこんだのか知らぬが、亜人は亜人地区に住むよう定められている。去らぬ場合は、地獄へと送る」

「お前たちは誰でも非人間として扱うのか?俺は人間だ」

「貴様…よいか、人間とは、六天使の守護を受けるヒトのことだ。ユールーパの民以外は六天使の守護を受ける事は出来ない。生物学的なヒト以外と六天使を崇めるユールーパ人以外のヒトは人間ではない。亜人だ。お前は南方人であり、ユールーパの民ではない。それは肌の色から明らかだ。よって、お前は人間ではなく亜人だ。理解したか?」

「ああ、お前が差別主義者であるということはわかった」

「六天使の守護を受けるものと受けないモノを差別することはこの世界の摂理であり、六天使に守護されることのできる人間として生まれたことは誇るべきことだ」

「そうか。俺はここから動く気はない」

「仕方ない。殺せ」

村人たちよりもはるかに統制のとれた動きで、僧兵たちが襲い掛かる。…が、その攻撃は俺には届くことは無かった。悪魔(仮)が俺の前に立つ。

「き…貴様は…邪なる堕天使、オリフィエル…」

「おや、何百年も前に破門された俺の名を知る者がまだいたとは」

真っ青になり震える僧兵たちを一瞥すると、オリフィエルは俺を掴まえる。

「お前がこの世界の者ではないことはわかった。来い」

「また助けられたな。なぜ俺を追ってきた?」

「いいから来い」

 人気のない森の中の小屋。オリフィエルが地図を広げる。大陸の配置は俺がもともと住んでいた世界と似ていた。

「お前にはこの世界の常識を一から教える必要がありそうだな」

「なぜそこまでする?」

「今はまだ言えない」

「そうか」

「さて、これがこの世界の地図だ。世界を大きく分けると、我々が今いる場所、地図中央北がユールーパ、その南の大陸アユリーチャ、ユールーパから東に山脈を越えた先にあるアージヤ、そしてユールーパの西の海を越えた先にあるアミリジャの4つに分けられる。基本的に他の地域との交流はほとんどないため、他地域に対する偏見は大きい。まあ、いくらお前が空を飛べて不死身でもユールーパから出ることは当面ないだろうし、常識を知らなくてもほかの地域でなら言い訳できる。だが、ユールーパの常識については教えておこう。現代ユールーパで最大の権力を持っているのは天使信仰の中枢、ウルーマのバヂグァーン神殿だ。そもそも天使信仰とは、強大すぎる力を持つ唯一神を畏怖する人々の心から生まれた信仰で、神を『善悪を超越した危険と恵みを併せ持つ存在』とし、その神と『天使により地上世界の代表として選ばれた』人間を繋ぐ『正しき心を持つ寛大なる七柱の使者』の七大天使を信仰の対象とする宗教だ。一般的に崇められているのはミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエル、サマエル、ザカリエルの六柱だ」

「一柱余っているな」

「ああ。人々から『悪魔』と忌み嫌われる堕天使、天界の恥、裏切り者。それが俺、オリフィエルだ」

「そう悪人には見えないが」

「ハハ、そのうちわかるさ。ところでお前、なぜあの村人たちに追われていた?」

「よくわからないが、俺が名乗ったとたんに奴らは目の色を変えて襲い掛かってきた。『禁忌を破る名』だとか…」

「待て、お前、何という名だといったか?」

「ゴウドだ」

「なるほど…『ゴウド』という名は『神』を意味する『God』に通じることから禁忌とされている。神に関する禁忌は他のどんな禁忌よりも強く、純朴で敬虔な一般人からしてみれば殺す理由になる」

「マジかよ…偽名を考えなきゃなあ」

「そうだな」

その時、地中から何か巨大なものが現れ、俺たちのいた小屋を破壊した。山のように大きな、鶏のようなとさかを持つ蛇が俺たちを見下ろす。

「バジリスクか…俺の放つ邪気に呼び寄せられてきたようだな。気をつけろ、奴と目を合わせると痺れるぞ」

「了解。とりあえず本気でやるか。変身!」

『shiny fire! Break the darkness, hero! Hyper justice fighter, Tenth!』

俺の腕についた機械が叫び、輝き、真っ赤な鎧が身を包む。真っ赤な鎧に身を包んだ状態で俺はバジリスクの尾をつかむと奴の身体を振り回した。手を離すと、奴は遥か空の彼方へと飛んで行った。ついでに腕から光線を最大出力で出す。周囲の空気が電気を帯びてバリバリと轟音を立てる。数秒で光線は一瞬の敗北に戸惑っているバジリスクに届く。その1秒前にはすでにバジリスクは蒸発していた。光線は遥か上空、天球で乱反射し、真昼間だというのに世界中から見えるような花火が無数に現れた。え、天球⁉空の上には宇宙があるんじゃないのか?…そっか、ここ異世界だもんな…

「マジか…どうなってるんだお前…こんなの神ぐらいしかできない芸当だぞ?」

「いや、自分でも驚いている。なんださっきの?空…いや、この世界は半球の内側にある、という事か?俺の知っている世界とはずいぶん違うな」

「異世界は宇宙の構造も違うのか?」

「ああ。地球、すなわち俺が住んでいた球体の天体は太陽の周りを回っていた。そして太陽は地球よりもはるかに大きく、その太陽のような天体が宇宙には無数にある。俺が住んでいた宇宙は、果てしなく広がる広大なものだった」

「それはまた、面白いな。殆ど無限のように感じられるほど広大な宇宙、か…。この世界は、大きな円盤だ。円盤の上に俺たちは生きている。そして、青い色をした天球がその円盤を覆っていて、太陽や、月や、星々が天球の下を動いている。俺がいくら堕天使だ悪魔だと言ったところでこの世界から出たことは無い。そういう意味では、お前に教わることもあるのかもな」

「…小屋が消滅している…」

「まあ、どうせ住人が死に絶えた空き家だ。とりあえず町にでも行こう。そうだな、お前の偽名、さっきお前が変身した時の天の声で、『テンズ』とお前のことを呼んでいたな。それを使うのはどうだ?」

「いいかもしれないな」

「さっきお前が騒ぎを起こしたのとは別の町に向かう。人間が馬を飛ばしても一週間はかかる場所、この森の最奥部のエルフの町だ。俺について来い」

オリフィエルが翼を広げて飛び立ち、俺はそれに続く。

 深い森の上を暫く飛び続ける。オリフィエルが止まったのは、見飽きた森と一見何ら変わらないところだった。

「いいか、扉を開けるぞ。扉が開くのは一瞬だ。三二一で飛び込め。三、二、一、今だ!」

「え?」

「いいから飛び込め!」

中空に現れた大きな木製の扉が開く。急かされるままに飛び込むと、何処かの森の地上に出た。オリフィエルが近くの巨木に近づく。

「森の主、我が朋エルフよ、我等にその地アルフヘイムの扉を開き給え」

「名を申せ」

木の洞から声が響く。

「我が名はオリフィエル、悪魔と誹らるる弾かれ者よ。貴殿ら聡明なる我が朋エルフは弾かれ者を弾かぬと伝え聞きてな。我と友一人を貴殿らの邦へ迎え入れて下さりはせぬであろうか?」

「お久しぶりです、オリフィエルさん!入って入って」

「ありがとう、友よ」

「なに、あなたのしてくださったことと比べれば」

「そうか。さっきの花火には気づいたか?」

「ああ、またあなたが国一つでも潰されたのかと」

「ハハ、いくら俺でもあんな芸当できやしない。彼がバジリスクを爆破した余波だよ、あれは。異世界からの旅人だ」

「ゴuっ…テンズだ。よろしく頼む」

「へ~っ。よろしくお願いします、テンズさん。アルフヘイムの門番、クォーターエルフのクォールといいます」

木の洞から一人の青年が顔をのぞかせた。

 木の洞に入ると、そこにはまっすぐと伸びる薄暗い道があった。しばらく進むと光が見え、別の木の洞から外に出た。この世界では随分簡単に時空が歪むようだ。眩しい光にようやく慣れた目で辺りを見渡すと、まず初めに目に入ったのは目の前に立つ老人たちだった。白い肌、金髪、耳が少し長く老人としては背が高い。威厳にあふれた彼らが、オリフィエルに恭しく頭を下げた。

「アルフヘイムのエルフの長、セイクレッドエルフ(sacred elf)のクルゴンと申します。それから彼らは各村の長老たちです。あなたがいらしたと聞いて集まりました。あなたがここを訪れられるのは80年前、竜盾大戦の際以来でございますね。当時の長はヴァルハラに旅立たれ、30年前私が長を継ぎました。あなたの御恩は、当時参謀としてあの戦に加わった私もよく覚えています。我々は丁度、冬眠前の大祭に入るところでした。ぜひ、大祭に加わって頂きたいですな」

「ああ。俺もあの日々を共にしたあんたがたのことははっきりと覚えている。勿論祭りには参加させてもらうが、それよりも頼みたいことがある。彼のことだ」

オリフィエルが俺を指さす。

「彼は異世界からの旅人でな、随分と面白い力を色々と持っている。恐らくは、あの『神の息子』に勝るとも劣らない、神が下界をかき混ぜる為に与えた桁外れな力だろう」

「それは興味深い。うちの村のマッドソーサラー(mad sorcerer)共が喜んで研究素材にしますよ」

え?え?え⁉

「いやちょっ待っ、」

「あ、いや別に研究素材として提供する、って訳ではなく、ただ彼がどれほどの力を持っているのか、それをあんたがたの持つ世界最高水準の測定器で測ってほしい」

「それでも学者たちは大喜びしますな。では、ぜひ客室にお入りください。こちらです」

立派な客室に通され、暖炉の前の安楽室にオリフィエルに続いて座る。

「状況がよくわからないが…」

「そうだな。ここはエルフたちの住む街だ。彼らは森の中に小さな村に分かれて住む、人間とは違う種族だ。長い者は1万年生きるといわれるほど長命で聡明、高い魔力と技術力を持っている森の守り人だ。(韻を踏んでいるわけでは決してない。彼らの使用する言語はこの世界には存在しないものであり、邦訳の際に偶然韻を踏むことになった)彼らは数千年前までは雪に閉ざされた北方に住んでいたことから今も冬眠をする習慣が残っている。俺が彼らと関わりを持ったのは今から100年ほど前のことだ。当時、エルフと人間との戦争は激化し、エルフの村は半分以上滅んでしまっていた。数百年ぶりにユールーパに戻ってきた俺は、エルフたちが人間に憎まれるわけを知ろうと、森の奥のエルフの村に戦場から帰る彼らの後をつけて向かった。それで、善良な彼らが誤解と人間側の過ちにより絶滅の崖っぷちに立たされていると知り、少数精鋭で負けが近い彼らを味方につける利が、俺の力を借りずとも勝利が目前にあって俺を昔から憎んでいる烏合の衆の人間どもに味方するよりも、傍観を決め込むよりも利が大きいと判断したから、彼らを助けたわけだ。ま、俺が本気を出せば人間の国の一つや二つ一週間で滅ぼせる。そしてそうすれば、他の人間どもは恐れをなして兵を引く。そうして俺は彼らの英雄になった。しばらくはここにいたが、あまり一所に長く留まるのは好きではないからな、最初の戦いの20年後に俺の恐怖を味わっていない世代の若王が挑んできたのを退けた後旅立った。あの戦いの後、エルフの町、ここアルフヘイムに入るためには昼とったような方法をとるようになった。普通に森の中を進んでも着く事は出来ない。いい悪いは別として人間とエルフの交流は断たれ、平和が続いている。少なくとも、俺の把握する範囲は。彼らの魔法技術は、この世界全体でも最高といわれる。というか、お前の戦力の測定ができるのは彼らぐらいだろう。人間たちはお前を受け入れないだろうし、彼らの機器の測定上限ではお前の能力は測れない」

「そんなに俺の力は強いのか?」

「ああ。お前が倒したバジリスク、あれは上手く使えば国の一つや二つ簡単に滅ぼせる程の強力な魔物だ。それをお前は易々と倒した。俺はこの世界の創生から生きているが、あのレベルの力を見せたのは神の他には筆頭大天使ミカエルか〈神の息子〉ぐらいだ。お前の力はそれだけ大きい。正確な測定をした上で、お前を今後どう扱うか決める」

「なるほど…今日は色々あって疲れた。少し休ませてくれ」

「そうだな」

食事をし、体を洗い、灯を消して布団に入る。オリフィエルが寝たことを確認し、部屋から出る。

「一応命を救われたとはいえあいつはどうにも胡散臭い…ここに留まるかどうかもう少し情報を集めよう」

腕の機械を操作して目を暗視モードにする。自分でも意味が分からないがそういうことが出来るのだ。万能性が高い。木々の間の広場にあるエルフたちの集会場に身体を透明にして入り込む。長老たちが低い声で話し合っている。

「…強い魔力を探知…警戒が…」

「調査に…各村より…」

「…聖地を…」

よく聞き取れない。俺について話しているのか?もう少し近づこうとした時、雷鳴のような音が響いた。

「邪なる堕天使オリフィエルよ、異界から神に会うためにもたらされし客人を無知蒙昧で野蛮な亜人共のもとに連れ去ったのは貴様だな。貴様が幾度我等より逃げたかは知らぬが、此度こそその身を討ち滅ぼし、我等が神に捧げてくれる‼」

数秒前までは晴れていたというのに星々が隠れ、叩き付けるような雨が降り注ぐ。雷に照らされ、一人の少女が空から降り立った。

「亜人には興味はない。私の邪魔をしなければ手出しはせぬ。客人は…透明になっても気配はあるな。我らが神のもとへ来い。オリフィエルは、その小屋の中か。アーシュヒフトゼーヨ」

無数の火球が客室に降り注ぐ。客室が爆発した直後、爆風と共に一つの影が跳び上がり少女に斬りかかる。その剣は素手で塞がれ、オリフィエルが着地した。

「ミカエル、何故今、何故何百年も俺を放置しておいて、襲い来る?」

「全て我等が神の意志だ。貴様を捨て置いたことも、今処分しに来たことも。その異界からの客人を渡せ。さすれば苦しめずに殺してやろう」

「テンズ、力を貸せ!」

「断る。お前は信用できない。勿論その少女も信用できないが、神とやらには会ってみたい」

あのエルフの長老たちの会話、オリフィエルの性格、人間たちに忌み嫌われるわけ。あの瞬間俺の見た周囲の姿は、命の恩人(彼に救われずとも死ぬことは無かった)への不信感を呼び覚ますのには十分すぎた。

「俺をその、『神』の下へ連れて行け」

「素晴らしい。我等が神は喜ばれるであろう」

「テンズ…!失望したぞ」

雷鳴が響く。地獄へも届くであろう激しいうめき声を背に、俺は天へと飛び立った。

「ここから南西に飛んだ先にある聖地から、我等が神のいらっしゃる空間へと案内する。付いて来い」

ミカエルの後を追い、音よりも早く聖地へと飛ぶ。聖地へ降り立とうとすると、神殿を取り囲む群衆の歓声が聞こえた。

「大天使様が降臨なされたぞ!」「病を癒して下さいませ!」「正義の裁きを!」

ミカエルが彼らに投げ与えた微かな光に人々が群がり圧死する。

「彼らは現世で望みを失い、最後の望みをかけてここに集まった。あの光には治癒効果があるが、あの量では役には立たない。まあ、信仰を維持させるには恵みを与えなければな」

神殿に入り、奥へと進む。最奥部では、まるで模様の様になった長い長い文字の羅列が六柱の巨大な天使像と、足だけが残りそれ以外がまるで破壊されたかのような台座に取り囲まれていた。

「我等が偉大なる神よ、ただいま戻りました。異界の客人をお連れ致しました。謁見の間への入室をお許しくださいますか?」

「許す」

文字が青く光り、真っ暗な空間に送られた。半秒ほど待つと辺りが少し光り、周囲が見えるようになる。そして、どこからともなく声が聞こえた。

『ミカエル、ご苦労だった。』

「はっ」

ミカエルが跪く。

『久しいな、若者よ。私の宇宙に迷い込んでくれるとは。私を覚えているか?』

「俺にこの力を下さった…」

『そうだ。せっかく私の宇宙に来たのだ、少し話そう。ミカエル、席を外してくれ』

「はっ」

ミカエルが消え、薄暗い空間には俺と、何処かこちらからは見えないところから話しかけてくる神だけが残された。

『君の名前は…そう、テンズといったな。少し私たちについて話そう。初めに会ったときにも軽く説明したと思うが、私は君の故郷の世界や、君が先程までいた世界を創造したものだ。私は、私の世界で言うところの〈第0レベル0-0点世界〉の科学者だ。といっても、それは私の世界が自らの世界を基準にしているための表記であって、君の世界では〈第マイナス1レベル0-0点世界〉と呼ばれるようになる。私は君の住んでいた世界を造り、観察した。そして、君があの世界にいた時代から20万年ほど後の時代に作られた物語世界体系を参考にして、この世界を創造した』

「俺は16万年しか生きていないのに、なぜ4万年後のものを参考にした世界が何千年も前から存在しているのですか?」

『ふむ…例えば、ここに机がある』

その言葉と共に、何もない所から石造りの高級そうな机が現れる。

『この机を、宇宙の苗床とする。そして、この綱を私たちの創造した宇宙とする』

無数の綱が机の上に現れる。それぞれの糸は肉眼で見分けられるかどうかといった太さの糸が束ねられてできており、片方の端からもう片方の端へと進むにつれて構成する糸の数は増えていっている。そんな無数の綱が机の上に不規則に散らばっている。いくつかの綱は机からはみ出し、なぜか机の裏側にはみ出した部分が張り付いている。

「これは…?」

『私たちの見る下位宇宙は、大まかに言うとこのようなものだ。綱の細い端は世界の始まり、太い端は世界の終わりだ。上から見れば、はみ出して机の裏に張り付いた部分以外を同時に把握することが出来る。私たちはまず、初期設定を設定した〈世界の種〉を創造する。そしてその〈世界の種〉をこの苗床へ落すと、〈世界の種〉は私たちから見て一瞬にして偶然に左右される無数のパラレルワールド、すなわち一本一本の細い糸に分かれて成長する。私たちは、一時にそのほとんどの時点と地点を把握することが出来る。しかし、私たちが把握できない場所が一つだけある。机の裏だ。滅びずに長く続いた世界は時に、この苗床からはみ出る。そして私たちに把握できない場所、机の下に隠れてしまう。まれに一周回って机の表に現れることもあるが、何にせよ観察出来なくなる。それは望ましくないが、かといって苗床に直接触ると繊細な世界を破壊してしまうかもしれない。そこで我々は君のような存在を作り出した。一つの世界の知性体を別の世界へ強大な力と共に送り込み、無駄な時代を削る。歴史をコンパクトにし、世界が机の裏に回り込むことを防ぐ』

「つまり、俺に世界を破壊しろ、と言っているわけですか?いくら何でもそれは…」

『そういうわけではない。君のような強大な存在は、この停滞した平和な世界では、存在するだけで世界情勢をひっくり返す。君の場合では、バジリスクを殺した際に用いた光線が当てはまる。世界中から目撃されたあの光線の責任のなすりつけ合いとどこかの国が超兵器を開発したのではないかという疑心暗鬼から今あの世界では大規模な戦乱が始まろうとしている。人族やらエルフやらドワーフやら天使やら、種族同士が憎み合い、結束し、殺し合う。そうして変化が起こり、停滞した歴史が前に進む』

「けれども、その歴史は本来とは変わってしまっているのでは…」

『いいや。停滞した時代から歴史が動く場合、トリガーが何であろうとも変化後の世界は最終的に類似したものに落ち着くことが創世学では一般的に知られている。結果的に起きていたことを何千年か早めただけだ。まあ、この世界をコンパクトにする必要はないわけではあるが…』

「どういう…」

『いや、ネタバラシをするわけにはいけない、何でもない。君にはタロス(戦闘機械)を一体授けよう。贔屓の国に戦力として与えてもいいし、護衛として使ってもいい。まあ、君には必要ないだろうが。また会うことがあれば、話そうか。ミカエル、彼を下界へと連れ帰ってくれ』

「はっ」

困惑するうちに丁度入室した時の逆に辺りの光が消え、謁見の間から神殿へと弾かれた。

「心配されるな、客人どの。我等が神は我等との謁見も度々中途で打ち切られる。さて、タロス、か」

「ミカエルさん、例の兵器が…」

初老の職人といった様相の天使が駆けてくる。

「ああ、あなたが例の異界の旅人ですか。大天使第四席、ウリエルといいます。ミカエルさん、少しお時間を…」

「ああ。異界の旅人よ、しばしお待ちを」

二人が神殿の中を駆けていく。待機なんかしてたまるか、と思いその後を追った。

「終末殺戮兵器クローザーが、」

「究極最終暗黒破壊兵器フィニシャーです。クローザーは二千年前にゴモラを滅ぼしたタロスです」

「ああそうか…そのフィニシャーを南方のヌァジミに赴かせたのだな」

「はい。王が神殿への寄付を拒否したことへの罰として、帝国を消すよう命じましたが、わずか一万名を殺戮した後破壊を完了せず途中で機能を停止し、現在は我々の命令に従うことを拒んでいます」

「堕天使、エルフ、人間などの工作の可能性は?」

「その種の工作は探知されていません。故障またはタロスの暴走かと…」

「ふむ。今使える状態のタロスは他にあるか?」

「ありませぬ。タロスはせいぜい数十万名を手にかけた段階で脳に異常をきたし、使い物にならなくなります。素材の採集もかなり難易度が高いですし…しかし、わずか一万名で故障するというのは前代未聞です」

「そうか…我等が神の意志、すなわち例の客人にタロスを一体授けることの実行はしばらく困難そうだな。彼の相手を頼む」

「それでは…」

「ああ。これよりヌァジミへ赴く」

ミカエルが飛び立つ。気付かれないよう、慎重に後を追う。なんだか懐かしい感じのする広大な砂漠を飛び続けること数時間、砂漠が草原に変わり、もくもくと煙を立てる都市が目に入った。市街地の2割ほどが瓦礫の山と化し、所々に火の手が上がっている。死に覆われた区域に一つ、傷一つない建物があった。植物や図形の模様で構成された六つの文様と不自然に焼け焦げた文様の後が屋上に描かれている。つまり神殿なのだろう。ミカエルの後を追い神殿に入ろうとしたその時、自分が罠にかかって捕らえられたことに気づいた。

「客人、やはり私をつけていたようだな。神殿長、彼を丁重に個室へお連れしろ」

「了解しました」

さて、どうしたものか。この場であの俺と似た肌の色の神官を殺さずに止め、この罠から抜け出し、例のタロスを探しに行く事は出来る。よし、実行しよう。光の縄を呼び出し、神官をとらえる。鋼鉄の檻を捻じ曲げて、隙間をつくる。神殿から外に出た次の瞬間、後頭部に強い衝撃を感じ、一瞬意識が遠のいた。振り返ると、そこには弩を構えたミカエルがいた。

「ほう、これでも生き延びるとは…やはりお前には、私と同等の力が与えられているようだな。我等が神の意志は深淵で計り知れぬが、ともかく我等の邪魔となる存在を消す許しは初めからある。アーシュヒフトゼーヨ」

オリフィエルを襲った火球が降り注ぐ。爆発で俺の皮膚が、骨が、内臓が吹き飛ぶ。が、俺の再生能力はそれを上回る。物理攻撃が効くわけがない。煙が晴れた時、ミカエルが見たものは絶望、それだけだった。

「変身」

腕から、目から、全身から、周囲の中空から、光線を放つ。ミカエルの防御魔法陣は一瞬にして崩れ去り、光線が一気に叩き付けられる。巨大な爆発の後には、何も残らなかった。とはいえ、別に天使や神官を殺したわけではない。彼らは生かしておいている。その絶望は体感しただろう。それなら、邪魔されることは無い。“フィニシャー”か。面白そうだ。そう思い、タロスを見つけるため飛び立つ。その場所は探す前もなく見つかった。兵士たちが集まっている。ここはオリフィエルの言っていた事によればアユリーチャ、人々の外見は俺と似ている。つまり、服装さえ変えれば紛れ込める。少し高度を下げて目に入った兵士たちは、派手な鎧を着ていた。つまり、変身後の状態から頭だけ戻せば、紛れ込める。そう思い、紛れ込んだ。

 そのタロスは遠くから見ても大きく、おそらく俺の身長があった。その近くで野次馬を整理している兵士に話しかける。

「すまん、準備に手間取っていて遅れた」

「ん?誰だ、お前?」

「少し遠くから応援に来ました、テンズといいます。今の状況はどうですか?」

「奴は今日の深夜にここを襲い、大勢の市民と我々の同僚を殺戮した。が、市街地の一部を破壊した後、明け方頃に急に活動を停止した。今は活動の再開に備えて警戒している…だが、奴には停止した今でさえ我々の攻撃が功を成さない。私は市民の避難を進めるよう進言したのだが…」

「へえ…あれが活動を止めた時の状況はわかりますか?」

「よく聞いてくれた、目撃者たる私の話をしっかり聞いてくれたのは君が最初だ。それは朝日が町を真赤に照らした瞬間だった。奴の殺戮は止まる様子はなく、私は立ち向かう勇気を失い、情けない事に物陰に隠れていた。そのとき、奴が恐怖に震える少女に襲い掛かったのだ。私は咄嗟に彼女を庇おうと物陰から飛び出た。が、その時にはもう既に奴は動きを止めていた。私の見たところでは、奴は天使を恐れ敬うことを忘れたこの町の民への罰として下されたものなのだろうと思う。しかし奴は、未だ信心を失っていない純粋な少女の前に罰の執行を止めたのだ。ああ、偉大なる六天使よ、不信心な我等をどうかお許し下され」

「はあ…」

状況を考えれば、紛れ込む必要性はなさそうだ。そのタロスの近くまで行ってこの目で観察しよう、そう思った。軽く感謝を述べて野次馬整理の兵士と別れると、兵士のふりをしてタロスの近くへと向かう。大勢を殺したはずのそれは光のように真っ白で、身体のパーツは人と同じでありながら全体像は人とは全く違う異形だった。しかし、おぞましいとか恐いとかといった感情は全く想起されず、むしろ美しいとさえ思わされるようだった。思わず足を止めたが、周囲の兵士たちの険しい顔が、それが大勢を殺したものだ、と思い出させた。

「待て。これより先に進むことは…」

「王命だ。通せ」

「証書を」

「その必要はない。通さないのなら、王に報告する」

返事はなかった。タロスの発する熱風が近くに感じられる。

「なぜお前は、天使の命に背いて破壊を止めた?好奇心でここまで来てしまったが、それを知れない内はこの町から去りたくはない。お前に、意思はあるのか?」

じっと見つめていると、タロスの目に光が灯った。

「私は…何をしてしまったのだ?私は何者だ?私はなぜ、彼らを殺した?主はどこにいらっしゃる?この町の民を一人残さず殺せ…だと?なぜだ?ウッ、ウワァ――ッ」

その声と共に、タロスが暴れだす。その腕が兵士の首を掴んだその時、翼の音が響いた。タロスを含む全員が空を見上げる。漆黒の堕天使が、兵士をタロスから救った。

「これだから、天使どもは嫌いだ。税を納めない人々を虐殺する。自分勝手で尊大で…テンズ、やはりここにいたか。来い」

「ああ」

タロスを連れて飛び立った、オリフィエルと俺は砂漠の真ん中に降り立った。

「俺も悪かったと思っている。確かに俺のあの態度では、誤解してくれと言っているようなものだった。お前が聞いたエルフたちの話は、このタロスに関する事だった。俺の目的についてはこれから話す」

「すまない、お前を見捨ててしまって。だが、お前は死なないと思っていた」

「当たり前だ。お前がミカエルに勝ったのは見ていたぞ。森エルフを憎む性格の悪い古氷雪エルフが伸びているのにはスカッとした。さて…どこから話そうか…そうだな、まず我々天使とは何か話そう。そもそも天使とは、この世界の始まりには存在しなかった種族だ。今から一万年以上前、創世歴70年。世界中の様々な種族の猛者が神の呼びかけに応え、聖地に集まった。彼らは神に祈りを捧げ、別の世界に住む神とこの世界の人類との架け橋、連絡係、伝道者、すなわち天使となった。その中でも特に強力な七名が、神と直接会話することを許される大天使となった。天使は神に限りなく近く、基本的に神の命に従うが、神からは独立した種族だ。彼らは各地の神殿と協力して人々から税を取り立てる。それは特に非難する事ではないし、天使だったころの俺も疑問を持たずに徴税をしていた。しかしある時、天使の絶対性を脅かす出来事が起きた。一つは、ゴモラとソドムという町に住む一部のドワーフ族が納税を拒否したこと。そしてもう一つが、〈預言者〉の出現だ。はじめ天使たちは納税を拒否した人々に天使信仰の利を説いた。次に彼らに奇跡を与え、信仰に戻らせようとした。その試みが失敗に終わった頃、我々が目にしたのは驚くべき光景だった。人々は俺達の力を借りずとも幸福に暮らし、かつて天使が祀られていた神殿を〈預言者〉を祀るものに改装した。俺達は神に尋ねた。『何故我々から信者を奪われるのでしょうか?』神の返事は、『天使と預言者の差は年齢差だけだ。彼らを受け入れよ』というものだった。既得権益が奪われることを恐れた俺以外の大天使は、俺が遠征していたことを利用しソドムとゴモラの破壊を強行した。確かにその後しばらく周囲の他の国は天使に服従した。が、天使の栄光は結局短期間で終わった。預言者がその短い寿命を終えると、神が彼を〈聖人〉として甦らせ、大天使と同列の存在に加えた。人々は信仰の対象を天使から聖人へと移し始めた。俺は聖人との平和共存を訴えたが、6対1で俺の意見は無視され、天使と聖人は本格的に争い始めた。俺は傍観していたが、その闘いは激しいものだった。三大聖人〈神の息子〉、ムハーマ、ブッターと三大天使ミカエル、ガブリエル、ラファエルの戦いはアトゥランテスと呼ばれるユールーパとアミリジャの間にあった大陸がその余波で消滅したほど激しかった。戦争は天使の勝利に終わり、その結果はお前が今日目にした通りだ。人々の激しい信仰を受ける天使たちの横暴は止められることは無い。時折神は預言者を生むが、天使たちに消される。俺はそんな状況に嫌気がさして天使であることを止めた。が、奴らと共にいたという事実は消せない。俺は天使達へのささやかな抵抗を今も続けている。まあ、お前には勝てそうにないが」

「へえ」

「さて…このタロスは壊そうと思うが…」

「待ってくれ。何か引っかかるんだ。通常の数十分の一を殺しただけで止まる…というより、自分がした事の重大さを目視して止まった?」

「待て、それは本当か?」

「ああ…ミカエルの言うことと兵士の目撃証言が正しければ…」

「それは…面白いことになったな…」

オリフィエルがにやりと笑う。

「もしそれが正しければ、ウリエルは自分で気付かぬうちにシンギュラリティを起こしていた、という事になるな。条件は…偶然か?それとも途中で陽が昇ったことに関連が…?何はともあれ、これは切り札に成り得る…」

その時、タロスが再び目を覚ました。

「何故、我は死んでいない…?」

「目覚めたか、タロス」

「我が名は究極最終暗黒破壊兵器フィニシャー。処刑前くらい固有名で呼べ」

「いいかフィニシャー。俺はお前を殺す気はない。俺の計画に協力しろ。ノーと言ったならば、お前をウリエルの下に突き返す。再調整されて再び殺戮兵器に戻されたくなければ、俺に協力しろ」

「出来ぬ」

「何故だ?」

「我は殺しすぎた。この罪を贖う為、我は処刑される。それが正しい。しかして、我はお主の命に従う事は出来ぬ」

「俺のために戦うことは、再び悲劇を起こさない為にもなる。それでも拒絶するか?」

「…話を聞こう」

「テンズ、お前も戦ってくれるな?否とは言わせん」

「ああ。どうせなら、良心に従おう。さて、この三人で何をしようというんだ?」

「目標は、天使を高みから引き摺り下ろすことだ。これまでの悲劇は、彼らとそれ以外の種族の間の余りにも大きな不均衡に因るところが大きい。彼らの受ける神の守護を奪い、神に返上する」

「出来るのか?そんなことが」

「ああ。俺たちが神から力を得た儀式の逆をすればいいだけだ。天使、聖人、その他この世界に存在する全ての神の守護を受けるものを素の状態に戻す」

「なるほど。だが、それは俺の力も失われる、という事か?」

「そういうことだな…お前はいつでも他の世界へと行けるんだろう?俺が儀式をできるよう準備する手助けをお前には頼みたい。儀式の直前にお前は他の世界に脱出しろ」

「…ああ。心苦しいが、それが最善だ」

そうとしか言いようがなかった。この世界を旅するうちに俺の中では、たとえ原形を留めていなくても、故郷に戻りたいという思いが強くなりつつあった。この世界も悪くないが、骨を埋める気にはなれない。願わくは、オリフィエルには人間として幸福な余生を送ってほしい。そう思っているとゴウドが口を開いた。

「よし、フィニシャーの調整が終わり次第聖地へと出発しよう」

「我を?」

「ああ。今の状態だとウリエルに遠隔操作される可能性がある」

「そうか。何処で調整を…」

「ここ、というか正確にはこの地下だ。俺は無駄に長く生きているからな、全世界に伝手と隠れ家がある。ヌァジミの友人は50年前に死んだが、彼女と共に作った隠れ家はこの足元にある。テンズ、ここでの見張りを頼めるか?ミカエルが追って来るかも知れないし、そうでなくとも俺の交友を何処かで嗅ぎ付けた天使の奇襲があるかもしれない。ミカエルが俺に止めをささなかったことを考えれば可能性は高い。という事で、よろしく」

砂漠の砂を少し掘ると扉が現れ、オリフィエルとフィニシャーが入っていった。3時間の間に数十人の小天使の集団と天使に唆されたと思しき人間の軍が襲ってきて、俺に拘束された。

「小天使の大半をここでの襲撃に充てるとは…彼らは随分焦っているようだな。好都合だ、聖地への行程での邪魔は少ないだろう」

フィニシャーの調整を終えたオリフィエルがそう言い、俺たちは飛び立った。途中大天使第5席を名乗るサマエルの妨害があったが、数秒以内に俺の力技に敗れた。夕暮れのころ聖地に着いた俺たちは神殿へと足を踏み入れた。

「神殿最奥部の魔法陣で魔力返納の儀式を行う。行くぞ」

俺たちの進む道に4つの人影が現れた。ゴウドによれば右からウリエル、ガブリエル、ラファエル、ザカリエルだそうだ。幅10メートルほどの通路で戦闘が始まった。

「変しっ…」

「君の桁外れの火力のことは朋ミカエルが伝えてくれた。その奇怪な鎧を纏わせはせん」

ガブリエルが太刀を至近距離で振る。

「いくら君の再生力が強くとも、儂がその奇怪な腕輪を叩き切ればくたばるだろう?」

俺がガブリエルの太刀を避けながら見ていたところその頃オリフィエルはザカリエルと戦っていた。その戦力は拮抗してはいるもののオリフィエルが主にその覚悟を糧に少し押していたようだ。フィニシャーはウリエルと戦っていた。そもそもタロスの戦力とは人間以上天使以下に設定されるのが常だそうで、オリフィエルの調整によりフィニシャーはいくらか強化されていたとはいえ苦戦していた。

「まさか私のタロスが堕天使如きに奪われるとは、この欠陥品‼」

「我は欠陥品ではない。己が意志、心で主人に逆らっている」

フィニシャーの感情は静かに沸騰し、その動きは見違えて力強くなった。

「よし、二人とも良い感じのようだ。二人を巻き込む心配はなさそうだ、俺も本気を出そう」

「な…」

「変身。光線一斉発射。オリフィエル、フィニシャー、避けろ‼」

結局のところ、俺は手加減をしていただけだ。三人の天使が信じられないものを見るような目でこちらを見る。その目はすぐに、光を失った。

「…間近で見ると本当に神の気まぐれを感じるな。神は俺たちに同じだけの力を与えることもできたのに、そうはしなかった。不思議なものだ」

「そうだな…ラファエルはどこにいる?」

「おそらく魔法陣の間だろうな。さて、急ぐぞ」

通路を奥へと走ると、つい一日前に来たばかりの魔法陣の間に出た。が、部屋の景観は全く変わっていた。6体の天使像は消え、薄暗い部屋の真ん中で光のない魔法陣の上に跪くラファエルが目立っていた。

「ラファエル、何をするつもりだ?」

「オリフィエル、あなたが私にそのような無礼な物言いをするとは。…時の運が回ったのでしょうね。ですが、私はあなたにこの世界から神の守護を消させはしません。玉砕とは実にあなたらしいけれども、私は大人しく死ぬつもりはありません。天使像に込められた非常用の魔力を使い、たったいま魔法陣を起動しました。この世界に留まっても勝ち目がないことは分かっています。私はこれから神の世界へと旅します。我等が神は私を受け入れて下さるでしょう。さようなら」

ラファエルが一瞬消え、すぐに再び現れた。

「ど、どういうことですか?我等が神よ…」

『君たちは私たちにとっては実験室の中の存在でしかない。君たちを私たちの世界に移植する事は出来ない。これは物理的に不可能なことだ。それに、私たちはこの、私たちが力を与えた者たち同士の戦いを見届けたいと思っている。どちらかに肩入れしようとは思わない』

そのあとの戦いの決着は一瞬にしてついた。オリフィエルが魔方陣に手をかざす。

「テンズ、フィニシャーを連れて行け」

「え…?」

「我が力は神に天使の力が元となっている。儀式を行えば、我は直ぐに鉄の塊になる。そうせぬためにはお前と共に異界へと赴く必要がある。オリフィエルが我に異界への転移技術を与えた」

「ということだ。縁も所縁もないお前がこのような事をしてくれた事には感謝している」

「ああ。時が巡り合った時にまた会おう」

「…、ああ」

オリフィエルが何故か少し苦しげに返事を返した。

「さあ、もう行け。儀式を始めたら神の力は吸い取られるだけだ」

フィニシャーが異世界への転移陣を開いた。

「転移陣は余り長くは持たぬ。行くぞ」

転移陣を通る前、最後に振り返った時のオリフィエルはこちらに背中を向けていて表情を推し量る事は出来なかった。

 転移陣から出ると、そこは広い海の上だった。俺とフィニシャーは水飛沫を立てて海に落ちた。少し飛ぶと小さな島があった。流木で焚火を起こし、身体を乾かそうとした。

「なぜお前はああいった?」

「何のことだ?」

「お前はオリフィエルにまた会おう、と言ったな。何故不可能なことを約束した?」

「確かに偶々あの世界にもう一度辿り着いて彼に会えるという可能性は低いかもしれないが、それでも…」

「お前は気が付かなかったのか?オリフィエルは本来人間だ。その寿命はせいぜい百年。彼は神の力で一万年以上も生きていたから、本来の寿命はとうに過ぎているわけだ。神の力を彼から奪えば、死体すら残らないだろう」

「は…?」

フィニシャーの言葉が、頭に入ってこなかった。心が理解を拒んでいる。

「お、俺は、オリフィエルを、殺した…」

「そんなことは無い。彼はその望みを叶えた。彼は自分が死ぬことを知った上であの道を選んだ」

不思議なことに、たった二日前に出会ったばかりの人間の死が、とてつもなく悲しかった。

 俺はフィニシャーと共に旅を続けた。何故だかあの天使達の世界から後に行った世界は皆俺の故郷と極端な違いがなかった。二人旅を始めてから3万年程経ったある日。夜、焚火を見つめているとフィニシャーが口を開いた。

「オリフィエルが死んだ日のことを思い出した」

「どうした?急に」

「お前が何故あのような表情をしたのか、ずっと解らなかった。だが最近、やっとわかった。我が心は人間のそれとは違うものだ。それでも、長く共にいればお前の心は少しずつ分かるようになる。友を失う悲しみというのは、重いものなのだろうな。今までずっとあと少しで解りそうだと思っていたが、今日村で出会った、魔物に家族を殺された男の慟哭を見てやっとしっくり来た」

「…そうか」

「テンズ、お前の人間性はよく知っているが、お前がどこから来た人間なのか、聞いたことが無いと思いだした」

「…そうだな。話そうか。俺の世界はお前が造られた世界を創った神によって創られた。神が世界を創った頃、あの世界は小さな世界だったらしい。初めにあった7つの文明はそれぞれ文明を発達させ、その内の3つが特に高度な文明を築いた。その内の一つの文明は他とは別の物質で出来ていて、世界のうちの自分たちを構成する物質の割合を上げようと試み、その為に自分たちを構成する物質を大量に生成した。一方でその副作用として、残りの六つの文明を構成する所謂〈通常物質〉も増大した。結果誕生した広大な通常物質の空の空間に別の文明がたくさんの星々を造った。また別の文明がその星々に生命を植え付けた。植え付けられた生命は進化して文明を造り、13の文明が出来た。その中で最も力を持った〈神族〉はまだ文明を持たない星の生命に文明を与える実験を行った。名前が紛らわしいので神族の方を俺の故郷の言葉から〈ゼトー〉と呼ぼう。ゼトーの母星は早い段階で失われ、彼らは異星からの略奪を続ける流浪の民となった。俺は今から19万年ほど前、故郷の星の〈王領〉で生まれた。俺が生まれる5千年程前にゼトーは地球を訪れて当時知性の片鱗を見せていた猿に文明を与え、そうして生まれた人類を、ゼトーを崇める王に蟻のように従う人々から成る〈王領〉とゼトーを崇める人々から成る〈ボウシャ・ナ・ゼトー〉に分断し争わせていた」

「ん?その二種のどこが違うのだ?」

「大きな違いがある。王領ではゼトーを崇めるのは王族だけで、一般人は王に盲従するようゼトーにより遺伝子に刻まれていた。しかし、王領民からは一定の確率でゼトーを信仰する者が生まれる。自らに従わない者の存在を恐れた初期の王族は彼らを追放した。ゼトーは追放された人々に技術を与え、追放された人々の中で誕生した二つの政体を競い合わせながら王領と並ぶ国家を築かせた。追放された人々は自らを〈ボウシャ・ナ・ゼトー〉と呼んだ。〈神を信じる者〉という意味だ。俺は王領の一般人の子として生まれ、王領から追放されてボウシャ・ナ・ゼトーの一員となった。が、全てはゼトーの実験だった。その頃ゼトーは実験を終了できる段階になったと判断し、太陽系自体を資源にしようと巨大な宇宙船で地球に近づいた。ボウシャ・ナ・ゼトーの地下都市は宇宙船の重力による地震であっけなく崩壊し、俺の友は全滅した」

「それは…」

「昔のことだ、いい。瀕死の俺の前に現れたのが、その時偶々あの広大な宇宙の中の俺の星を見ていた、という神だった。神は俺に力を与え、俺はその力でゼトーに復讐を果たした。まあ、神にとって俺は実験を進めるための駒に過ぎなかったわけだが。神は俺をただ、世界をかき混ぜる素材としか見ていなかった。まあ、自分の望みを叶えられる力が手に入ったし、俺にとっても喜ばしい事だったのだろう」

「顔が強張っているぞ」

「…そうかもしれないな。今も分からない。俺が神から力を得たことは、あの時オリフィエルを見捨てたことは、正しかったのだろうか?」

「我には何も言えない」

「ああ。俺の無限の生の内に、答えを出したいと思っている」

翌朝。付近の人々を大勢殺したという魔物を討伐しようと、俺たちは暗い洞窟の中へと入った。

「人々を苦しめた魔物よ、お前が蔓延る日は今日で終わる。大人しく出てこい」

「クェックェックェッ、カミサマがくれたてぃからを持ちゅ、俺しゃまに勝てぇるやとぅは、いぬぁいですぁ」

「神?」

「すぉーだじょ、俺しゃまはカミサマに愛しゃれちぇるんにゃ」

「行くぞフィニシャー!」

「応‼」

俺たち二人が斬りかけたところには、声を発する機械があるだけだった。

「本体はどこだ?」

それは本当に一瞬だった。俺とフィニシャーの距離が少し離れたその瞬間、魔物の牙がフィニシャーを襲った。正確に弱点を捉えたその牙は、一瞬にして彼女を殺した。

「ア、ア、アッッ、ヴァァァッ‼」

気が付いた時には俺は奇声を上げながら魔物を切り刻んでいた。緑色の返り血で体中が完全に濡れ切っていた。洞窟からフィニシャーを運び出し、彼女が目覚めることが無いことを解りながら俺はその手を握っていた。あの時の記憶が全体的に滲んだように見えるのは、涙からか、心が思い出したくないと思っているからかどちらなのだろう。気が付かないうちに、フィニシャーは俺にとってとても大切な存在になっていた。

 何年そこにいただろうか。ある日、声が聞こえた。

「神か?」

『僕は、君にその力を与えた神の友人だ。この世界の管理をしている。ロキと呼んでくれ。まさか私が力を与えた者がこのような事をするとは思わなかった。すまないといったところで許してはくれないだろうな』

「ああ」

『だが、1つ君の大切な人を救う方法がある』

「何だ?言え!」

『君のその腕輪、それには命を甦らせる機能がある』

「何?使い方を早く教えろ‼」

『君ならそのことを思い浮かべるだけでいいはずだ』

返事もせずに俺は、フィニシャーを救おうとした。確かに人を生き返らせることを思い浮かべればその方法が自然と思い浮かんだ。一番初めに思い浮かんだ警告を読むこともせず、俺はフィニシャーを生き返らせた。

『そう、それでいい』

その時、もう一つの緊迫した声が聞こえた。

『ロキ、一体何をしたんだ、おい!』

『いえ、ただ通常業務をしていただけです』

『そんなはずはないだろう?お前がお前の世界に語りかけてすぐ私の世界が消えたんだぞ?』

『被害妄想ではありませんかね?それとも何、僕をクビにでもするつもりですか?』

『そんなはずはない、お前の世界で生命が再生された記録が残っている。直近で語りかけた場所の記録を見せろ』

沈黙。

『お前は確かゴウドといったな?お前たちで言う19万年ぶりか。お前がロキに唆されて命を甦らせたことでその甦らせた命の出身世界が本来自滅するはずだった時代よりも大幅に早く終末を迎えた。私はこれから対応が必要になる。後のことは自力で対処してくれ。恐らくこれから私は3万年前の君に会いに行く。後、君の友人を殺したのはロキの策謀だ。恐らく私を失脚させようとしたのだろう。こちらの闘争に巻き込んで済まない。さらばだ』

その時、フィニシャーが起き上がった。

「一部始終は聞いていた…お前は、軽薄にも我を甦らせたのだな」

「す、すまない。だが、俺はお前のために…」

「嗚呼。そうなのだろう。我のことを思ってくれたのは嬉しいが、その為に警告を無視して我を甦らせ、あの世界を滅ぼし、何憶何万の命を殺したことは許さない。忘れたのか?我は贖罪の為に今まで生きて人々を救ってきた。お前は嫌いではないが生かしてはおけない。我は今まで1万の魂を背負って生きてきた。決して償う事は出来ない何憶何万の魂に報いる為、我はお前を殺す。悪く思うな、死んでくれ」

「待て、せめて故郷に戻るまで待ってくれ」

「待たん!」

その日から1万年、俺はフィニシャーから逃げ続けた。俺は卑怯者だ。大勢を殺したというのに、償うことを拒んでいる。それでも俺は、生きたかった。

 フィニシャーが生き返った1万年後俺たちは和解し、俺は善行を積むことで少しでも償おう、と思った。許してくれなくてもいい。俺は生きていたい。

 あれから何百万年もの月日が経った。故郷の世界で暫く宇宙間移動の開発を手伝った後俺達は再び旅を始めた。ゲートから出ると、霧の深い森の中に転落した。空を見上げると、見覚えのある空を彼が飛んでいた。彼は俺を見てにやりと笑うと、どこまでも高く飛んで行き、空の中に消えていった。

                                 完


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