休憩国王
研修最終日。
ボクとミホはキリュウさんに連れられて、国王と謁見するために玉座の間に通された。
玉座にはまだ誰もおらず、その周りを騎士や侍女が静かに囲んでいる。
「緊張するねー。」
「静かにしてくださいよ。」
全く緊張しているようには見えない三日先輩がこの場で無礼を働かないか、そして国王とはどのような人物なのか、その二つの不安を抱えながら王の入室を待つ。
しばらく待っていると、扉の前に待機していた二人の侍女が示し合わせたように扉を開く。
いったいどうやって部屋の外の様子を把握したのか、熟練の技、完璧なタイミング。
入室する男が歩む速度を一切落とすことのないように開かれた扉。
その為だけに扉の前に待機していたという事実。
豪華なマントを羽織り、宝石を散りばめたいかにもな王冠を戴いた男。
周囲の反応から導き出される真実、この男が国王で間違いない。
室内にいた人間が一斉に膝をつく、ボクも慌てて隣にいたキリュウさんに倣い膝をついて出迎える。
驚いたのはミホがしっかりと膝をついて出迎えていたことだった、彼女もボクと同じように目の前の男に恐怖し震えていた。
年齢は20代くらいか、天然の金髪に端正な顔立ち、引き締まった体つき、ルックスだけでも申し分ないのに国王というこの国で最高の肩書きまで持っている。
勝ち組だな、もっと年寄りが出てくると思ったのに……
「よい、顔を上げよ。」
その一言で全員が立ち上がる、完璧に調教された動きは機械のようだ。
ボクとミホだけが全てにおいて一拍遅れている。
王は玉座までの道すがら、羽織っていたマントを脱ぎ捨て、王冠を侍女に手渡した。
別の侍女が流れるような動きで床に脱ぎ捨てられたマントを拾い上げ、大切そうに両手に抱える。
一方の国王はふてぶてしく玉座の肘掛けに足をかけ、深くため息を吐きながらぐったりと腰掛けている。
「ギルベルト・アブディエル・フォン・ソマリアだ。
異界の勇者、状況は聞いているな。」
真っ直ぐにこちらをみつめる翡翠のように綺麗なグリーンの瞳、言葉から感じる重圧に身がすくむ。
「はい、存じております。」
「ならば選べ、お前達の選択肢は二つ、戦うか逃げるかだ。」
(逃げてもいいの……?)
ミホがこそこそと小声で話しかけてくる。
ボクも選択肢を与えてもらえるとは思っていなかったため、驚きと同時に警戒してしまう。
「逃げたらどうなるんですか?」
恐る恐る問いかける、王が現れてから掌にじっとりと汗をかいていた。
この男が王なのは肩書きや血筋だけではない、王冠がなくとも豪華なマントがなくとも、自らを王だと認めさせる存在感、カリスマ性を持っている。
「暫く生活できるだけの金と住居は与える、必要であれば仕事も斡旋してやろう。
お前達は俺の都合で呼びつけたわけだが、元の世界に帰してやる手段はないのでな、この世界で生きてもらうしかない。」
帰せないから国民として扱うってことか……
「今すぐに答えを出す必要はない、試しに国の外に出て早々にリタイアした者もいる。
それでも構わん、生きるための選択ならば恥じる必要もない。
とにかくくだらん死に方だけはするな。」
ボクが考え込んでいる間にも王は捲し立てるように言葉を続ける。
あまり時間がないのだろう、侍女の一人が何やら耳打ちをすると、玉座から立ち上がりマントを羽織はじめた。
「最後にひとつ、生きてさえいれば何かしらの役にはたつ、いいなヒロト、二度とくだらん死に方をするな。
ミホ、お前はギフトに頼りすぎるな、それは人間には過ぎたる力だと言うことを覚えておけ。
俺からは以上だ、手間をとらせたな、下がってよいぞ。」
「はぁ……」
5分程度か、短い謁見が終わり、安心感や解放感で大きく息を吐いた。
「緊張したかい?」
キリュウさんは何やら複雑そうな表情で問いかけてきた。
「凄い人でしたね……」
「立派な王様だよ、それよりも、勝手に君の秘密を話したことを謝罪するよ。
ヒロト君の人となりを報告する必要があったとしても、すまなかった。」
自殺のことか、それで複雑そうな顔をしていたんだろう。
二度と…… 一度目の自殺は王様にとってはくだらない死に方になるんだろう。
「いえ、気にしてませんよ。それより……」
すっ、と大きく息を入れて呼吸を整える。
「何が出来るかわかりませんけど、出来る限りは頑張ってみます。
無理そうだったら逃げますけど。」
ボクは戦うことを選んだ。
17年生きてきて、何かを決意して行動するのは初めてかもしれない。
相変わらずギフトは使えないし、魔術もまだまだ練習不足だ。
それでも出来ることがあるのならやりたいと思った。
前の世界では誰にも必要とされなかったから、期待されなかったから。
「その時はここに逃げてくればいい、戦うにしろ逃げるにしろ、可能な限り援助はするから。」
この世界でなら誰かに必要とされる人間になれるような気がしたから。
鞄に荷物を詰め込む。
着替えや日保ちする食べ物、袋に詰められた銀貨、全てこの国からの支給品だ。
おそらくは税金で準備されたものだろう。
(至れり尽くせりだな……)
それだけ国民にとっても魔獣は脅威となっているということだ。
街に出るために城門まで向かうとキリュウさんが待っていた。
「ついに出発だね、街に出たらしばらくは異世界ギルドを使って情報を集めるといい。
ヒロト君よりも早くこの世界に召喚された子も出入りしているから、話を聞いてみるといいんじゃないかな。
簡単な日雇いの仕事なんかも斡旋してくれるから生活費を稼ぎながらいろいろと見て回るといいよ。」
「ありがとうございます。
いろいろとお世話になりました。」
「魔獣の復活まではまだしばらくの猶予がある、というのが私たちの予測だ、焦らずにこの世界を楽しみながら第二の人生を謳歌するといい。」
この世界で出会う人は皆やさしく、その期待に少しでも応えられればという気持ちになってくる。
キリュウさんに別れを告げ、気持ちを新たに一歩を踏み出す。
「それで、何から始めるつもりだ?」
「とりあえず異世界ギルドってやつだろうな。
その前に本屋に行きたいけど。
この世界の本に興味がある。
ところで予想はしてたけどボクについてくるつもりか?」
とぼとぼとボクの後ろを歩くザリチェに問いかける、この少女とも一週間ほどの付き合いになるがまだまだ謎が多い、しかし……
「当然だ、ただし力を貸したりはしないぞ。
私はお前を見て楽しむだけの傍観者だ。」
彼女の性格もだんだんつかめてきた、あてにするだけ無駄だろう。
「今日なし得るだけの事に全力を尽くせ、しからば明日は一段の進歩があろう。」
「なんだそれは?」
「ボクのいた世界の物理学者の言葉だよ、やれるだけのことはやるさ。」
ボクは自分に言い聞かせるように気合いを入れ直し城下町へと向かい歩き始めた。
おまけ 彼女の秘密
「この城での生活も今日で最後か。」
部屋の中を歩き回る銀の髪の少女、全ての研修が終わりこの部屋で過ごす最後の夜を名残惜しんでいるようだ。
「明日は朝から国王との謁見なんだ、それが終われば城を出る、ボクは寝るからお前も早く寝ろよ。」
少女の言葉に白髪の少年が答える、まるで聞き分けのない妹を叱るような口振りだ。
「国王? あぁ、あの男か……」
「知ってるのか?」
「まぁ見たことはある、私は誰にも知覚されないからな、城の中は一通り見て回った。」
少年はじっと少女を見つめる、いや、睨み付けるが正しいだろう。
自分が住んでいた世界では立ち入る機会などない本格的な西洋風の城、見て回りたくても入れる場所には限りがあった。
「卑怯なやつだな、もういいボクは寝る!!」
「あぁ、おやすみ。」
ふてくされて布団に入る少年に一言声をかけると、少女は部屋の外に向かい歩き出す。
「お前はいつもどこで寝てるんだ?」
「なんだ私のプライベートが気になるのか? さては思春期というやつだな。」
声をかけた少年をあしらうように軽口を言いながら少女は一人部屋を出た。
ソマリア城の屋根の上、この国で一番高い建物の最上部。
おそらくこの国でもっとも空に近い場所。
少女は毎晩ここで過ごす。
肉体を持たない彼女は食事も睡眠も必要としない、眠れないわけではないが眠らない。
いつからか夢を見ることを恐れるようになったから。
こうして今日も、少女は星に抱かれて虚ろな夜を過ごす……