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第三章 再発

第三章 再発


 しかし、桜田真一が、もう少しで、自分の店を持てる目標金額の三千万円に届こうかと言う時である。



 夜、寝ている時である。



「人肉ラーメンを作れ!」と、大きな声が聞こえたではないか?



 はっと、目を覚まして、今、一度空耳を立ててみたものの、その声はもう聞こえない。

 単なる夢なら良いのだが、しかし、よりによって「人肉ラーメン」とは、一体、どう言う事だ。



 俺は、普通の豚骨ラーメンで、何とか、ここまでやってきたのである。



 ふと、気が付くと、目の前のテレビの液晶画面に、巨大なナメクジが張り付いている。目をこすって見てみると、徐々に消えていったが、これは、もしかしたら、幻覚の現れか?

 とすると、さっきの「人肉ラーメン」の声も、一種の幻聴なのか?それとも、単なる夢なのか?



 しかし、かって、入院していた時の主治医は、新しい治験薬のおかげで、完全に治ったと言っていた筈だ。「劇的寛解」だと。それは、では、嘘で一時的な完治だったのか?



 そこで、今日だけは、屋台を辞めて、かっての主治医に診て貰おうと覚悟を決めた。



 しかし、万一、幻覚や幻聴であった場合、統合失調症の再発が考えられる。が、この前の治験薬さえあれば、再度、治す事は直ぐにできるだろう。



 しかし、意気込んでかっての主治医に会って、驚愕の事実を知る。

 何と、あの治験薬は、腎臓や肝臓の細胞を破壊するとかで、治験薬を取り消され、もう、全く手に入らないと言うのである。



「と、ここまでは、本当の話なんですがね。

 しかし、現実は、あまりの劇的な効き目に、病院、特にこの薬の製造元のアメリカの医師会が、このままでは病院経営が成り立たないとかで、その薬を握りつぶしたとか?これが、真実みたいですね……」



「えっ、じゃ、私には、もう効く薬が無いのですか?」



「残念ながら、以前のような劇的な効果は認められませんが、とりあえず、クエチアピンと言うメジャートランキライザーを処方しておきますよ。一粒100ミリグラム。朝昼晩飲んでみて下さい。当面は、これで乗り切れるでしょう。

 これは、一日最大700ミリグラムまで増量できます。

 後は、もうこれ以上、貴方の症状が悪化しない事を祈るのみです」



 何と言う事だ。もう、あと一歩で、開店できたのに……。



 しかし、10年間の入院中に、高校時代、大学時代、都庁時代の友人は、皆、手の平を返すように去っていったのだ。相談できる相手は、もう一人もいない。



 親がいるではないか?と言われそうだが、入院中に、両親は病死。桜田真一は、一人っ子であり遺産は、全部、貰える筈だったが、自分の入院費、親自身の入院費や治療費その他も含めて、財産より借金の方が多かった。



 桜田真一が唯一取れた行動とは、住所地の家庭裁判所に、A4一枚の「相続放棄の書類」を、ケースワーカーに書いて出してもらう事ぐらいだった。



 もう、ほとんど、絶望的な状態だ。



 無論、今のところ、完全なる幻覚や幻聴に襲われていない。



 しかし、統合失調症は、かっては、早発性痴呆症と呼ばれていたのだ。遅かれ早かれ、そのような症状が再びやって来ないとは限らないのだ。



 さて、そのような時、フト、あの自分に、500万円を融資してくれた、人羅景子都議会議員を、思い出した。



 そう言えば、彼女は、この私に、やがては出番があると言っていた筈だ。

 駄目元で、一度、会ってみたら……そう言う考えが沸いてきた。まだ、自分の精神の崩壊は起きていないのだ。



 彼女が、もし、自分にまだ何かに、期待しているのなら、会ってくれるかもしれない。



 そこで、都議会の閉会中に、都議会の議会事務局に電話をかけて、人羅景子都議会議員に取りついでくれと言ってみた。……どうせ、覚えていないだろうが。しかし、自分の名前は、ハッキリと伝えた。



 しかし、驚くべき事に、彼女へ電話が繋がったのだ。



「俺の事を覚えている……」



 しかも、時間があるなら、今日の午後から、直ぐに都議会の事務局に来いと言うのだ。自分には、議員室があるので、そこで待っていると言うのである。



 背広など、かって都庁職員時代に買った2着しか持っていないが、まさか、ラーメン屋の店主姿で、都議会議員には会いに行けないだろう。直ぐに、背広とネクタイを着て、都庁へ向かった。

 何かが、あるのだ?


 

「この俺に、一体、どんな用事があるのか分からないが、ともかく、会ってみる事に超した事は無い。決して損は無い筈だ」



 開口一番、

「遅かったわね」と、彼女は言った。



「またぞろ、例の症状が出て来たとか?私も、少し軌道修正を早めないといけないわね」



「どうして、その事を、先生が知っているのです?」



「あら、貴方の主治医は、私の叔父さんなのよ。つまり、父の兄なんです。

 桜井さんの事は、叔父さんからも良く聞いていたわ。元、東京都庁職員で、重度の統合失調症の患者が、ある薬で、劇的寛解した。



 でもね、私の兄は、ハーバード大学に2年間留学経験があるので、その事実を、アメリカの医学誌に投稿したら、アメリカ医師会が驚愕し、その治験薬をFDA「アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration)」に申し入れて、握り潰したと、言っていたわねえ……」



「何故、アメリカ医師会は、猛反対したのです?」



「あら、アメリカの病院の入院ベッドの半数は、精神病患者用のものなんです。だから、それほど効く薬なら、認可されたら大変な事になるのは、貴方でも分かるでしょう?」



「よく、分かりました。では、それだけ、立派な叔父さんがおいでなら、先生は、お医者さんになる気は、無かったのですか?」



「中学までわね。でも高校の時、ユーチューブである歴史的人物の演説を聴いて、大感銘して、政治家へと目標が変わったのよ」



「それは、ヒトラー総統の演説かよ?」と、聞きたかったが、何しろ、自分の命の恩人に、そう言う馬鹿げた質問は、出来る筈も無い。



「ともかく、叔父さんから聞いたら、もう少しで開店出来るのでしょう?で、あといくら足り無いの?少しぐらいなら援助するわよ」



「あの、それは買収行為に当たるのでは?公職選挙法に引っかかるのでは?」



「無論、貴方の一票を買うつもりは、無いわよ。だったら、例の治験薬の取り消しの損害賠償として、叔父さんから払うのなら、それなら法律に触れないのでは?」



「うーん、確かに。あの治験薬が今頃、認可されていれば、もう自分は、病気の心配はしなくて良かったのだろう……。じゃ、そう言う事で、後、せめて100万円あれば何とかなるかも」



「じゃ、叔父さんを説得しておくは、これで良いでしょう……。それと、私の最終目標は、国政進出と、そこで、日本のトップになる事なのよ。都議会議員は、そろそろ辞めて、今度は、都知事選に出るわよ、応援してよね」



「勿論です。でも、一言聞いて良いですか?」



「何をです」



「この前、夢の中で、変な声が聞こえた気がしましたが、何か、先生、思い当たる事がありませんか?」



「それって、桜井さんは、テレパシーらしき事か、何かを言っているのでしょうけど、私は、何も桜井さんに言ってません。ただし、私が、都知事なれば、いよいよ貴方の出番ですよ……」



「で、前から疑問に思っていたのですが、私の出番とは、一体、何なのですか?」



「それは、私が都知事になったら、ハッキリ言いますよ」と、またしても、般若のような表情で、言いきった。



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