8.敵を殲滅せよ。
『大丈夫。もう少ししたら、あの娘のほうから戻ってきてくれるから。もう少しの我慢。あの娘は"黄金の機界"を栄華に導く者だからね』
「……私ではないのですか?…私はこれまでこの"黄金の機界"を盛り立てておりました。それなのに、たかが一兵卒ごときが"黄金の機界"を栄華に導くなど」
いくらヴィオリエッタ様といえど、納得できない。今まで我は"黄金の機界"のために人生を捧げてきた。その我が救世主ではないと?
…でも、どれだけヴィオリエッタ様の仰せられることが理不尽で納得のいかないものだとしても、それに反論してはならない。『女神様』は私たち教団全員の命を握られている。生かすも殺すも彼女次第。
私は、ただ黙って頭を地につけた。
軍キャンプ
「これより、今日の作戦についての詳しい説明を行う!心して聞くように』
朝礼のはじまり、はじまり、と呑気にできる雰囲気ではない。普段行われない朝礼が行われるということはそれだけ重大なことだ。
「今日は、先に貼り出した通り、こちらからの攻撃は狙撃、砲撃のみとする。一般兵は狙撃兵の補助に入るように」
ざわめきはない。逆らえば単身で突撃させられるからだ。軍の規律に反した者は文字通り決死の突撃をさせられる。
「特殊狙撃兵以外の狙撃兵はひたすらに相手の一般兵を殺れ。弾幕は途切れさせるな。そして、一般兵第Ⅶ隊は相手の将及び一般兵を引き出す囮となれ」
要するに、囮兵が相手の一般兵を引き付けているところに弾丸の雨を降らせる殲滅作戦だ。そして私たち特殊狙撃兵は相手の将校を狙って撃つ、と。
ちなみに、隊には階級があり第Ⅰ隊が最も優秀で第Ⅶ隊が最も劣等だ。まあ、第〇隊という諜報専門特殊部隊もあるが。狙撃兵のみ隊を持っておらず、将校直属の兵士である。狙撃兵にもランクがあり、下から下格、上格、特殊、栄誉、となっている。栄誉狙撃兵というのは名誉職で、軍を退役する最後の戦いの後に与えられるランクだ。といっても全員に与えられるのではなく、規定数以上の勲章や今までの戦績、狙撃兵となってからの年数など様々な基準をクリアした者が対象だ。
「それでは、私からの話は以上だ。礼!全員持ち場につけ!」
「「「「「はいっ!」」」」」
指示が出ると同時に蜘蛛の子を散らすように全員が移動していった。
全員が密かに移動したことを確認し、少将が右手を上げた。その動きに対応して私たち特殊狙撃兵以外の狙撃兵が弾をこめて発射姿勢をとる。
「行け!!!」
「「「「「おおおぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」
戦いの始まりを飾る兵士たちの叫び声と共に、一斉に狙撃兵たちの機関銃が火を噴いた。
「突撃!」
少将の指示が飛ぶ。第Ⅶ隊が敵に突っ込んでいく。敵もそれに誘発されて同じように出てくる。白兵戦の始まりだ。
それから何時間か経過した時の勢力は、第Ⅶ隊のほうが押されている状態だった。キャンプ側から指揮が飛ぶ。
「退け!撤退!退けー!」
撤退命令だ。ここが正念場。政府軍の策がうまくいくかどうかは、敵の進退に懸かっている。
(来るか…?早く来い)
「(小声で)俺の最高の狙撃ができないなんてないよな…!」
幸実、緋夏汰がそれぞれの思いを噛み締めていると、前方から動きがあった。退却してくる第Ⅶ隊、そして…
(敵の軍だ!それも中隊規模の軍が2つ!すこーし大変だけど他の狙撃兵さんたちに頑張って殲滅してもらわなきゃ)
こちらにしては中隊規模くらいなら1つ失ってもそれほど大きな損害にはならないのが、向こうにとってはこちらの旅団一つ分失うくらいの損害だろう。向こうは何しろ付近に住んでいた信者だけの軍隊だ。まして教主が兵士を"軍隊浄化"とかいって粛清しているせいで、戦闘していなくても兵士が減っていっている。
(おっと、そろそろ掃射が始まる頃かな?将校っぽいのは見つけたからそいつを狙っていこう)
敵の隊は四方をビルで囲まれた元•広場に誘い込まれた。そこに降りかかるは…銃弾の雨。
(馬鹿だなあ、誰か気づかなかったのかしら。誘い込まれている、これは罠だって)
間をおかず次々と発射される銃弾に、敵兵は倒れていく。また、いつの間にか参加した戦車による砲撃により、敵の軍隊は混乱に陥っている。
(よし、ターゲットに狙いが合った…いける)
確信と共に撃ち出された弾は、美しい直線を描いて敵の将校に当たった。
緋夏汰も負けじと狙いを定め、敵の将校を撃ち抜いた。
(ふう〜、とりま、今日はこれで終わりか?)
先程の戦闘からまた何時間か経っていた。もう敵はおらず、戦闘も終わっていた。まだ警戒体制にはなっているが、もうじき本部から戦闘終了の指示が来るだろう。
「おーい!ササ〜!」
「君、呑気にやってきたけど、一応まだ戦闘中だからね?」
「もう終わりだろ、絶対」
「本部が終わりと言うまで終わりじゃないの」
と駄弁っていたところで戦闘終了命令がきた。
「よし、終わりだな」
「ええ、そうね、今日は終わり」
そう、今日は終わっても明日がある。終わらないこの戦いに、私たちは皆命を捧げている。
「それにしてもこのビル、音がよく響くよな?空虚だからか?」
「聞かれても知らない」
こういう雑談に私たちは精神を落ち着かせている。
「……なあ、ササ。この戦争、いつになったら終わるのかな?」
「知らない。私たちは、いつか来る終わりの日まで戦い続けるだけ」
「終わりの日って、随分と宗教みたいな言い方すんだな、お前。カルト団体と戦ってんのに」
「あはは、さながら私たちは神を撃ち抜く銃弾ってとこか?」
「はははっ!ササにしては面白ぇこと言うじゃねぇか」
急に、言葉が出なくなった。いつもと同じ、面白いこと言って笑い合って、それだけなのに。
「……ササ?」
「…ごめん、急に言葉が出なくなって」
「まあ、そういうときもあるさ」
話しているうちに、軍キャンプに着いていた。周囲は廃墟に囲まれていて、全てが同じで…
「ねえ、ヒナ。この世界って私の夢、なのかな」
緋夏汰は少し驚いたけれど、すぐに平静を取り戻して、普段見せない真剣な顔で、こう呟いた。
「そうかもしれねえな。じゃなきゃ、こんな酷い世界にはなんねえよ」
その言葉を聞いた私は、妙に納得してしまった。そうだ、これは夢だ、と。でも、もう一人の私が、私の中にいる私がこう叫んでいる。これは夢じゃない、現実だ、と。
「…なんでお前そんながっかりした顔してんだよ。もしかして、こんな世界を望んでたのか?」
(がっかり?私、そんなこと思って、な、い?)
いや、違う。がっかりしている。納得ともう1つ、なんか気持ち悪くてモヤモヤした感じ。落胆。
(ヒナなら、笑ってくれるって思ってたの。こんな世界も全部夢だって笑い飛ばしてくれるって)
『ヒナ、笑って。じゃないと私、おかしくなってしまいそう。ずっと奥にしまっていた物が、プツリと切れてしまいそうなの。もう、諦めてしまう。無駄だって』