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1.冒険者たち

とうじょうじんぶつ

   せんし♂:とくせいのないおとこ

まほうつかい♀:にんげんのくずです

  そうりょ♀:おくびょうなくせにものみだかい

 酒場はさんざめく人びとで満たされていた。


 みな、一日の疲れにけりをつけ、明日の冒険に役立つ活力を補充するために、思い思いの飲物や食物にありつき、仲間たちとテーブルを囲んでいた。


 そんな一角に、三人の冒険者たちが座を占めていた。


 ひとりは戦士らしい男で、兜を脱いだその顔はしかしどこにでもいそうで、見た次の瞬間には忘れられてしまう性質のものだった。


 二人目は魔法使いらしく、きゃしゃな体にその職業を示すかのようなローブや装飾品をまとっていたが、見る者をはっとさせるところがなくもないその顔は、あまり魔法使いらしくない欲でぎらぎら光っていた。


 三人目は神に仕える敬虔な僧侶といった出で立ちで、旅人のためにあつらえられた祭服を清潔に着て、顔立ちも思慮深さを表していたが、どことなく不穏なものを内に秘めていそうにも見えるのが不思議だった。


「またこの季節がやってきた」

 戦士の男が言う。

「耳を澄ましてごらん この酒場のどいつもこいつも 同じことを話しているにちがいないぜ」


「納税のことですか?」

 僧侶の少女が言う。

「この前払い込んだばかりのような気がするのですが」


「他に何があるよ 鮭がおいしい季節になったねとでも言うと思ったかい?」


「鮭の季節はまだですよ」


「それはわかってるけど たとえばの話だよ」


「鮭の季節と納税の季節に 何の関係があるんですか?」


「関係なんかないよ 王都は鮭が太ってようが痩せてようが納税を待ってくれないし 鮭も納税があろうとなかろうと卵を産んで川を遡るよ」


「どうして無関係の話をする必要があったのでしょうか」


「まだこの話続けたいのかい?」


 二人が話していると、何の前触れもなく魔法使いの少女が大声を出した。

「あー 死ねっ あの馬鹿」


「まさか 僕のことじゃないよね?」

 戦士が念を押す。


「とりあえず違う 私が言っているのは あのくそいまいましい王様のこと」


 魔法使いは声を荒げる。戦士は慌ててまわりに目を配った。


「あのね どこで誰が聞いているかわからないのに どこで誰に聞かれても一発で不穏だってわかるようなこと 言わないほうがいいの」


「別の席に移ろうかな」

 僧侶がぽつりとつぶやく。


「こんな場末も場末の酒場じゃ お上とつながりのあるようなやつなんて一人もいないでしょ」

 魔法使いはけろりと言う。

 

 給仕たちの目が少しきつくなった。


「だいたいさあ どうして税金をくれてやろうって側が わざわざ王都まで出向かなくちゃならないのっ おこぼれがほしいなら そっちから来なさいっての」

 ちなみに、魔法使いは酒を飲んでいるわけではなかった。飲めないのだ。


「まあ 文句をつけたくなるのはわかりますよ」

 僧侶が理解を示す。


「私たち冒険者なんて 仕事のために大陸じゅうあちこち移動する人も多いのに 納税ができる場所は王都だけですもんね やんなっちゃいますね」


「しかも たった二月ぶん滞納しただけで 即座に冒険者のライセンスを剥奪されるんだよ あらゆる恩恵を剥奪されて 依頼を受けることもできなくなって それじゃあますます納税への道が遠のくばかりじゃん 王様は大臣に キャベツでも取り立ててるのかな」


「それはないんじゃない」

 戦士が首を振る。

「すぐ腐るだろうし……」


「でも 今話し合うべきはそんなことではありません」

 僧侶がきっぱりと言う。

「問題は あさってまでにどうやってお金を稼ぐかということでしょう」


「どうして?」

 戦士が首をかしげる。


「あさってが納税期限だからでしょっ」

 魔法使いが呆れる。


「ああ そうだった あはは やっぱり飲み過ぎはよくないね」


「注文したのはミルクですよね」

 僧侶が戦士の持つジョッキをのぞき込みながら言った。


「私たち 王都に来たまではいいけれど それでお金を使い果たしちゃったの このままじゃ 空き巣でもやらない限り冒険者稼業とはおさらばってわけ」


「空き巣?!」

 魔法使いの言葉に戦士はショックを受ける。


「強盗よりはましでしょ」

 魔法使いはこともなげに言う。


「やっぱり もうちょっと安い馬車を探すべきでしたかね あんなにせまくて 車輪はがたがただったのに 宿屋のスウィートルームに泊まれそうなお金を請求されてしまいました」

 僧侶が言う。


「されてしまいました…… って あの馬車にしようと決めたのはあんたでしょ」

 魔法使いが言い返す。


「でも それはあなたが もう疲れただの 歩きたくないだの ぎゃんぎゃん文句を言ったからですよ 私はまだ探すつもりだったのですが」


「ぎゃんぎゃんなんか言ってないって!」

 魔法使いが憤る。


「じゃあ わーわーってことにしておきましょうか」

 僧侶が訂正する。


「わーわーとも言ってないよ!」


「ここが酒場でよかった」

 戦士はひとりごつ。

「道端でこんな言い合いしてちゃ 騒音を理由に捕まりかねない」


 彼は言い合いが静まる頃合いを見計らい、手を叩いて言った。


「はいはい ようくわかった とにかく 僕たちはお金を稼がなきゃいけないってところは間違いない そろそろ腰を上げて 何か良い仕事がないか探しに行こうじゃないか」


「私は最初からそうしようと言っていました」

 僧侶は平気で嘘をついた。


「それでも敬虔な僧侶?」

 魔法使いが呆れる。


「私の神は寛大なので ポイ捨て以外のだいたいの罪は赦してくださるのです」


「そういうのは邪神って呼ぶんだよ」


 まだ争いはくすぶっていたものの、納税の期限は待ってくれない。三人は席を立ち、仕事の依頼を求めて掲示板と酒場のあるじの方へと向かった。


 掲示板の上には何ひとつとして依頼がなかった。


「よく掃除されていますね」

 戦士はあるじに向かってあいまいにうなずいた。

「街は平和なようで 何よりです 問題がないのがいちばんだからね」


「何 これ どういうこと」

 魔法使いはとまどっている。


「ああー だからもっと早く帰りましょうと言ったのに」

 僧侶がため息をつく。

「どの冒険者も同じことを考えて 仕事の取り合いになったみたいですね」


「そ 大正解 今のところ 君たちに紹介できる仕事 何にもないの あはは」

 酒場の主人が笑った。


「何笑ってるの」

 気色ばんだ魔法使いを慌てて戦士が抑える。


 ほっておくと、店内に火を放ちかねないのだ。というか、実際に何度かそうしたことがあり、すでに十以上の酒場から出禁の栄誉をいただいていた。


「ごめんごめん 馬鹿にしたつもりはないよ でもね 時期が悪かったよ 今はきっと この王都のどこの酒場も似たようなもんじゃないかなあ」

 いくつもの酒をよどみなぐ杯に注ぎながら、あるじは言った。


「みんな納税に大わらわで 誰かの護衛とか 生ものの配達とか 普段なら誰もしたがらないような依頼でも 我先に飛びつくんだ まったく そのやる気をいつも持ってもらいたいもんだけどね」


「品切れになる前に 解錠用の補助具を買っておいたいいかもしれませんね」

 僧侶が言う。


「なんで?」

 戦士が尋ねる。


「あれがあるのとないのとじゃ 鍵開けの難度が段違いですから」


「どこの鍵を開けるって?」


「決まってるでしょう お金のありそうなお屋敷の扉ですよ」


「そうそう あんた 少しだけ解錠の技術には覚えがあると言ってたよね あれは嘘じゃないんでしょ?」

 魔法使いも乗ってきた。


「あのう 冒険者から犯罪者への鞍替えを決意するのは まだ早いんじゃありませんか」

 戦士はあとじさった。


「いやあ 目の前で落ちぶれていく人を見るのは 面白いもんだね」

 酒場のあるじは呑気に言う。


 堕落の道へいざなう破戒僧と魔女から逃れるために辺りを見まわした戦士は、酒場の扉が開くところをたまたま目にした。

 

 入ってきたお客は、ひどく場違いな感じ。心細そうに胸の前で手を握る、幼い女の子だった。


「あれは……」

 戦士の声で、魔法使いと僧侶も少女の存在に気づいた。


「あっ ちょっと それはさすがにいけませんよ」

 僧侶は慌てた様子で言った。


「何のこと?」

 戦士にはわけがわからない。


「いくらなんでも 子どもを売り飛ばすというのは……」


「くたばれ」

 戦士が僧侶にこう言うのは初めてではない。


 少女は不安そうにきょろきょろしていたが、戦士たちと、彼らの側にいる酒場のあるじを認めると、てくてくと歩いてきた。


「あのう…… 頼みたいことが――」


「引き受けましょう」


 少女が先を続ける前に、彼ら三人は口を合わせて言った。

 

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