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私たちの愛にさよならを。君の人生に祝福を!

作者: ハニ

いつからか、確かにいたはずの友達の顔を思い出せなくなった。確かに存在していて、私の背を押してくれた大切なあの子。



 それは、高校生になって一年目の冬だった。クラスの男の子たちは、私が教室に入ると一斉に笑い出し、女の子たちは一斉に顔を背け意味深な目線をやり合う。そんな毎日が始まった。


「ねえー、昨日のドラマ観た?主演のアイドルがかっこよくて!」

「なあ俺たち期末やばくね?部活の公式戦よくみたら期末の二日前じゃん!勉強してる暇ねえって」

「もうすぐクリスマスなのに彼氏と別れそうー、死ぬわ」

「今日の日替わり定食アジの開きらしいぜ、まじかよー」

どうでもいいな。そう思った。私のことを虫けらみたいに扱うクラスメイトたちの声。どうでもいい。

「よお、おはよう。」

この隣の席の人は誰だっけ。

「おい長田、絡むなよ。怖いじゃんこの人。」

どうでもいいはずなのにやけに鮮明に聞こえてくる会話たち。

自分が孤独に苛まれていることを否応なしに突き付けてくる。耳をふさいだ。


「こんにちは!あー、あー、聞こえてる?」

「あ・・・おはよう。」私は目の前に見えた彼女に今日初めて挨拶をした。唯一、この世界での私の味方。

「今日も素敵な一日になりそうだねー!あ、みて!空があんな青い!ということは、たくさんのドキドキに出会えるかも!?そんな気がする!」

「うん、そうだね。」

彼女の言葉に応えてから、彼女が空が青い、なんて言うから気になって私も窓に近づいていった。そしてくすくす笑ってしまった。

「空、真っ白だよ。」



彼女の存在を知ってから、私たちは常に二人でいるようになった。朝早く来て、だれもいない教室で二人でダンスをした。ほんとは入っちゃダメって言われてる屋上で昼休みに一緒にお弁当を食べた。四限が終わった瞬間、購買にパンを買いに走った。クラスメイトたちの私を見る目は時が経つにつれ畏怖を含んだものになっていき、そしてさらにしばらくすると誰も私たちを見なくなった。快適だった!そんな平和な生活が一年近く続いた。


「もう受験生になるんだから、そんなにスマホを見るのやめなさい。そんなにゲームに夢中になっても将来なんの役にも立たないし、ゲームは就活の時にあんたの味方してくれないよ。勉強は今しかできないんだから、今のうちに勉強していい大学に行きなさい。」

「うるさい!」

バン!と机をたたき怒りを顕わにしながら私は部屋を出た。どうしてだろう、お母さんには昔からこうだ。正論だってわかっても素直に認めることができない。私も、だんだんと気づきたくないことに気づき始めてきた。彼女の姿もだんだんぼやけてきて、今までどうやって話してたかも思い出せない。

「嫌だなあ。」

あんなに幸せだったのに。クラスの子たちと仲良くなれなくて、必死に手を伸ばしてつかんだ居場所が本当は存在していなくて、むしろ私の人生を邪魔するものだと言われてしまう。涙がぽたぽた垂れて床に雨を降らす。大人になんかなりたくない。自分の責任は自分で取って、自分の選択によって人生を作っていかないといけないのなら。気づきたくないことに気が付いて、目が覚めて、そのまま一人で生きていかないといけないのなら。もうずっとこのまま、二人だけの世界にいさせてほしい。そう思いながら、泣きつかれて眠ってしまった。


その日は久しぶりに夢を見た。



「こうやって話すのは久しぶり、だね。そして、最後でもある。ううん、話すことはできないのか、気づいちゃったんだもんね。」

彼女だった。毎日のように私の心を支え、最近はめったに姿を見ることもできなかった彼女がいた。どうせ夢でしょ、あんたはどこにもいないんだって、気づいたんだ。

「夢だよ。楽しい夢。あなたは画面の向こう側の人で、私はあなたのスマホの中から派生した、あなたがイメージした理想の夢だよ。」

彼女は寂しそうに笑った

「でも、楽しかったね。」

「だれもいない教室で二人でダンスしたりしたね、ほんとは入っちゃダメって言われてる屋上で昼休みに一緒にお弁当食べたりしたね。四限が終わった瞬間、購買にパンを買いに走ったりしたね。楽しかったね、楽しかった!」

おぼえてるの、そう聞きたかったのに声が出なかった。それでも伝わった。

「覚えてるよ、私たちの思い出だもん。誰にも奪わせたりしない。」

彼女の言葉にはいつの間にか怒気が含まれていた。

「君はひどいよ。勝手に私を置いていこうとするなんて。君の心はもうとっくに大人だよ。」

違う、大人になんかなりたくないのに。そう伝えたくて私はぶんぶんと頭を振る。

「うらやましいな、大人になれるの」

「だって、こんな風に一人でおいていかれたりしない。君はひどいよ!私のことを勝手に作り上げて、ずっと一緒って根拠のない言葉を並べて、大人になったら去っていくんだ!私はこのまま、ずっとずっと、何も考えなくていい世界で独りぼっちこのまま。」

「でもね、それでいいんだ。君のことが好きだから。君には君の人生を歩んでほしいから。君はもう、一人でどこにだって行けるよ。」

彼女の言葉に嫌な予感がして私は抗った。嫌だ、まだ一緒にいたい。これを逃したらきっともう会えない、そんなの悲しすぎない?今までの時間や記憶は全部泡のように消えていくなんて。

「無駄じゃない、泡になんてならないよ。」

「たとえ会えなくなって、お互いの存在さえ分からなくなっても。一緒に過ごした時間や、愛した記憶はいつまでも君の中で生き続けるって、信じてる。」

「もう時間だよ!あぁ、ほんとは私だって、離れたくはないけど。」

彼女の姿がどんどんぼやけていく。待って、まだ何も言えてないのに。愛してるって伝えたいのに。伸ばした手はどんどん彼女から遠ざかっていく。きっと私はこの夢から切り離されているんだ。

「さあ、大人になった君の日々に、飽きれるほどの平凡と、ほんの少しの驚きを!」

彼女がそっと背中を押してくれた気がした。そして目が覚めた。


 小鳥が泣く声と共にベッドから身を起こす。枕元に置いてあったスマホを手に取って、私は昨日見た優しい夢を思い出しながら、スマ画面のある部分を強く押した。


 教室のドアを開けた瞬間、また懐かしい感覚に襲われた。私に投げかけられる不躾な目線。その場で倒れそうになりながら、昨日の夢を思い出して泣きそうになった。

「もう、一人でもどこにでもいけるよね。」

一歩、一歩踏み出し自分の席に向かう。


「おはよう。長田くん。」

初めて目があった隣の席の人。もうどうでもいい人じゃなくしていかないと。

「お、はよう。」

びっくりしたように私を見るその人の目は、案外怖くはなかった。


 それからしばらくして、私は正式に、あんなに嫌だった大人になった。

「ほら、ちゃんとボタン留めて。初出勤なのにスーツがよれてたら台無しでしょ!」

「うん。」

お母さんに無理やりボタンを留められながら、これではまるで小さな子供みたいだと思ってしまった。

「でもあんたもこんなに立派になってねえ。高校生の頃は大変だったのに、家から出たくなくて。」

「友達が支えてくれたから。」

そう伝えるとお母さんはびっくり顔。

「あんた友達いたの。どんな子?」

「それはね、えっと・・・」

あ、もう思い出せないや。でも大丈夫。私たちの思い出は二人だけの物だから。

「お母さん。」

「うん?」

「今まで、ありがとう。育ててくれて。」

ぽかんとした顔、その後すぐに泣きそうになっていたので私はふふ、と笑いながら家を出た。

「いってきます!」

もう、あの子の顔も思い出せないけれど。私たちの楽しかった思い出はどこにも消えないから。たとえ会えなくなって、お互いの存在さえ分からなくなっても、一緒に過ごした時間や、愛した記憶はいつまでも二人の中で生き続けるから


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