~こんなとこ、やめたもん勝ちなんで、早く辞めます~
「……、…里!」
ふと考える。
ひょっとして、彼は別人では無いのか、と。
国立星英学園高等学校。短くすれば「星英高校」。馬鹿な男子は略して「セイコー」なんて呼んでる。
怪物の危機に脅かされる世界、それから人々を守る存在である【英雄】を育てるための学校。
日本でも有数の「闘い方を学ぶ」学校。
「……い、…里!…いて…るのか!」
そんな星英高校の2ヶ月の長い夏休みが終わり、授業が再開する。
蝉の鳴き声がやかましい。
窓の外には青々とした緑と、夏休みによく見た太陽が存在を主張する。
まだまだ残暑の残るなか、私はこうしてクラスで授業を受けているわけだ。
なかなか大変だ。
実技重視のこの学校だから私なんかが合格できたわけで…。こんなに授業が難しいとは思ってもいなかった。
そもそもこんな世の中において勉強なんて何の役に立つの?なんて疑問が頭の中をくるくるとダンスする。
「おい、夢里!!」
「ふぁ、ふぁいっ!?」
怒鳴る教師にびっくりして思わず変な声が出た。
凄く恥ずかしい。
よくよくクラスを見渡せば、私は注目の的。
前を見れば、青筋立てて怒る教師。
黒板には、まったくわからない問題。
や…やばいね。
取り敢えず口では「すみませんちょっとぼーっとしてて…」なんて言っておく。笑顔もつけて誤魔化そうとする。
多分無理だとおもう。どうしよう。
「…問の3の答えは?」
教師の声が低くなる。
どことなーく教室の気温も下がった気がする。
もちろん私は分からない。
聞いてなかったから。
…ごめんなさい。
背中がじっとりと濡れるのがわかる。
考えても考えてもやっぱりわからない。
自慢じゃないけどこういう座学系は本当に苦手だ。
「えっと……」
私の口はそこで止まる。
心臓がばくばくと脈動しているのが分かる。
焦る。焦る。焦る。
背中の汗がやけに気になる。
この教師は一度機嫌を損ねると、チャイムがなっても延々と嫌味を言い続けることで有名だ。
やばい、どうしよう。
トントン、と机を叩く音がした。
「……今見てるページでも読んどけ」
ハッとした。
私は自分が見ているページをそのまま答える。
…正解だ、と教師が憎々しげに言い、解説を始める。
私は内心ほっとしながらその解説を聞き流す。
教師の解説が終わり、次の犠牲者が指名されるくらいに私は後ろを向く。
そこにいるのは一人の少年。
今助けてくれた恩人であり、……さっきから私の頭を悩ませている原因でもある。
白原 灰人。
黒髪黒眼の少年。
成績は中の下。
筆記は強いが、実技が弱い。
性格は好戦的。
いつもどこか憎々しげで何かを睨みつけている。
八方美人の真逆を行く、四方八方四面楚歌。
というよりは彼がクラスメイト全員を敵とみなしている感じだ。
クラスメイトからの印象も…当然良くはないと思う。
だが、それらの印象は夏休みを終えてから一変した。
見た目だったら、黒髪には目立たない程度だけど白髪が混じった。
いつもクラスメイトを煽り、敵意と悪意をぶつけていた口が開くことは滅多になくなった。
彼のトレードマークともいえる憎々しげな眼光は、もはや誰ともぶつかることをしない。
というより、彼は誰とも目を合わせてくれないのだ。
さっきお礼を言ってくれた時も、目を合わせてくれない。
挨拶も顔を見る隙を与えない高速会釈。
昼ご飯は気づいたら食べ終わっている。
放課後は誰とも話さず、下校。
目を合わす暇など与えん!と言わんばかりだ。
だけど、そんな彼は最近やけに優しい。
黒板を消す、クラスのプリントを運んでくれている、さっきみたいに助けてくれる…。
まるで別人みたいだ。
男子三日会わざれば、刮目してみよ!というものだろうか。
「あとでお礼言わなきゃ」
時計の針はもうすぐ授業が終わることを告げている。
私にとってちょっと気になる存在ができた、そんな不思議な時間だった。
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(はよ授業終われ、はよ終われ!はよはよ終われ!)
国内最高水準の授業の質を誇る【国立星英学園高等学校】。
誰もが怪物の恐怖に怯えるなか、それに立ち向かうもの。
【英雄】、そう呼ばれる者を育てるために設立された国内随一の教育機関だ。
英雄を育てるための高校。
当然、入学する者の意識は低くない。
怪物と戦うものを養成するため、実技重視にはなるとはいえ、それこそ勉強の必要がないほど図抜けた実力を持ち、なおかつ変わり者でなければ授業に必死になるのは当然だ。
だが、これほど規模が大きい高校だと、その条件に当てはまるものも、たまたまいたというだけだ。
(ここは危なすぎるんだよ、やってられるか!俺は帰るぞ、帰る!)
もちろん、ここにいるコイツではない。
いや、片方だけなら当てはまっているかもしれない。
残念ながら、変わり者、という部分だが。
「ね、白原君…!」
「(誰だ、授業終わりの安らぎの時間を邪魔するやつは!)ん…?」
「さっきはありがとね」
「(どういうこと?全然意味が分からない)」
次の授業までの時間はわずか10分ほど。
短くも至福の時間を過ごす灰人を一人の女性徒が妨げる。
桃色の髪にすらりとした手足。
反して、見た目からは想像できないほどの確かな実力。
入学してわずか半年で怪物のキルスコア10を達成した天才児。
夢里 依瑠が彼を見ていた。
「あはは…ぼーっとしてて授業聞いてなくて…。白原君がいなかったらやばかったかも」
「(さっきのあれか!適当言っただけだが取り敢えず頷いておこう)ああ」
依瑠はもう一度ありがと、と言うと前にある自分の席に戻る。
その背中は少し満足げに見える。
確かに彼は事実としては彼女を助けている。
依瑠からみれば最近優しくなったクラスメイトに見えているかもしれない。
(授業が長引かなくてよかったが、絡まれるくらいなら今後は助けないでおこう)
だが残念、中身はこのようなものだ。
態度は改善されたが、中身は改悪されている可能性がある。
(あーーーーーー!!くそ、マイホームが恋しすぎる。いや、もはやマイワールドか?
とにかくここは危なすぎるんだよ!)
彼の名前は白原 灰人。
白黒混じった髪に黒い眼を持つ少年。
成績は中の下。
筆記は強いが、実技が弱い。
ヒトの言語を喋る知能を持った怪物に家族を殺された暗い過去を持った少年。
仇である怪物に対し、絶えず憎しみの炎を燃やし続ける復讐者。
才能に愛されないがために、序盤に瞬殺される悲しき運命を持つ者。
そして今は、怪物が跋扈するこの世界に運悪く放り込まれた転生者。
元の名前は世界の狭間に置いて来てしまった。
今はただの高校生。
現在の目標、死の運命からの脱却。
(取り敢えずまずはこの学校から退学だ。こんな場所とっとと出ることを目標としよう)
彼の脱出劇が、今幕開く。