第七章 当選
第七章 当選
いよいよ、都知事選が始まった。
綿密に計画された選挙準備。更には、悪評高い宗教団体との結びつき、「行動青年隊」の活発な相手候補への徹底的な妨害行動、更に、いよいよ、中国の台湾侵攻も噂される中、圧倒的多数で、当選した。
桜田真一は、そのニュースを、テレビや新聞で、漠然と見ていた。
この場合、人羅景子の公約の、外交・防衛での敵基地専制攻撃、核保有の議論のスタート、垂直離着陸ができるF35Bを詰める空母の増設(最大5隻)が効果があったらしいのは、政治にも素人の桜田にも理解が出来た。
都知事選に当選して、自分との距離は、更に、遠くなったと感じた。もう、この俺とは如何なる関係も無いであろう……。
今の自分にできるのは、あの謎の人肉の宅配便の捜索であった。
しかし、太もも以外の、胴体の切断死体が発見されたとは、いつまでも、ニュースにならなかった。
新しく都知事になった人羅景子都知事は、即、警視長長官を自分の息のかかった人間に切り替えた。その警視長長官が就任と同時に、警視庁に「路上生活者対策課」を新設した。また、そのための収容施設と、無縁仏のためにと、死体の焼却炉と無縁墓石を、奥多摩地区に作った。
表向きは、路上生活者をゼロにするために、大変に環境の良い施設だと言う、都民や都議会に説明していた。誰も、この政策に文句は言わない。
また、財源をひねりだすために、東京都に在籍する企業が、100億円以上の内部留保金があれば、それにも、地方税の法人課税(内部留保金課税)をした。これは、法人地方税との二重課税だと、猛烈な文句を言われながらも、強引に押し切ったのだ。
桜田真一は、桜田で、あの送られて来た「クール他急便」の死体が、どうしても気にかかる。一体、誰が、送ってきたのだ。
それに、濃く堅い、ゴシック体の文章で、「これで、人肉ラーメンを作れ!」と、書いてあった文章は、一体、誰が書いたのだ?
しかし、不思議な感じがした。この俺の、主治医は「研究用」だと言って、そのA4用紙を持っていったが、よくよく、考えてみれば、これは、本来、殺人事件であり、警察や警視庁にこそ、提出すべきでは無かったのか?
徐々に、桜田真一は、精神的に追い詰められて来た。例の、治験薬ならきっと、全治も不可能では無いのだろうが、既に、薬は製造すら、されていない。
あの自分が入院していた病院は、東京都庁同期入庁の岡村総務課長ですら、別名「死の館」と呼ばれていると言っていた。それほど、危険な病院だったのだ。
そうだ、思い出してきたぞ。あの治験薬に出会うまでの、閉鎖病棟内での地獄の治療を……。100ボルトの電撃ショック療法、頭蓋骨切開による大脳前頭葉への何らかの処置、ベッドに縛られての無理矢理の催眠療法。
この催眠療法は、スタンリーキューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』を想記させた。確か、学生時代に見た映画だ。
おお、更に、思い出したぞ。ここで、俺は、「人肉ラーメン」作成の超強力な暗示を受けたの筈なのだ。
おお、おお、少しづつ分かってきたぞ。入院中に、既に、催眠療法か何かは分からないが、この俺は、「人肉ラーメン」を作る事が、既に、決められていた、その実験台だったのだ。
しかし、いかなる証拠もまた一切、存在しないのだ。今から警視庁に密告しても、元々「死の館」と呼ばれる精神病院に10年近く入院していたこの俺の話を、まともに聞いてくれる人間など、一人もいないのだ……。
絶対絶命だ。しかも、最近は、かっての統合失調症が悪化してきているのが、自分でも、微妙に感じられる。もう、時間が無い!!!
誰か、この俺を助けてくれ!!!
だが、もう駄目だと思ったその時、東京都庁から、明日、黒い大きな車が、この俺を迎えに来るとの、緊急の電話があった。
その担当は、何と、この前連絡を取った、同期入庁の岡村総務課長ではないか?
一体、どうなっているのか?
桜田真一には、理解が、全く出来ない。
ただ、次の日、東京都庁から、迎えの車が来た事は、事実だ。
俺は、素直に、その車に乗った。行き先は、どうせ、人羅景子都知事だろう。
しかし、今は、あいつと対峙するしかないのだ。
一体、どんな、結末が待っているのか?
背広に身を包んだ桜田真一は、人羅景子都知事室に、案内された。時間は午後6時過ぎ。知事室に入ると、般若の面の、都知事が座っていた。
「いよいよ、貴方の出番ね。ああ、ホントに、長かったわ!」
「都知事様、一体、勿体ぶらずに、いい加減、この私に、その出番を教えて下さいよ」
「絶対、人に言わないでよ、誰かに漏らしたら、この前の、2本の太もものようになるわよ」
「えっ、やはり、あの事件には、都知事さんも、絡んでいたんですね?一体、あの死体は、誰だったのです」
「私も誰だか知らないわよ。ただ、私の選挙公約の一つに、路上生活者ゼロがあるでしょう。多分、どこかの路上生活者なんでしょう……」
「一つ、聞いていいですか?先生は、路上生活者ゼロ実現のために、奥飛騨に、快適な収容施設を沢山作ると言っていた筈じゃ無いんですか?」
「それは、勿論、作るわよ。でもね、それだけでは、財政的にも無理がある。
で、収容所に入れきれなかった、路上生活者を使って、貴方に「人肉ラーメン」を作って、消費してもらうのよ」
「こ、こ、こいつは、狂っているのでは……」
自分自身が、精神病院に入っていた桜田真一ですら、そう、思った程だ。
「そういう風に、桜田さんは、貴方の大脳がもう既に改修されているのよ。もう、元には、戻れないわよ」
で、人羅景子都知事は、指をパチンと鳴らした。
ここで、桜田真一の大脳の、2本目のヒューズがプチっと切れた。この前の「クール宅急便」に続いてだ。で、あの「死の館」での異常な治療が、フラッシュ・バックのように、桜田真一を襲って来た。
ここに、桜田真一は、何の抵抗も無く、「人肉ラーメン」を作れるよう、心の縛りが取れたのである。ここで、真の「人肉ラーメン屋」の店主になったのだ。