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2.シティ・アドベンチャー

 女の子の身なりは、決して粗末ではなかった。それどころか、戦士たちの普段着よりずっと上等そうですらあった。


「嬢ちゃん 何か困ったことがおありかい?」

 酒場のあるじの問いかけに、女の子はうなずく。


「わたしのお母さんは体が弱くて お医者さんが調合してくれる薬をひんぱんに飲まないと すぐ具合が悪くなってしまうんです 今日も急に倒れて お医者さんを呼びに行ったけど たまたま薬に必要な薬草が手に入らなくって 薬が作れないって……」

 そこで女の子は言葉を切った。


「それで酒場にやってきて 葬式の準備を手伝う人手を集めようとしたんだね」

 魔法使いがわけ知り顔でうなずく。


「まだ生きてます!」

 女の子が慌てて言った。


「でも 早く薬を飲まないと本当に死んじゃうかもしれないの お医者さんが言うには あさってまでに何とかしないと危ないって……」


「やれやれ 僕たちは何かとあさってに縁があるみたいだね」

 戦士が言う。


「街のどこを探しても その薬草は売ってなくて 私 どうしたらいいか…… だからここへ来ました 冒険者さんなら きっと助けてくれるって思って」


「こんなに小さな女の子でも お母さんを助けるために一生懸命がんばっているんですね」

 僧侶は感動した。


「こんなに小さな…… 手に乗りそうなほど小さいのに……」 


「そこまでは小さくないと思うけど……」

 女の子がとまどう。


「皆さん この女の子のため そして彼女のお母さんのため 薬草を探そうではありませんか」

 僧侶は熱っぽく言った。


「うん だから 依頼を受けようってさっき言ったでしょ」

 魔法使いは言う。


「あ あの ちゃんとお金は払います」

 女の子が必死に言う。


「そんなものはいらない…… と言いたいところだけど ぜんぜんそういうわけにはいかないんだよね」

 戦士は頭をかく。


「正直 ここの代金を払う持ち合わせも怪しいところですものね」

 僧侶が言う。


「おい」

 酒場のあるじが力なくつっこむ。


「そうなの 依頼をこなした後の報酬はもちろんだけど 前払いもあると嬉しいな ほら…… 色々準備をしなくちゃいけないし」

 魔法使いが女の子に言う。子どもにお金をせびることへのためらいはまったくないようだ。


「あっ そうですよね ごめんなさい 依頼をするのは初めてで…… ええと どのくらいいりますか……?」


「そりゃ 多ければ多いほどいいよ」

 魔法使いが言う。

「両手いっぱいの銀貨とか」


「あまり 欲をかかないでもらえるとありがたいね」

 酒場のあるじがすかさず言った。

「冒険者がみな君たちみたいなごうつくばりだと この子に思ってほしくはないよ」


「あさってが納税の期限日だってのに 財布のなかには空気しか入っていないとくれば どんな人でもこうなりますよ」

 戦士が口を出す。


 魔法使いが女の子から前払いを巻きあげたあと、三人は薬草についての情報を得ようと質問した。


「すみません 私はよくわかりませんが お医者さんなら詳しいことを知っていると思います」

 女の子が答える。


「ひとまずその人を紹介してくれるかな? どこに探しに行けばいいのかによって 準備しなくちゃいけないものも変わるからね」 

 

 戦士の頼みを快諾し、女の子は彼らを医者の元へと案内した。


 医者のやっている診療所は、街でも評判がよかった。


 鼻をつくような香りを放つ香草や果実が干され、粉薬のツボや水薬のビンがところせましと置かれた階段の先で、彼は三人を出迎えた。


「こんばんは どうされましたか」

 医者が言う。めがねをかけたその目はやさしげだった。


 戦士が勧められた椅子に座る。


「ずっと誰かに見られている気がするんです あの ほら こうして先生と喋っている間にも 何かとても とても遠いところから 僕のあずかり知らない何者かが ずっとこちらを見張っている気がしてならないんです」

 戦士が言う。


「残念ですが それは私の手には負いかねます」


「それじゃ 代わりに薬草について教えてくれる?」

 意気消沈した戦士を椅子から突き飛ばし、座った魔法使いが訊く。


「あの子から事情は聞いているよ 依頼を受けてくれてありがとう 私も八方手をつくして探したが やはり街のどこにも薬草は見つからなかった」

 医者は憂慮を顔にたたえて言った。


「一体どういう効能を持った薬草なんでしょうか?」

 僧侶が尋ねる。


「発熱にも 頭痛にも 腹痛にも 耳鳴りにも 胃痛にも 吐き気にも めまいにも 絶望にも 無気力にも 自暴自棄にも効きます 広く色んな病気に効果てきめんなので あの子のお母さんのような 様々な病気にかかりやすい人にはうってつけの薬草なんです」

 医者が教えた。


「ほしがる人が多そうですね」

 戦士が床に倒れたままで言う。


「ええ ちょっとびっくりするような値段で取引されています 昔はこれほど高くはなかったのですが 高値に目をつけた商人が 自生しているものを見境なく摘みつくしてしまったおかげで ますます値が張るようになってしまいました」


「まったく いつの世にも問題を引き起こすのは 金にがめついやつらと決まっているんだよ」

 魔法使いが憤慨する。


 僧侶と戦士は顔を見合わせた。


「じゃ そう簡単には見つからないと思うな そうでしょ?」

 魔法使いが尋ねる。


「確かにそうだ でも 自生している場所はまだいくつかある この街から一番近いのは 東の森にある洞窟の最深部だ いわゆる ダンジョンだね」

 医者が言った。


「なんで最深部なの」

 魔法使いは不満げに言う。

「入り口に生えていたってよさそうなものなのに」


「昔はそうだったけど 目につく場所にあるものはあらかた取りつくされて 商人も怖がって近づけないような場所にしかもう残っていないんだよ」

 医者が首を振った。


「一人の尊い命を救おうというのですから それと引き換えにあなたたちが命を張らなくてはならないのも 無理のないことではありませんか」

 僧侶が納得したように言う。


「あなたたち? おいおい 命を張るのは君もだぜ」

 戦士が言う。いい加減に床からは離れていた。


「えっ なぜですか 私の身に危険が及ぶと困るのはみなさんのほうですよ 誰がけがを治すのですか あなたがたが先頭に立って魔物と戦い 罠をかいくぐり 私はそのうしろから安全について行きます」


 僧侶は不思議そうな顔をした。どうやら心から自分の言葉が正しいと信じているらしい。


「あんた 死霊や死体の魔物が出てきてもそのつもりなの あの手のやからには 信仰を持った僧侶の一撃以外通用しないでしょうがっ」

 魔法使いが言いつのる。


「はい そのときも私はうしろにいます」

 僧侶はけろりと言う。


「別にわざわざ私が危険を冒さなくても 聖水をひと抱え持ちこめばいいだけのことじゃないですか 水をかけるだけなら僧侶じゃなくてもできます 子どもだって花に水をやれるではありませんか」


「ちょうど ここにお医者さんがいる」

 魔法使いが不穏に言う。

「少しくらいけがしても すぐ治してもらえるよね」


「本当に少しくらいのけがで済みますか……?」

 医者はたじたじになった。


 危うく三人からふたりパーティーになるところだったものの、魔法使いの扱いにも手慣れた戦士の口先によって、診療所を舞台にした血祭りは無事中止となった。


「もういっぱしの猛獣使いですね」

 診療所を去る道すがら、僧侶が小声で戦士に言う。

「魔法使いさん専門の」


「そんなつぶしのきかない技能 ぜんぜんいらないんだけど」

 戦士はうんざりした。


 日が暮れかけている。


 帰る場所に急ぐ人ごみをぬって、三人は街でいちばん大きな道具屋の戸をくぐった。


 ひとりの冒険者がライセンスをもらってから引退するまでの、すべての冒険の用意がここでととのうともっぱらの評判だった。


「何がいるの?」

 店に入った魔法使いが尋ねた。


「火口箱と ロープと たいまつと 油と ナイフと 罠解除用のツールセットと……」

 戦士は必要なものを口ずさみながら、棚から次々と商品を手に取った。


「いつも思うんだけど そんなに買わなくてもいいと思うな 全部使い切ったことなんてないじゃん」

 魔法使いが言う。


「何が起こるかわからないからね どうしたって準備は大げさになるよ」

 

「でも あまりこのお金に手をつけたくないのだけど」

 魔法使いは財布をのぞく。


「あのね それはもともと準備のためにもらったお金でしょ」


「でもとっておけば そのぶんだけ儲けになるよ それにちょっとくらい苦労して見せたほうが 報酬が増えるかもしれないし」


「おふたりがそうするのは構いませんが 私を巻き込まないでくださいね」

 僧侶が抜け目なく言う。


「そうだ もしかしたらひとりくらい半殺しの目にあったほうが もっと同情を引けるかもね」

 魔法使いが手をぽきぽきと鳴らす。

「その役にぴったりの人もいることだし」


「買い物を手伝う気はある?」

 品物の山を抱えた戦士がよろめきながら言った。


 これですべての準備はととのった。あとは明日に備えて眠るだけである。出発は明朝と決まった。


「お母さん きっとだいじょうぶだからね」

 家で、女の子が言った。


「あーあ 納税に間に合うかなあ」

 宿で、魔法使いがつぶやいた。

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