帰郷約束
帽子屋の病院からバスと電車を乗り継いで二時間、そこにある一件の家。ボクがこの世界にきた目的の一つがここに来ることだった。
もう一つの目的、死ぬことは叶いそうもないが、ここに来ることが出来ただけでも充分だ。
「お前の家か?」
少し疲れた表情のザリチェが問いかける。初めての電車に終始テンションが上がりまくっていたせいか、今は少しお疲れモードだ。
「いや、ここはミホの家だ。学生証からいろいろ調べて辿り着いた、今も変わってないみたいだ」
いつもうるさいくらいに元気だったミホだが、時折帰りたいと寂しげな顔をしていた。家族か、友人か、どこかに未練を残していたんだろう。
全てから逃げてソマリアに来たボクと、無理矢理ソマリアに連れてこられた彼女。ボクの方がこうして生きているのは皮肉だ……
「約束…… 守れなかったな、ゴメンな」
そっと郵便受けに学生証を入れる。帰せたのはこれだけ、これで許されるはずなんてない。それでも何か出来ることがあればといつも考えていた。
卑怯なやり方だ、ボクは自分が許されたいという想いだけでここにきたんだ……
「行こう、用は済んだ」
きびすを返し来た道を戻ろうとする、しかしザリチェに動く様子はない。
「どうしてここに来たんだ? わざわざ異世界から転移してまで」
「……許されたかったからだ、ボクの無力さがミホを死なせた。お前が言ったんだぞ」
じっとボクの目をみつめたまま、やはりその場から動こうとしない少女はなぜか同じ質問をボクに投げ掛けた。
「どうしてここに来たんだ?」
「何だよ、さっき答えただろ。自分の罪を軽くするためだ、卑怯なやり方なのは自分でわかってるよ」
「じゃあ聞くが、どうしてここに来たんだ?」
じゃあってなんだよ、同じ質問じゃないか…… どうしてって……
ボクは……
「ボクは…… 嬉しかったんだ、友達になってくれると言われたことが嬉しかった。友達との約束だから、ここまで来た……」
本心を口にすると感情が溢れてきて泣きそうになる。それがイヤだから取り繕っていたのに、こいつは本当に性格が悪い。
「そうか、じゃあ帰るか。帰りはアレだ、ヒコーキで帰るぞ。気になって仕方がない存在感だ」
「お前…… どれだけ遠回りして帰るつもりだよ、バカ」
帰路につく。もちろん電車だ。飛行機なんて使ったら帽子屋にどれだけ怒られることか……
「これからどうするんだ?」
「シホの面倒を見ないといけないからな、しばらくはこっちにいるよ。その後は魔獣を倒すためにソマリアに帰る」
車窓を流れる景色をぼんやりと見ながらこれまでの事を思い返す。出会った人たちのこと、ボクに残されたやるべきこと。まだまだ死ねないな……
「ボクはギルベルト陛下のことは好きだ。あの人はいい人だし、善くしてもらった。それでも異世界から人を集めることだけは辞めさせたいし、陛下も辞めたいはずだ。そのためにも魔獣は討つ。お前の尻拭いをボクがやってやるよ、感謝しろ」
「ん? あぁ、たのむ」
軽いな…… そもそもの元凶は自分だってちゃんとわかってるのか……
「その後はまた旅を続けるかな、ボクの目的は最後まで変わらない。精一杯生きて、人間として死ぬことだ」
「クックック、変わらないなお前は、せいぜい頑張れよ死にたがり」
星の輝きは人の命のようだ。この世界でも見えるはずなのに見ようとしなかった。いつかあいつが星を見ようと誘ってくるまで興味もなかった。確かにそこにあったはずなのに……
かつてボクは自分を殺した、生き続ける呪いはその罰なんだろう。命の大切さを蔑ろにした罰を背負い、ボクはこれからも生きていく。
でも今は……
「少し寝るから、あんまり騒ぐなよ」
「子供扱いするな、デンシャ程度で騒ぐ私はもはやいない」
少し休もう。道はまだ続いている。
いつかこの道は誰かの道と交差するだろう。その時まで、ひとつひとつの出会いを大切にしながら生きていこう。
守れなかった命を、奪ってしまった命を、無駄にしないために。あいつが生きた意味を与えられるように……
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
続きは別の主人公で書き始める予定なので、本作はここで完結にします。
現在はノベプラ様での活動をメインにしておりますのでそちらで続きを書いていくつもりですが、反応次第ではこちらにも転載するかもしれません。
重ね重ねになりますが、ここまで読んでいただきありがとうございました。
またどこかであなたにお会いできることを楽しみにしております。 みやこ