魔獣隔離
「だぁー、あぁー」
必死に小さな手をのばす。その姿はまるで星を掴もうとしているようだ。
「がんばれ、頑張れば一つくらい取れるかもしれないぞ」
「クックック、まるでバカ親だな。取れるわけがないだろう」
「うるさいな、こいつはマリーになつかないんだ、ボクが相手するしかないんだよ」
占い師ソロモンの所から帰ってきたボクはこれからどうするかを考えていた。『突然消えるな、残された人間の気持ちはどうなる』そうザリチェにたしなめられながらキャンプに戻ってきたのだ。
「行くのは構わんが聖女や亜人にはちゃんと話せよ」
「わかってるよ」
迷いはないと思っていた。ボクは死ぬために出来ることをやる。
でももし死ねなかったら、ここに帰ってこられなかったら…… 元の世界とこの世界、比べるまでもなくボクにはこの世界が大切だ。
空を見上げる。星を見るたびに思い出す言葉……
「星は道しるべだ、迷ったら星を見るといい…… ボクには、死ぬ前にやるべきことがある」
「死ぬ前にか、まだ人間らしいことを言うんだな」
「うるさいな、ボクはまだ人間なんだよ」
こいつには何度も助けられた、口も性格も悪いやつだがザリチェとの別れが何よりも辛いと感じている。だからこそ一番に、ちゃんと別れを伝えるべきだろう。
「今までありがとう、お前には何度も世話になった。もしボクが死にそこなって帰ってきたら、また一緒に旅をしてほしいと思ってるよ」
正直に気持ちを伝える…… ボクは楽しかったんだ、キツいこともあったし失ったものもあった、それでもこいつとの旅は楽しかった。精一杯生きてこれたのはザリチェが助けてくれたからなんだ……
「んっ? 私も一緒にいくぞ?」
なんでそんなに当たり前の雰囲気なんだこいつは……
亜人の子供達も、もちろん赤ん坊もボクの話を理解していないようだった。
マリーは必死に涙をこらえながら見送ってくれた。
「魔力が増えなくても肉体が強くならなくても、人間は生き続けているだけで死ぬのが難しくなる。あいつらの事を想うと死ぬのも気が引けるだろう? お前はそれも考える必要がある。お前が死んで誰かが悲しみ、それが罪悪感や引け目になるのならお前はもう誰とも関わるべきではないんだ」
キツいことを言うな…… でもそれがザリチェだ。こいつなりの優しさだというのはわかってる。
「そうだな、考えておくよ……」
魔方陣の中央に案内され、そこに立ったままソロモンの作業が終わるのを待っていた。段々と魔方陣が強い光を放つのを見ているとこの世界から隔絶されていく感覚も強くなっていく。もう出発の時間なんだろう……
「準備はできましたか? と言っても、もうその陣から出ることは出来ないんですけどね。誰かに言伝てる事などあればうかがいますよ?」
「いや、別れは済ませてきたから問題ない。それよりも約束を守ってくれよ」
呼ぶことも帰すことも出来るというソロモン式異世界転移、ボクが生きていても死んでいても一年後にこの世界に呼ぶように頼んでおいた。それが可能だという話だったからボクは迷わずこの道を選ぶことができたんだ。
「やくそくぅ? あぁ…… 一年経ったらってやつかぁ? お前それ信じてたの? バカだねぇ、そんなことするわけないじゃん。オレの目的はその銀髪女をこの世界の外に出すことなんだから、呼び戻したら意味ないよねぇ?」
なんだと……? ソロモン、こいつまさか……
「その女が何か知ってるか? オレも驚いたぜぇ、百年前に封印したはずの魔獣が人間のフリして歩き回ってるとかゾッとするよねぇ。何にしたってそいつがこの世界にいるとオレが困るのよ」
「騙したのかっ、お前っ!!」
「気付いていたのか貴様……」
ボクとザリチェがほとんど同時に叫ぶ。しかしすでに手遅れだ、さらに光を強める魔方陣に阻まれてソロモンに近付くことが出来ない。
「魔獣の理性が存在しているといつまでも魔獣が目を覚まさないからねぇ、それだとオレが困っちゃうのよ、だからさ、サヨナラってやつだジャバウォック……」