労災案件
……っ!? 痛い? なんだこれ…… これは……死か? 死の痛み? ボクは死んだのか? いつ!? ダメだ、わからない……
「痛っつ、あぁ!! ……うっ、ゲェッ!! ごほっ、ごほっ!!」
ハァ…… ハァ…… 血? ひどい出血だ。
意識を取り戻したボクは血まみれになっていた。床にできたおびただしい出血の後、見回すと周囲の柱やひっくり返った車まで血に濡れている。
「生き返ったか……」
ザリチェの声にパニクった頭が少しずつ落ち着いていく。まずは何が起きたのかを調べないと……
「あの写真の男が現れた、私が気付いたときにはお前は首から血を吹き出していた。ナイフで首を切られたらしい」
ボクの考えを読んだかのようにすぐに状況を説明してくれてはいるが、ザリチェにも何がおこったのか完全には理解できていないみたいだ。
「帽子屋は嘘を言っていなかった、信じられないがあれは悪魔でも殺せる強さだ。私の見立てではお前じゃ勝てない、あと二、三回殺されれば勝ちの目もでるだろうが……」
「冗談じゃない!! これ以上死んでたまるか。それで、殺し屋はどこに行ったんだ?」
イカれたやつだ、人を殺しておいてそのまま放置していくなんて。
「お前を殺してあの扉に入っていった、終始無表情でな。あれならまだ魔族のほうが心が通っているぞ」
ビルの内部に続く扉だろう、そちらに視線を向けると複数の人の気配を感じた。
乱雑に扉が開かれるとスーツを着た男が五人、慌ててやってきた。この会社に勤めている人間だろう、普通のサラリーマンといった様子だ。大方自分の車が無事か確認しにきたといったところか。
申し訳ないが無事な車は一台もない……
「どういうことだ、あの男まだ生きてるじゃないか」
「雇われの殺し屋が嘘の報告を……」
突然やってきて各々好き勝手に騒ぎだすが、車の心配をしているわけではないようだ。殺し屋のことを知っているのだからそれなりに地位のある社員か?
様子を見ようと静観していると、スーツの男たちは一斉に攻撃の意思をみせた。
「殺す気まんまんって色になったな。こいつらただのサラリーマンじゃなくて魔術使いか?」
ボクの予想は当たったようで、男たちののばした手が淡く発光する。一瞬魔方陣のようなものが現れると、それは小さな火の玉となり真っ直ぐにボクへと向かってきた。
「……っと、魔術書いらずなのか? こっちのまじゅつしは実践向きだな」
ひとまず回避してはみたがどうもヤル気を感じない。初動は早いがそれだけだ、たいして威力はないのか……
飛んでくる第二射を軽く素手ではらってみると小さな破裂音をたてて簡単に消滅してしまった。
「今のお前の魔力量なら避ける必要はないぞ」
ザリチェの言う通りらしい。火球はボクの体に触れる前に消滅している。悲しいことにボクはまた死ねなくなった、あの殺し屋のせいだ……
力を手に入れて気付いたがボクはわりと短期な部類なんだろう。イラつくとつい力の調整が雑になる。
「家庭の魔術でよかったな、魔術書ならお前たち死んでたかもしれないぞ」
さきほど同様に一陣の風をおこす。車と違って人間の体は軽く吹き飛んだ。壁に激突して動かなくなった五人の男たち。
ボクはその姿を見てちゃんと労災が降りるのだろうか等と無意味なことを考えていた……