3.ダンジョン・アドベンチャー
くだんの洞窟へは、太陽が空に昇りきる前に到着した。
「今気づいたんだけど ツールセットはいらなかったかも」
木々に囲まれてひっそりとただずむ洞窟の入り口で、戦士が笑った。
「だって天然の洞窟に 罠なんか仕掛けられているはずないもんね あはは」
「あはは じゃないよ 昨日気づいていれば 無駄なお金を使わずに済んだのにさ」
魔法使いがむっとする。
「分け前から引いておくからねっ」
「ちゃんと前もって説明してくれるだけ 良心的ですね」
僧侶がささやく。
「本人は絶対に認めないけど 明らかにネコババされたことが何度もあったもんな」
戦士がうなずく。
二人のささやきも知らず、魔法使いは洞窟の奥から聞こえる音がないかと耳を澄ませていた。
「うん とりあえず何も聞こえないよ」
「でも一応 私たちも聞いてみたほうがいいでしょう だって魔法使いさんのお耳は 儲け話のほかはあまり聞き取れないようですから……」
僧侶が言葉を濁す。
「あら そんな面倒なことをしなくても あんたがひとりで偵察に行ってくればいいよ 帰ってくれば安全だってことだし 帰ってこなければ危険があるってことで 警戒しながら進めるし」
「君たちの声がうるさくて 何にも聞こえないよ」
戦士はぼやいた。
あまり手をこまねいても仕方がない。先頭を戦士、しんがりを僧侶がつとめることに決め、たいまつに火をともして三人は洞窟へと入っていった。
たいまつの光に暴かれた壁には、こけやクモの巣がふんだんにこびりついていた。無数の小石が転がる地面は、気をつけていなければ足を滑らせてしまいそうだった。
「あっ」
魔法使いが足を滑らせた。
「ちゃんと注意して歩かないからですよ」
すぐ後ろを歩いていた僧侶が文句を言った。
「……」
魔法使いはしばらく黙っていたが、
「あっ 転んだひょうしにたいまつの火が」
などと言いつつ、僧侶の服に火の粉をまき散らそうとした。
「……へんだな」
戦士がつぶやく。
「どこがへんですか この人はいつもこうですよ」
僧侶は魔法使いの火の手から逃げながら言った。
「どうも 天然の洞窟らしくない感じがする 何か 知能を持った生き物の手が加えられていると思う」
「知能を持った生き物って…… 突然変異したウサギとか?」
僧侶が心配そうに言う。
「そんなわけのわからないものなら いっそ魔物のほうがましだと思うな」
魔法使いは立ち上がり服のほこりを払った。
「ま おあつらえ向きの洞窟だしね 私が魔物でも こんな場所があったら住みつきたくなるかな」
「えっ 魔法使いさんは魔物じゃなかったんですか」
僧侶はびっくりした。
「あんたも懲りないよね……」
魔法使いは呆れる。
「思ったより難しい冒険になるかもしれない ここからはおふざけも 仲違いもなしだよ いいね?」
戦士がいましめた。
「そのふたつをこのパーティーから引いたら いったい何が残るでしょうか」
僧侶が言った。
「影とため息」
魔法使いがうたうように言った。
「本当に頼んだぞ……?」
戦士は胃が痛くなってきた。
細い道を進んでいくと、三人は二股の分岐にぶつかった。戦士が聞き耳を立てる。
さすがに今度は二人も静かだったため、片方の道の先から聞こえてくる獣じみた高いびきを聞きのがすことはなかった。
「間違いない ありゃゴブリンの声だ」
戦士がふたりに告げる。
「ゴブリンか」
魔法使いと僧侶はしばらく沈黙して、同時に言った。
「それって なんだっけ?」
「何で忘れるんだよ ほら 畑や鉱山を荒らしたり 家畜をさらったりする 豚に似た顔をしたあの子鬼だよ」
「ああ その魔物ね なぜか急に記憶が喪失していたけど あんたの話で思い出したよ」
魔法使いが言う。
「ほんと なぜでしょうね 私も何度も戦ったことがあるはずなのに とっさに思い出せませんでした」
僧侶も不思議そうに言った。
「寝てはいるみたいだけど 今はあんまり会いたい気分じゃないよな もう片方の道に行こう ま せいぜい最深部に直結していることを祈るさ」
三人は何の音も聞こえない方の道を選んで進んだ。
しばらく歩いたあと、突拍子もなく先頭の戦士が立ち止まった。
「止まるときは止まるって言ってください おかげで魔法使いさんのローブに頭をつっこんでしまったではありませんか しばらく髪は洗えそうにないのに」
僧侶がぶつぶつと言う。
「髪なんて洗わなくたっていいんだよ ただ 首をきれいにしてくれればいいの」
魔法使いが寛大にほほえんだ。
「罠がある」
戦士が緊張した声で言う。
「え どこですかどこですか?」
最後尾から僧侶が首を伸ばした。
「ほら 足元に細いひもが張ってあるだろう これに引っかかると作動するタイプだと思う」
「自分の家にこんなのを仕掛けたんじゃ 安心して暮らせそうもないね」
魔法使いが言う。
「そうですね 魔法使いさんは罠のひとつもない宿の部屋でもしょっちゅう小指やひじをあちこちにぶつけていますからね さぞ大変でしょうね」
僧侶が同情した。
「けんかしてもいいけど このひもには引っかからないでね」
戦士はため息をついた。
似たような罠が、それからもいくつか発見された。しかし戦士の歩みは注意深く行われたため、さいわい誰も引っかからなかった。
むしろ、自分のうしろにいるふたりこそが罠ではないかと思えてならない戦士である。
しかしそんな嘆きも消し飛ばすようなものを、まもなく彼は発見することとなった。
「あっ これはさすがにまずい 止まれとまれ」
戦士が小さく叫ぶ。
「さっきからそればっかりじゃん もう慣れたよ」
魔法使いがあくびをした。
「すごいですね どんな場所でも余裕があるんですね こんな洞窟の中でもあくびをするなんて 尊敬しちゃうなあ」
魔法使いが僧侶をにらんだ。
「ほめてるんですよ?」
「これはだいぶ大がかりだなあ さすがに解除したほうがいいか」
戦士はせわしなく床や壁に目をくばっていた。
「また避けて進むわけにはいかないんですか ……何にもあるようには見えませんけど」
僧侶が目を細めて言う。
「決められた床以外を踏むと作動するタイプだよ もしかしたら順番も正しくないとだめかもしれない 正解がわからない以上 解除するのが安全だよ」
「なんでこんな洞窟に そんな凝った罠を作る気になったんだろ? はあ ゴブリンの考えることはわからないね」
魔法使いがため息をついた。
「あ 言っておくけど 『意外ですね まあ 人も他人の気持ちなんてわからないものですからね』 なんてつまらないこと 言っても無駄だからね」
「ええ? そんな失礼なこと 考えてもみませんでした」
僧侶が心外そうに言う。
「もういい加減 怒るのにも疲れたよ」
魔法使いが言った。
「……いちばん疲れたのは僕だと思うな」
戦士は解除作業を続けながら、ぼそりとつぶやいた。
たいまつが燃えつきるあいだ、三人はその場を動かなかった。
「あのー まだでしょうか」
僧侶が言った。彼女がそれを言うのは十五回目だった。
「まあだだよ」
戦士がそれだけ言う。
「ねえ まだかなあ? もういいんじゃないかなあ?」
魔法使いが言う。彼女がそれを言うのは五十回目だった。
戦士は爆発した。
「あのねえ 僕だって全力でやっておりますよ でもね そもそも本職の盗賊でもないのに そうぱっぱぱっぱと罠の解除ができるはずないでしょ なのに君たちときたら かくれんぼしてる子どもみたいに もういいかい もういいかいの連呼 国をまるごと盗んだというかの大盗賊マンダルだって 仕事をするときは静かな環境だったにちがいないんだよ それなのに それなのに……」
「そりゃ 盗賊なんだから みんなが寝静まった夜中に仕事をしたのは当然でしょうよ」
魔法使いが肩をすくめる。
「戦士さん どうしましたか 何かいやなことでもおありですか?」
僧侶が心配そうに言った。
「私でよければ力になりますよ」
戦士は絶句した。
「ああ! もうがまんできない!」
魔法使いはしびれを切らした。
「ちまちま解除するより 一度作動させちゃえばいいんだ それいけ僧侶!」
「あっ ばか」
戦士が止める間もなく、魔法使いは僧侶を突き飛ばした。なすすべもなく、戦士がかかりっきりになっていた床へと足を踏み入れ……
「……何か起こりましたか?」
僧侶が尋ねる。
「安心して 落とし穴も矢も警報も煮えたぎった油も何もないみたいだから ちっ」
魔法使いが言った。
戦士は海岸に打ち上げられた魚のように、口をぱくぱくさせていたが、正気に戻るとあたりを調べてあっと声をあげた。
「ぜ 全部作りかけで終わってる……」
彼はがっくりと肩を落とした。
「ゴブリンにしては手が込みすぎてると思ったんだよ ……見せかけの罠なんだ これは」
「罠を解除できない侵入者は引き返すだろうし できる人でも時間を取られるというわけですね」
僧侶がうなずいた。
「これはもう ゴブリンを魔法使いさんといっしょくたにするわけにはいきませんね」
「あんたに火球をぶつけてやりたいところだけど 魔力がもったいないから遠慮しとく」
魔法使いが深呼吸をした。
「お心遣いに感謝します」
僧侶がふかぶかと、ばかていねいに頭を下げた。
「でも たまには無駄をしてもいいかもね」
「……やめておけ きっとこの道が最深部に続いているんだ そうでなきゃ さすがに僕の頭もおかしくなるぞ」
戦士が静かに言った。
三人は見せかけの罠を通り抜け、さらに洞窟の奥へと進んだ。
かびくさく、獣臭い空気にも、ひっきりなしに飛んでくるコウモリにもうんざりしかけたころ、彼らはようやく行き止まりにたどり着いた。
槍を持ち、錆びているとはいえ金属の防具を身に着けた三体のゴブリンがいて、侵入者に目をとめると何やらさわぎ始めた。
どうやらそこが戦利品置き場になっているようで、付近の村や、不運な旅人から略奪したらしい物品が無造作にころがっていた。大半は戦士たちにとっては用をなさないものだった。
そのがらくたの山に隠れるようにして、天井の亀裂から差し込む光に浮かびあがったものがある。三人はひと目でそれが求めていた薬草だと気がついた。
「ゴブリンたちは素敵な宝物庫を見つけたみたいだね」
戦士が皮肉っぽく言う。
「ちょうど 今回の冒険には苦労が足りないと思ってたんだ」
「ではみなさん がんばってくださいね 陰ながら応援しています」
きびすを返して隠れようとした僧侶の首を、すかさず魔法使いがおさえた。
「応援ならここでもできるよね? これ以上分け前を減らされたくないなら 私たちの援助をしなさい」
「あれっ もう減額は確定済みなんですか?」
「もらえるだけ慈悲深いと思うな」
「すみません 戦ってもらえませんか」
ゴブリンに囲まれ、壁際に追い込まれた戦士が泣き言を言った。
むにゃむにゃと呪文を唱えると、魔法使いの杖先に赤い光がともり、それがますます強くなっていく。
詠唱が終了すると同時にぱっとひときわ強く輝き、たいまつよりもずっと赤く燃える火の玉が生み出され、ゴブリンめがけて飛び出していった。
みごとに命中し、ゴブリンは悲鳴をあげてもんどりうった。すかさず戦士が剣を振り下ろしてとどめを刺す。
他の二体はいきりたってふたりに襲いかかろうとしたが、思うように体が動かず、とまどったように自分の足を見下ろした。
僧侶が神に祈りをささげ、邪悪なる性質を持つ生物の時間の流れを遅くしたのだ。ゴブリンの敏捷性はもとの三分の一ほどになっていた。
これでは、目をつぶっていても当てられる。あっけなく戦士は二体を斬り伏せ、戦闘は寝坊の日の朝食のように手早く済まされた。
「この前戦ったドレイクと比べれば 当たり前だけどずいぶん楽だったな」
戦士が言う。
「それほどのパーティーなのに なんで税金を払うのにあくせくしているのか 私自身にもわかりませんよ」
僧侶が言った。
「ランクが上がれば上がるほど 税金も右肩上がりに上がっていくからだよ もういっそ ゼロからやり直したほうがいいのかなあ?」
魔法使いがぼやく。
「でもそれは法に触れるんだよ 実力に不相応なほど低いランクに意図的にとどまるって行為は」
戦士がため息をついた。
「実績だけじゃなくて 構成員の人間性って観点でも評価してくれればなあ」
「だめですよ もしそうだったら あっという間に最高ランクのパーティーになってしまいます ……主に 私のせいで」
僧侶が言う。
「逆だよ逆 あんたのおかげで最低ランクになれるのっ」
魔法使いが言った。
いやいや、君たちふたりのおかげで……と口をはさむほど、戦士はおろかではなかった。
持ち帰った薬草のおかげで、女の子の母親は無事に体調を回復した。
ふたりは冒険者たちにいたく感謝し、彼ら自身も期待しなかったほどの報酬をはずんでくれた。
「やはり 神ののたまい給うとおり 善行は報われるのですね」
僧侶は嬉しそうに言った。
「善行か…… まあ 悪人でもいいことをすれば善行と呼ぶか……」
戦士がつぶやく。
「ああ 早く納税しに行きたいな 思いっきり監督官をにらみつけてやるんだ」
魔法使いが息巻いた。
「そんなことしても 君がにらまれるだけだと思うよ」
「いいじゃないですか 魔法使いさんには それくらいしか生きる楽しみがないんですよ」
僧侶があわれむように言う。
「ふん 好きに言えばいいよ もう金輪際 あんたとは組まないから そもそも 金欠どうしが一時的に手を組んだパーティーに過ぎないんだからねっ」
「それ この前の納税のときも聞いたけど」
戦士が呆れた。
「今回は本気! もうこれが今生の別れってやつ じゃあね僧侶ちゃん いざお別れとなるとあんたの憎まれ口もなつかしいかもしれないと思ったけど 特にそういうこともなかったよ」
魔法使いは遠くに去っていった。
「じゃあ 私もいったんこの街を離れようと思います ひとまずの目的は果たせたましたし でも 私の力が必要なときは いつでも呼んでくださいね」
僧侶が言う。
「うん…… そんなときは来ないと思う……」
戦士は遠ざかる僧侶に手を振って別れを告げた。
「さあ 僕も納税に行くか」
今年の納税に決着をつけたあと、三人は別々の方向へと旅立っていった……
*
一年後――
今日も王都の酒場は人でいっぱいだ。手ですくえそうなほどの活気にあふれている。
あちこちで儲け話、自慢話、苦労話が持ち寄られ、酒で滑りがよくなった舌によってさかんに交換されていた。
そんな酒場の一角に、いつの間にか得意客となった三人の冒険者の姿があった――
「なんで あんたがここにいるの」
魔法使いが憤慨した。
「神のお導きです」
僧侶が答える。
「そう あんたの神はくそったれね」
「むむむ 全能の我が神に対し何たる侮辱 でも実際 そこまで全能ってわけでもないし まあいいか」
「そう いかなる神にもままならないことがひとつある」
戦士があいずちを打つ。声を揃えて三人は言う。
「今年も納税の季節か……」




