存在価値
黒いナイフが太陽の光を受けて輝く。亜人の少女は朝から必死にナイフを振り回している。その姿をぼんやりと眺めていると。
「何ばしよっと? はよ教えてばい!!」
独特のしゃべり方で少女が歩み寄ってきた。
この方言きつめの亜人の少女には名前がなかったため、ボクとザリチェで考えた名前を与えた。
シホ・アマルティア、彼女はソマリアに帰る方法を持っていない。これからもこの世界で生きていかなければならない。
幸いシホはパッと見なら人と見分けがつかないだろう、首の後ろに赤いウロコのようが物があるだけで、そこさえ見られなければ人間に紛れ込むことも可能だと思う。
何よりこんな方言きつめのやつが異世界から来たなんて言っても誰も信じやしないだろう。
「ボクはナイフの扱いも戦いもド素人だ、殺し屋に習ったことだけを繰り返しててくれ」
彼女はナイフの扱いに長けていた、まだ十歳にも満たないくらいの子供だがその動きには殺し屋の強さの片鱗が見える。この方言も殺し屋に習ったらしい、あいつはこの少女に何を伝えようとしたんだろう…… 今となっては確認のしようもないが。
「よかったのか? ティモリアを譲って、ルクローチェにバレたら怒られるじゃ済まないぞ」
「それは受け入れるしかないだろ、シホには力が必要だし、ボクには罰が必要だ」
シホが受け入れられることはないだろう。人間の世界に亜人が入り込むことは出来ないと思う。彼女はこれから差別の中心で生きていくことになる、その時に備えて与えられるものは全て与えておきたい。
「シホ、お前はこれからいろんな辛い目にあうだろう。そうなる前に力を蓄えておくんだ。戦う力だけじゃなく生きる力を、人を助けられる力を」
そっと少女の頭をなでる、栗色の細い髪は弱々しくて見ているこっちが不安になってくる。
「コロシヤもそがんかこつば言いよった、きつかけん強なれっち。いっちょんわからん、どがんか意味?」
「ボクにはお前の言葉が半分くらいしかわからないけどな。人を守れる力を持てば、いつか自分に返ってくるんだよ」
彼女の背を押して訓練に戻るように促す、ボク自身うまく説明できそうになかったからはぐらかしたが、ザリチェを誤魔化すのは難しいだろう……
「人を助けるとか人を守るとか、そんなものが必要だとは思えんな、自分を守り他人を排除する力を与えるべきだ」
そう、ザリチェはこういうやつだ、たぶん突っ込まれると思ったけど予想通りだったな……
「人は辛いときや悲しいときに生きる意味を考えたりするんだけど、お前は考えたことないか?」
「生きる意味? なぜそんなことを考えるんだ? 産まれた状態と死んでいない状態の中間の状態、その意味を考える? 状態は状態だろう? そこに草が生えている状態に対しても意味を考えるのか? どうして草が生えているのかしら? 等と考えながら生きているのか? お前…… 大丈夫か?」
心配されてしまった…… 前にも似たようなことが合った気がするけど、こいつはこういう性格なんだろう。子供の「なんで? どうして?」という質問攻めの超めんどくさいバージョンだな……
「自殺する前、ソマリアに来る前はよく考えてたよ。ボクは生きている意味があるんだろうかって。でもそれは問いが間違ってたんだと思う。生きる意味じゃなく命の価値を考えるべきだったんだ」
「意味があるということは価値があるということだろう? 同じことだ。お前…… 大丈夫か?」
「うるさいな、大丈夫だよ。前にルクローチェに言われたんだ『私の役に立つものは大好きだ』って。その時は酷い自己中女だと思ったけど、その言葉の意味を考えてみた。あの時ルクローチェはボクの命に価値があると言ってたんだと思う。生きる意味は探すものじゃない、誰かに与えてもらうものなんだ」
だから……
「人の役に立って自分の命の価値を高めろということか、それは……」
ザリチェは最後まで言わなかった、何かを言おうとしてやめてしまった。お前大丈夫か…… じゃないな、そんなもの必要か? とか言いそうだな。
でも言わなかったのは少しくらい納得してくれたってことなんだろう。今はそう思っておこう。