第八章 T4作戦
第八章 T4作戦
既に、ここに至って、冒頭の松本均やその友人2人は、既に、ラーメンの具になっている筈だ。もう、この世にはいない。
桜田真一も、既に、脳の改修が終わったみたいだ。……もう、「独り言」も聞く事も出来ない。また、「独り言」を言う事も無いであろう。
人羅景子都知事は、次なる、国政進出に向けて、確実に準備を進めている。そして、奥多摩地区から、例のラーメン屋へは、毎日、人肉を送り続けている。
もはや、こうなると、アガサクリスティの『そして誰もいなくなった』と、ほぼ同じ状態だ。誰も、この状況を打開できないのだ。
例の病院の医師も確かに怪しいが、何と言っても、人羅景子都知事の叔父に当たる。これも、二人ともグルであれば、誰も、動かないのだ。
正に、極、少数の人間のみが、「人肉ラーメン」の話を知ったがために、適切に、処分されたのである。
さて、話は、数年前に遡る。
現、東京都の岡村総務課長が、異動前の職場は、都議会事務局で課長職をしていた時の事である。
急に、総務委員会が開かれる事が、議会運営委員会で決まったので、人羅景子都議会議員室に入って行った時の事だ。ノックはしたつもりであったが、急いでいたので、思わずドアを開けて入ったのだが……。
何と、人羅景子都議会議員は、机の上に置いた、悪名高いヒトラー総統の写真の前で、例の、右手を高く掲げて、ヒトラー式の敬礼をしていたのだった。
この姿を、モロに見られて、人羅景子都議会議員の表情は、正に、鬼や般若のようになった。
「岡村課長、総務委員会が終わったら、即、ここに来なさい!」、と、有無を言わさぬ大声であった。
「しまった!」と、岡村課長は思った。ここを何とか、乗り切らねばならない。総務委員会は、約、1時間で終わるのだから……。
いや、前からこの議員の人格には、接してみて、密かに疑問を持っていたのだ。
特に、議員室で『わたしで最後にして: ナチスの障害者虐殺と優生思想』と書かれた本をチラリと見た時だ。岡村課長は、私立のW大学の政経学部を出ており、近代政治史、特にナチス研究にかけては、教授なみの知識があったのだ。事実、大学院へ進学し、学者への誘いもあった程である。
ナチス研究に詳しかった岡村課長は、直ぐにヒトラー総統が命じたと言う、障害者全員抹殺計画(T4作戦と言われている)を、思い浮かべた。で、この議員は、何かを考えているに、違いが無いのだ。
しかしいまこの場で、反旗を翻せば何をされるか、分かったものでは無い。
何しろ、ただでさえ評判の悪い宗教団体や、一応、政治結社と唄ってはいるものの明らかに暴力団と思われる団体との噂話も聞いた事がある。
ここは、逆に、相手の懐に飛び込んで、この場を、乗り切ろうと腹を決めた。
やがて、総務委員会から帰って来た、人羅景子都議会議員が、議員室に自分を呼んだ。
「あなた、あれを見たわね!」
「ええ、それがどうかしましたか?」と、努めて、冷静に答えた。
「貴方は、私が、ヒトラー総統の崇拝者だと聞いて、全く、驚か無いの?」
「いえ、全然関係ありませんよ。元々、私個人的には、現在の日本の民主主義制度では、今後の、日本の現状を護り切れないと思っています。やはり、強力なリーダーが絶対に必要だと思っています」
「ホント?私に、単に話を合わせているだけでは?」
「いや、そこまで言われるなら、何なら、私の出身大学のW大学に問い合わせてみて下さい。私の卒論は、『ヒトラー・ナチスのT4作戦についての一考察』となっています。この卒論では、さすがに、教授達の手前もある故、一応、批判的に書いてはいますが、一般的に、ナチス統治下での「T4作戦」を詳しく研究した者は、当時の私の卒業当時には、私以外、誰一人いませんでしたよ……」
「ふーん」と、都議会議員は、この卒論名を聞いて、岡村課長を見直したようだ。
「では、私に追従すると言うの?」
「はい、その通りです」
ここでは、人羅景子都議会議員に黙って従うしか無いであろう。この場は、ここで話を治めるしか無いのである。
ここで、人羅景子都議会議員に逆らってみても、一文の得にもならない。
キチ○○には、キチ○○のフリをして、接するしかないのだ。
それだけでは無い。この時点で、人羅景子都議会議員は、次期、都知事選に立候補する話も、聞いていたのである。
万が一、 人羅景子都議会議員が東京都都知事になった事を考えると、ここは、絶対に譲れないのだ。ここで、引き下がったら、自分の命の保証は、まずは、無いのである。
それだけでは無い。この狂気の考えを持った人間が、やがて、東京都都知事、そして将来の国政進出後、ホントに一国の総理になれば、やがて改正予定の「日本国憲法」の「緊急事態条項」の運用により、あのヒトラー総統のように、「全権付与法」を作り出しかねないのだ。
ここは、従順に従っておいて、どこかの段階で、この女の素性を、全国民にバラすのだ。それが、自分に与えられた雄一の役割だと、その時、決意したのである。