第二章 ラーメン屋のおやじ
第二章 ラーメン屋のおやじ
ここのラーメン屋のおやじ、つまり店主は、実は若い時、東京都庁職員だった。本名、桜田真一。
しかし、20代前半ごろから、異様な言葉を口走るようになった。
で、病院で見て貰ったところ、統合失調症だと診断され、某精神病院に10年以上入院していたのだ。
奇跡的に、某治療薬の治験に参加したところ、あっと言う間に回復。医学用語で言う、「劇的寛解」となったが、既に、都庁職員にはもう戻れない。
で、かっての病名を隠して、ラーメン屋のバイトで喰いつないで来たのだ。
数件のラーメン屋のバイトを回っている内に、ラーメン作りのコツを覚えた。
しかし、開業資金が全く無い。
そこで、政府系で、中小企業に資金融資をしてくれる所を回っているうちに、あの後に都知事になる前の、人羅景子に合った。東京の有名大学を出た彼女は、その政府系機関で、融資担当課長にまでなっていた。まだ、40歳過ぎか。
窓口で、素っ気なく追い返される桜田を、じっと、課長席から見ていた人羅景子は、彼を呼び止めた。
「ちょっと、桜田さん。お話があります」
「えっ、課長様自ら、私に何の用です……」
「まあ、ここでは、他人の耳もあるので、別室の相談室に行きましょうよ」
「あの、こんな事を言っては失礼だけど、桜田さんは、入院歴、特に精神病院入院歴があるのでしょう?」
図星だ。……しかし、担当医の話では、完全に治った事になったと聞いているが、一体、どうして分かったのだ。
「桜田さんの目を見れば、即、分かるわよ」
「はあ……」
「で、桜田さんは、どう言う事業を考えられておられるのです?」
「単なるラーメン屋です。腕には、結構、自信があるつもりですが、何しろ、開業資金がありません」
「それは好都合です。ただし、普通、ここは担保物権が無いと融資はできないけど……。桜田さんは、いずれ使えそうだし、何とかして上げたいわねえ。何か、担保にできる物は無いの?」
「いえ、全くありません。家は貸アパートで、預貯金は、バイトで稼いだ10万円少々です。車も持ってないし、いや、免許は持ってて、運転はできますがねえ……」
「厳しいわねえ。でも、桜田さんは、職業柄、いずれ使えそうだし、ここは、特例承認で500万円を、担保無しで、超低金利で貸しますよ」
「今の時代、500万円じゃ、店は出せませんよ」
「いや、先ずは、屋台を出すのですよ。中古のライトバンの車を買って、それで、夜の酔っ払い客を相手に、ラーメン屋をスタートするのです」
「なるほど、屋台なら、自由に動けるし、確かに、これなら儲かるかも……。しかし、課長様は、何で、こんな私に、目をかけてくれるのです?」
「それは、秘密です。ただ、一言、言える事は、私は、このままで終わりません。
いずれは政治家になるつもりです。その時、桜田さん、貴方の出番があるのです。結構、時間はかかりますがね……」
「はあ、私の出番が、本当にありますかね?」
「多いにありますよ」と、ニヤリと笑った人羅景子の顔は、般若のようだったのだ。
こうして、桜田真一のラーメン屋は、スタートしたのだ。
「いや、酔っ払い相手だと、こんなに上手く儲かるとはなあ。何しろ、少々、味が悪くても、誰も文句は言わない。これは、上手い商売だ。しかし、いずれは、自分の店を持ちたいものだなあ……」、と、桜田は、一日も休まずに働いた。
結構、貯金が貯まってきたが、独身のくせに、風俗店にも全く通わない。
ともかくは、自分の店を持つ事だ。少々、偏執狂の気がある桜田には、仕事は全く苦では無い。働けば働くほど、儲かるのである。
さて、桜田真一がラーメン屋を開始して、5年後、都議会議員選挙に、あの人羅景子が出馬すると聞いた。
そこで、その選挙事務所に、即、応援に駆けつけた。自分の命の恩人だ。前に借りた500万円は利子を付けて既に返していたから、堂々と、応援に行けたのだ。
選挙事務所で、丁度、上を策で囲った、選挙カーに乗り込む直前の人羅景子と目があった。
彼女は、私を、覚えてたらしい。
「桜田さん、貴方の出番は、まだまだ先よ……。とりあえずは、まずこの選挙に受かる事だわ!」と、そう言って、選挙活動に出かけた。
「俺の出番は、まだまだ、先だと……。しかし、一体、どんな出番があると言うのか?」、 この疑問がどうしても消えない。一ラーメン屋の自分が、できる事など、何があるのであろう?
せいぜい、屋台のライトバンに来る客に、彼女の応援メッセージを伝えるぐらいである。
ここが、この物語でも最も、重要な疑問なのだが……。
しかし、今では、アパートにテレビもあるし、新聞も取れる身分になっていた桜田真一は、この人羅景子の政治的動きに注目する事にした。
何しろ、無担保で超低金利で、ポンと500万円を貸してくれた恩人だ。
彼女の活躍に、目が行くのは、当然だった。
しかし、最初の当選を果たした人羅景子の猛烈な躍進は、ここから、スタートするのである。
まず、無所属で当選した都議会議員の残りの4人と、新たな政党の結成に向けて準備を開始するのである。
彼女自体は、かってのヒトラーのような、絶叫型での演説は行わない。むしろ、声を抑えて、淡々と演説するスタイルである。
その替わり、丁度、このヒトラー方式の演説をする女性議員を抜擢、新しい政党の幹部に据えた。
これで、新規の支持者は、次々と確保できるだろう。
政党名は、将来の国政進出に向けて、「日本民主主義国家統一党」とし、極右から極左までを取り込んだ政策綱領を定めたのだ。
外交・防衛では、敵基地専制攻撃、核保有の議論のスタート、垂直離着陸ができるF35Bを詰める空母の増設(最大5隻)等等がある。それでいて、生活保護世帯費の増額、ひとり親家庭への大幅な支援、保育所待機児童ゼロ、年金額の増額、大学生への授業料の大幅な援助、路上生活者ゼロ、犬猫の殺処分ゼロ、派遣労働者の原則禁止。
まるで、極右と極左の主義主張を合致させたかのような公約だ。で、肝心の財源は、法人税の大幅な引き上げ、相続税の更なる引き上げ、等により賄う。新たな国債の発行は全て辞めて、プライマリー・バランスの安定を目指す。
更に、特筆すべきは、既に、自分で自身の認識ができない認知症や精神病患者には、家族の同意があれば、安楽死を実施して医療費や介護保険費用を浮かすと言うのだ。
また、死刑囚からの「生体移植」の実施も公約である。これにより、腎臓移植や、角膜移植、更には、どうせ死刑になるからと、死刑囚からの心臓移植の可能性まで、言及しているのである。
また、原発稼働についても、原則廃止。徹底した風力発電、洋上風力発電、地熱発電、太陽光発電、揚水発電の、国を上げての、全力取り組みだ!
この、硬・軟取り混ぜた公約は、一ラーメン屋の桜田桜田真一にも非常に、斬新に思えたのだ。
正に、これは、「運命の出会い」かもしない。
そう、呟いて、
「あと、ひと踏ん張りで、ラーメン屋が持てるなあ……」と、声を上げて、仕込みに没頭した。